2016/01/13

短編小説 『消えた炎』 第三章

 ……あれ? この三章短くね?
 と思ったんですが、適当な区切りができなくて仕方なくこうなりました。
 ここに投下するなら各章を均等にしなきゃ……とは思うんですけども、書いてる時はそんなことは宇宙の彼方まですっ飛んでますのでどうにもなりません。我慢してください(オイ
 ちなみにこの章の大半は別になくてもよかったりします。


【注意】
 この作品は創作です。登場する人物・団体などは現実のものと一切関係ありません。
 誤字・脱字に関しては温かい目で見過ごしてやって下さい。お願いします。

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     第三章


 捜査中のチョコは周りが見えなくなっている――とは鞠絵の談である。
 それは突き抜けた集中力の賜物なのだが、場合によっては危なっかしい傾向とも言える。集中しすぎて他の事を失念してしまうということが度々起こるのだ。
「チョコ、くれぐれも展示品には触らないようにね」
「わかってるわよ」
 と釘を刺していても、社長の言いつけを無視していつ展示物を手に取ってしまうかハラハラし通しである。わかっている、と答えておきながら数秒後に素手で宝石を掴んでいる――ということも冗談抜きで有り得るだけに気が気ではなかった。フロアを見張っている警備員たちも、小娘探偵の行動の危なっかしさをじっと監視していた。
 ショーケースの間を行ったり来たり。膝を突いてケースを下から覗いたり、部屋の隅に置いてある脚立を持ち出してそれに上ってみたり。そうかと思うと天井をじっと見つめたまま黙考を始めて動かなくなったり。
「…………」
 そんな謎行動を取る『名探偵』を不安そうに見つめるしかない鞠絵と警備員たちが、短いのか長いのかよくわからない時間を過ごし――
「鞠絵。容疑者たちの行動と、偽物に気づいた人と時間の詳細を話して」
 唐突に千代子が振り向きもせずにそう言い放った。咄嗟のことに反応が遅れ、
「え?」
 と間の抜けた声を上げてしまう。
「ごめん、聞き逃した」
「関係者を『容疑者』なんて呼ぶからには、あんたはあんたで犯人探しをしたんでしょうが。そのときに聞き出した情報を寄越せって言ってんの」
「あ、うん、りょーかい。ちょっと待って」
 なぜ事情聴取をしたことがバレているんだろう、という疑問を持つこともなく、鞠絵は手帳を取り出してパラパラとページをめくった。
「どこから話そうか?」
「ピジョンブラッドが本物かを確認した人と場所と時間」
「了解。ええと、搬出前、地下二階の金庫室で社長と四ノ宮先輩が本物だと確認してる。時間は昨日の午後一時少し前。二人に加えて市井さんが金庫室に保管されていた本物とその他の宝飾品をそれぞれ保管用ケースに収め、台車に乗せて金庫室から伸びる通路を通ってエレベーターで展示会場の三階に移動、エレベーターホールに面した入口――私たちが使ったドア――から会場に入ってる。そのとき会場には仁科さん、三津屋さん、五島さん、六堂さんがいて、設営作業をしていた。会場入りした宝飾品は保管用ケースに入ったままそれぞれのショーケースの近くに分配され、ピジョンブラッドは中央のショーケースの中に保護ケースごと置かれた。置いたのは社長。これはみんなが見てたから間違いない」
「ガラス像は?」
「先にケースに設置してあったそうよ。光源の調整もあったから。こっちは細工が精緻だけれど所詮はガラスだから、ピジョンブラッドとは別々にされていたみたい。展示台の石膏像も宝飾品よりも先に設置が終わってたわ。午前中には終わってたんじゃないかな。もっとも、午後からもちょこちょこと位置変更はしてたみたいだけど」
「……続けて」
 中央のケースの側に置かれている黒い布張りの箱を手に取り、中身が空っぽであることを確かめてから千代子は先を促した。
「あ、四ノ宮先輩は車で話したけど私の会社の管理部の人で、六堂さんは監視カメラを設置するために社長が呼んだ業者の人。他は社長の部下ね。保護ケースを開けてピジョンブラッドを像に設置したのは社長で、時間は午後二時半くらい」
「そのときは本物だった?」
「偽物だったらそこで騒ぎが起きてるはずだから、本物だと思う。すり替えに気づいたのも社長で、時間は午後四時頃。その間、中央ケースに近づいたのは社長、市井さん、仁科さん、三津屋さん、四ノ宮先輩の五人。五島さんと六堂さんは警備員が見ている前でずっと作業していて、部屋の中央には一度も行っていないから容疑者から外れてるの。先に挙げた五人は像に触れたかどうかを確認できていないから容疑者扱いされてるってわけ。宝飾品を扱う人はみんな手袋をしてるから指紋も出ないし」
「会場を出入りしたのは?」
「容疑者の中では社長と市井さんと四ノ宮先輩だけで、この三人が金庫室からここまで品物を運んでたの。往復回数は五回。これは地下二階通路と金庫室、エレベーター内、三階エレベーターホールの監視カメラに映ってるから間違いないよ。展示品の搬送自体は一時間足らずで終わってて、その後三人は会場で作業や現場指揮に当たってたわ。ちなみに、トイレに立った人もいなかった……って聞いてる」
「?」
 ここに来て飛び出した曖昧な物言いを不審に思い、千代子は無表情な目でそちらを振り向いた。その無言の視線の意味を察した鞠絵は小さく息をついてぽりぽりと頭を掻いた。
「実は、昼休みから事件発覚直前まで、私はここにいなかったのよ。だから今まで話したのは全部聞いた話よ。四ノ宮先輩が手帳をなくしちゃって、私はそれを探してたから」
「手帳? 見つかったの?」
「たまたま社長が見つけたみたい。地下金庫室に落ちてたんだって。私が見に行ったときはなかったんだよね……社長がすでに手帳を拾った後だったからだろうけど」
 無駄足も甚だしいとぷりぷりしつつ、おかげで容疑者から外れたんだけどねと鞠絵はおどけた。
「まぁ、先輩が大事にしてる手帳をなくすなんて本当に予想外でテンパってたから、見落とした可能性も否定できないけどさ……先輩も『ありえない』って言ってたし……」
「ありえない、か。手帳が四ノ宮さんの手に戻ったのは何時頃のこと?」
「三時ちょっと過ぎくらいだって先輩は言ってる。私は社長が見つけて先輩に返してるって知らなくて、ずっと地下やらエレベーターホールやら、あちこち行ったり来たり探してたから正確な時間はわからない」
「それは各所の監視カメラに映ってるわよね? だったら時間は正確に割り出せるんじゃないの?」
「……ああ、うん、そうでスね」
 その指摘に鞠絵は一瞬言葉に詰まってあさってを向いた。話す口ぶりからすると関係者全員で紛失発覚後に警備室のカメラ映像を見ているはずだが、明らかに自分の行動のチェックを失念していたという気配がありありと出ていた。嗜虐的に千代子の口の端が吊り上がる。
「確認していない、と。後で警備室に連行するからよろしく」
「い……イエス、マム」
 若干引きつった笑顔で敬礼し、鞠絵はあははと乾いた声を上げる。対して千代子は心のこもっていない敬礼に興味を示さず、じっと天井に目を向けていた。実のところ、容疑者ではない鞠絵の行動時間は本筋になんら関係ないのでどうでもいいのだ。もちろん警備室に行くつもりもない。
「天井からぶら下がってる新旧の監視カメラ、あれは今動いてるの?」
「多分。新規設置自体は昨日の午後四時くらいに終わってるから、動いてるんじゃないかな」
「…………」
 見上げたカメラには赤いランプがほの暗く点灯していて、通電していることだけは確認できた。ただ録画しているかどうかはわからない。
(まぁ、どっちにしても一緒だけど)
 計画的にピジョンブラッドを持ち出そうとしている者が、新設された監視カメラ群をくぐる方策を練っていないはずがない。カメラに関係なく持ち出す方法を講じているはずだと千代子は考えていた。
「午後からこの部屋で作業していた人の持ち場と行動は?」
「さっき言ったけど、私はここにいなかったから全部伝聞だからね」
 と鞠絵は手帳のページをめくった。
「社長、四ノ宮先輩は搬入後はショーケースの中身の見せ方についていろいろ指示を出していた。仁科さんは純金製品の担当で、右手奥辺りのショーケースにネックレスやティアラなんかを飾りつけしていた。三津屋さんは左手奥で指輪やブレスレットを担当。市井さんは搬入が終わってから右手前で宝石類の陳列。五島さんは左手前でパンフレットや受付机の準備。……でも、五島さんと六堂さん以外はみんな部屋の中を動き回っていたみたいだから、作業していた場所と時間は参考にならないよ」
「聞き忘れてたけど、四ノ宮さんが手帳の紛失に気づいたのはいつ?」
「え? いきなり話が飛んでるんですけど」
「いいから答えて」
 唐突な話題転換(と鞠絵は思っている)に若干釈然としないものを感じつつ、千代子の問いに記憶を掘り起こす。
「えっと……昼休みの途中に私に言ってきたから、その時じゃないの?」
「ということは四ノ宮さんは昼休み前に金庫室に入ってるのよね?」
「なんでそうなるのよ。搬入を始める午後一時までは行ってないはずだけど」
「……あんたバカなの?」
 はう、と呆れたため息をついて、千代子は肩をすくめた。
「社長が四ノ宮さんの手帳を見つけたのは地下金庫室だって、他でもないあんたが言ったんでしょうが。それは四ノ宮さんが金庫室に手帳を置き忘れたってことでしょ。まさか手帳だけ勝手に歩いて地下に行ったとか言わないでしょうね?」
「言わないよそんな非現実的なこと。でも先輩は午前中ずっと会場にいて地下に降りたなんて話は聞いてないよ。本当に。もし降りてたら監視カメラに映ってるはずだけど、映ってなかった」
「じゃあ社長が地下金庫室で拾ったってウソついてることになるんだけど」
「……何のために?」
「こっちが聞きたいわ!」
 思わず大声でツッコミを入れてしまい、警備員から奇異の目を向けられた千代子はごまかすように咳払いをした。
「それに、仮に手帳を地下金庫室で拾ったのが本当だとして、それは鞠絵が地下に降りたときよりも前ってことになるわよね。あんた、手帳を探して地下に降りたのは何時頃?」
「……昼ごはんを食べて休憩してからだから……一時過ぎくらいかな。展示物を搬出する先輩たちと地下通路ですれ違ってるし」
「で、監視カメラの記録によると、四ノ宮さんはこの時点で初めて金庫室に入ったわけよね。手帳を落としたのはこの時ということになる」
「うん」
「しかし、そこへ入れ違いに金庫室に来た鞠絵が手帳を発見できなかった。なぜか?」
「そこにはもう手帳はなくて、社長が拾ってるから?」
「そう。社長は落とされたばかりの手帳をその場で拾った。で、四ノ宮さんに手帳を返したのは午後三時過ぎ。この時間差は何?」
 うん? とその問いに首を傾げる鞠絵。
「手帳の持ち主がわからなかったから……という理由は厳しいか。貴重品が多く収められていて警戒厳重な金庫室に見慣れない手帳があったら、普通は真っ先に持ち主を探すよね。正体不明の誰かが金庫室に入ったかもしれないってことなんだから。でもこの場合、金庫室には社長と先輩しかいなかったんだから、先輩が落とした物だってすぐにわかるんじゃないかな」
 その通り、と千代子。
「すぐに返さなかったのは、手帳の持ち主がわかっていて、その時は貴重品の搬出という重要度の高い仕事の最中だったため、後で返せばいいと思ったから。でも忘れてしまって三時頃になってしまった。と、考えられなくはない」
「うん」
「けれど、さっきも言ったけど、この推測には大きな矛盾がある」
 それが何か、もうわかるよね、と目で鞠絵を促す。
「先輩が金庫室に入る前に手帳の紛失に気づいていること?」
「そう。それは四ノ宮さんが手帳をなくしたのは地下金庫室じゃあないということ、そしてそれは昼休み以前ということを示している。同時に、社長が手帳を拾ったのは地下金庫室ではないということでもある」
「先輩がウソをついているわけじゃないのは監視カメラの記録でわかるから、必然的に社長の『金庫室で拾った』がウソになる。でも、ウソをつく理由は何なの?」
「わからない。今は。だけど……」
 ――社長は何かを隠している――
 それだけは千代子にも鞠絵にもわかった。



     第四章に続く・・・


 
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