2016/01/11

短編小説 『消えた炎』 第二章

 このお話を書き始めた時、主人公はローナでした。「ローナの休日」とかいうアレなタイトルをつけるために。
 しかし思うように話がまとまらなくて途中で書くのをやめて放置するようになり、某小説屋サークルさんに寄稿するための原稿としてストーリーの練り直しを経て復活。そして主人公の名前は変更され、工房メイド長の母親と同じ名前……というか本人のつもりで書いていました。工房のスピンオフ的な感じで出そうかと思ったからです。
 しかし、書き進めるうちに主人公の言動が工房メイド長の母の設定とはかけ離れてしまったので、工房との関わりを無くして全くの別人とし、現在の名前に変更されました。
 そしてまた途中で執筆が止まってしまい、寄稿用ではなくなって半年ほど眠っていました。
 それをまた掘り起し、無理矢理最後まで書いて終わらせたのが当作品です。

 ……ま、どうでもいいことですね。


【注意】
 この作品は創作です。登場する人物・団体などは現実のものと一切関係ありません。
 誤字・脱字に関しては温かい目で見過ごしてやって下さい。お願いします。

 第一章を未読の方はこちらから →  「第一章

 



     第二章


 会場のあるビルの入口には二重の自動ドアがあり、それを過ぎると無機質なエントランスホールに続いていた。ドアをくぐってすぐのところから右手側にエレベーター、左手側に階段があり、紺色の制服を着た厳しい顔つきの警備員が一人ずつ立っている。真正面には壁があり、右手奥と左手奥へ続く通路が見えるが、千代子と鞠絵が立っている場所からは奥が見えない。展示会を依頼してきたという会社の本社ビルではなさそうで、受付のブースもなければわかりやすい社名の表示もなく、あるのは正面の壁に貼られた展示会のポスターと簡素な案内板だけだった。
 千代子はそれらには目もくれず、周囲を見回して正面の壁の端にビル内の見取り図を見つけると、その前に移動した。
 見取り図では地上が三階、地下は二階になっていて、それらはエレベーターと階段で移動できるようになっている。屋上へはエレベーターが直通しておらず、地上三階奥の階段を使う構造だった。
(……地下二階は他のフロアと違って部屋や通路の表示がないわね……。金庫室だし詳しい図を載せないのは防犯のためかしら)
 と鞠絵の話を思い出しながら内心で独りごちた。
 大まかな構造としては、奥行きが広い長方形のフロアの中央に部屋を配し、それを通路がぐるりと囲む形になっている。通路の窓からならどの方角でも見えるが、部屋に入ると外界は見えない――という構造だった。もちろん実際には部屋にも窓があって、通路越しに外を見ることはできるのだろうが、見取り図だけで部屋を想像すると、なんとなく息が詰まる感じがした。この構造のおかげで部屋から出ると必ず通路に設置された監視カメラに映ることになり、人の出入りはキチンと把握できるのだから捜査するには好都合と言えるが、必要以上の拘束を嫌う千代子としてはあまりこの場所で働きたいとは思わなかった。
「…………」
 一階フロアは社員用の食堂やラウンジなどが入っているらしく、細かに配置が書き込まれている。飲食スペースや喫煙スペースなども表示されていた。
 しかし、二階は部屋割り表示だけで詳細な説明が一切なかった。
「鞠絵。二階は何なの? 見取り図だと部屋がいくつかあるとしか書かれてないんだけど」
「オフィスになってるよ。基本的にこのビルは商品保管庫だから、それらの管理をするための部署が本社から独立してて、そのオフィスが二階にあるわけ」
「……不親切な案内図ね」
「普段は一般客が来るような場所じゃないからよ。ここに来るのは二階にオフィスがあるって知ってる人だけだから。今回みたいな展示会を開くときは別としてね」
「ふうん……」
 鞠絵の説明に気のない相槌を打って、千代子は踵を返した。
「チョコ? どこへ?」
「とりあえず関係者の話を聞きたい」
「らじゃ」
 ピッと敬礼して、鞠絵は小走りに駆けてエレベーターのボタンを押した。
「…………」
 年若いわりに貫禄のある雰囲気の警備員が不審者を見るような視線を千代子に向けているが、鞠絵が親しそうにしているせいか、物言いたげにしてはいるものの黙って立ったまま動かなかった。外部から助っ人が来るという通達のせいもあるのだろう。
 ぽーん、とケージの到着を知らせるベルが鳴ってドアが開くと、その中にも警備員が一人立っていた。こちらは女性だったが、目つきと物腰から、か弱い一般女性ではないとわかる鋭さがある。
(……ひょっとして鞠絵をひん剥いたのってこの人……?)
 鞠絵がこの警備員と目を合わせようとしないところからして、多分そうなんだろうと千代子は思った。
 押し黙ったまま乗り込んだエレベーターはゆっくりと上昇し、三階で停止すると、鞠絵が真っ先にケージを離れた。続いて千代子、最後に警備員が降りる。
 エレベーターホールにはもう一人の女性警備員の他にスーツ姿の男女が数人、備え付けのソファに座って陰気な顔をつき合わせ、なにやらボソボソと会話していた。若い人も年老いた人もいたが、みな一様に憔悴しきったような表情をしており、千代子はなんとなく葬式みたいだと思った。
「社長」
 鞠絵がその集団に声をかけると、一人掛けのソファに座っていた中年男性が顔を上げた。顔立ちはかなり整っているのだろうが、今は不安と疲労で暗い目をしていて禍々しい気配を滲ませている。まるで犯罪者のようだった。
「こちらが例の助っ人です」
「……この人が? まだこむ……若い女の子じゃないか……」
 社長と呼ばれた男性は、期待を裏切られたという思いを隠そうともしない声色と表情で千代子と鞠絵を交互に見て、深いため息をついた。おそらく『名探偵』と聞かされて老練なベテラン刑事のような人物を想像していたのだろう。他の人も明らかな落胆の気配を見せていた。
 半ば無理矢理連れてこられた千代子にはそれが面白くなかった。小娘呼ばわりされそうになったことも。
「……やっぱり帰っていい? 鞠絵」
「ダメ。タマゴ饅頭はもうあなたの胃の中だし。――社長、彼女が話を――」
「話は後でいいわ。先に現場を見たいんだけど」
「えっ……?」
 先ほどとは違うことを突然言われ、鞠絵は間の抜けた声を上げて振り返った。そこにいたのは、社長よりもあからさまでわかりやすい不機嫌な表情の名探偵だった。
(こりゃ怒ってるなぁ……)
 社長の態度が気に入らない、と眉間のシワの数で語りかける千代子の視線に気圧され、鞠絵は困惑した。ただこの場から怒れる探偵を引き離しておかないと拙い、というその一点だけが意識を占拠していた。
「ええと、社長。現場を彼女に見せてあげたいんですが構いませんね?」
「すでに展示してある宝飾品に一切触れないと約束できるのなら、好きにしたまえ」
 投げやりに答え、社長は頭を抱えて先ほどよりずっと大きなため息をついた。協力するつもりも期待をかけるつもりもないその態度が千代子のイライラを加速させる。
「さ、チョコ。こっちだから」
 今にもキレそうな名探偵が本当にキレる前に、鞠絵は展示会場に千代子を引っ張っていった。
 会場入口の前に立っている警備員の横を通り過ぎ、暖色系のライティングを施された部屋に入って観音開きのドアを閉じたところで、鞠絵は手を合わせて頭を下げた。
「ホントごめんね。なくなったモノがモノだけに、みんな平常心ではいられないのよ。怒らないで」
「別にキレてないわよ。私をキレさせたら大したものだわ」
「……うわぁ……ガチギレしてるぅ……」
 笑顔全開で小粋なジョークを飛ばす千代子に、さらに困った顔でそう呟いた。このままでは本当に帰ると鉄血の意思を固めてビルを飛び出すのではないかとハラハラする。
 その予想の通り、千代子の心の中で鋼鉄のような決意が生まれていた。
(小娘がどんなものかを見せてやるわよ……!)
 ただそれは、鞠絵の心配とは正反対のものだった。
 名探偵を気取るつもりなど全くないとは言え、ああまであからさまに失望されるとさすがに腹が立つ。それに期待できない人間を連れてきたと思われてしまう鞠絵の立場を考えると、決して愉快な気分にはならない。なんだかんだ言っても鞠絵は親友なのだ。彼女が拙い状況に陥るのを黙って見過ごすつもりはない。
 何が何でも事件を解決して、あの社長以下一同に一泡噴かせてやる、と千代子は決意していた。『何もせずに帰る』という選択肢は最早彼女の中に存在しない。
「…………」
 部屋をぐるりと見回して、千代子は無駄に溜まった怒りを押し出すように大きく息を吐いた。少しずつ頭の芯の熱が抜けていくのを自覚する。
 だだっ広い長方形の部屋には、千代子たちが入ってきた入口の他に真正面と左右の三か所にドアがあり、それらの前に警備員が一人ずつ立っている。その三つのドアは開放していない、と鞠絵が付け加えた。
 フロアには六本の細めの柱があり、それらを軸にショーケースやショーウインドウが設置されている。入場者を多数と見積もっているのか、ショーケースは少なめ、通路は広めに取ってあった。照明は天井からとショーケースの内側からの両方があり、飾られる物が最も美しく見えるよう光量や角度が計算されていることが素人の千代子にも見て取れる。
「……?」
 周囲に視線を送り、入口から一番近い隅に展示会では使いそうにない場違いな雰囲気のものを見つけ、首を傾げた。
「ねえ鞠絵。あれは何なの? 米袋?」
「まさか。石膏よ」
 笑いながら言って、鞠絵はそちらへ歩いた。
 茶色の頑丈そうな紙製の大きな袋が二つ積んであり、そのそばに直径三十センチくらいの青いバケツが置いてある。紙袋には『石膏』と印刷されており、二つとも開封されていた。
「石膏の彫刻も展示するの?」
「ええと、宝飾品じゃなくて、展示台……というか」
「展示台?」
「そう。ああいうの」
 と鞠絵が指差すのは、ショーウインドウに収められた腕と頭のない胸像だった。女性の首から鳩尾くらいまでを模った小さなもので、見た目で高価とわかる豪奢な金鎖のネックレスが掛けられていた。
「ただポンっと平面に置いてあるだけじゃ、わかりづらいというか宝飾品の真価が出ないというか。実際に人が身につけたところを想像しやすいように、ネックレスや指輪なんかを石膏像に飾り付けてるの。指輪は手を模ったものを使ってるし」
「なるほど……いろいろ考えてるのね」
「そりゃあもちろん。お仕事ですから」
 営業部なのでその辺りの業務には携わっていないはずの鞠絵がなぜか大威張りで胸をそらした。はちきれんばかりに大きい二つの脂肪の塊がスーツのボタンに悲鳴を上げさせる。
「で、この石膏を使ってここで像を作ってるわけね?」
「ううん、像は前もって作られたものよ。この袋は石膏像が破損したときのための補修用。宝飾品と違って土台に使うだけの石膏像だから扱いがぞんざいで、搬送中に欠けたり折れたりすることがあるから」
「ああ、それで袋が開いてるのね。誰かが壊した、と」
「違う違う。開封してあるのは、この中にピジョンブラッドが隠されてるかもって調べたから。もちろん入ってなかったけど」
「でもこっちのバケツに石膏を練った跡があるわよ?」
「じゃあ誰かが像を壊したのかもね。私はその場面を見てないから知らないけど」
 やれやれ、と頭を振りながら肩をすくめる鞠絵。その様子を見ていた千代子は、ジト目でくすくすと笑った。
「石膏像は自分トコの会社が用意したものでもアイデアでもないのに、よくああも『お仕事ですから』と自慢げに胸の駄肉を張れたものだわ」
「う……どうしてそれを……ッ」
「さてね」
 答えをはぐらかし、踵を返した。
 単に鞠絵が石膏像の破損に対して無関心すぎたのが原因なのだが、それをくどくど説明するよりなぜ見破られたのかを彼女に考えさせる方がいいと判断したのだ。
 と言うのは言い訳で、実のところは説明が面倒だっただけである。
「……なんでバレたんだろう……」
 理解できないというふうに首を傾げる鞠絵を無視し、千代子は部屋の中央にある一際頑丈そうなショーケースのほうへ向かう。これだけが一線を画した豪華仕様で、ここに『聖女の炎』が収められるはずだったことが一目瞭然だった。
「聖女、か。……ってちょっと待って」
 ケースの中には女性を模した高さ三十センチくらいのガラス像が入っており、ケースの下面からの照明で淡く透明度の高い青色に輝いている。
 もともと『聖女の炎』は、このガラス像とピジョンブラッドを組み合わせたものを指す名称である。穏やかで優しげな微笑みを浮かべる青い女性像の両腕に抱かれる大粒の深紅が、まるで燃え盛る炎を胸に秘めているように見えるところからその名がついたと言われている。
 赤と青、光が織り成す艶やかな色使いが見る者を魅了してやまない――とはパンフレットのキャッチコピーである。
「どういうことよ、これ」
「え? 何が?」
 ショーケースに収められた『聖女の炎』を見て、千代子は話が違うと言わんばかりに抗議の声を上げる。
「ちゃんとルビーはあるじゃない。これはどういうこと?」
 ガラス像の胸に抱かれた深紅の宝石を指し、威圧するような低い声で問い詰めた。その抗議の意味がわからないと鞠絵は眉根を寄せたが、すぐにそれに思い当たった。
「ああ、言ってなかったっけ。ピジョンブラッドは偽物とすり替えられたのよ。そこにあるのはよく似た色のルビーなの。光に透かすと『聖女の炎』とは全然色の濃さが違うらしいけど、私にはわかんないんだよね。はははは」
 あっけらかんと答えて、鞠絵は悪びれもせずに笑った。その態度に若干イラつく千代子。
「……そういうことは早く言いなさいよバカ。真っ先に話しておくべきことでしょうが」
「え? なんでご立腹? これって重要なポイントなの?」
「当たり前よ。本来あるべきはずのものがなくなっているのに気づかないなんてどんなお間抜け揃いなのかと思ってたし、そんなんじゃ簡単に見つけられるって思ってたわよ。でも実際はよく見ないとニセモノとわからないものとすり替えられていた? 冗談じゃない、これじゃあ『いつすり替えられたのか』の特定が格段に難しくなるじゃない」
「うん、そうだね。だからチョコを呼んだわけで」
「…………」
 しれっとのたまう鞠絵にさらなる苛立ちを募らせる。その怒りをぶつけてやろうか――と考えたところでそれは無意味だと思い直し、後でタマゴ饅頭の追加を要求しようと深く心に誓って怒声を飲み込んだ。
「……他に私に言うのを忘れてること、ないでしょうね?」
「んー……チョコが何を知りたいのかわかんないから、何を言えばいいやら」
「そう。じゃあ聞きたいことがあったら質問するわ」
 まったく、と呆れ果てたように深いため息をついて、千代子は現場の検証を始めた。



     第三章に続く・・・


 
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