2016/01/14

短編小説 『消えた炎』 第四章

 いわゆる「解決編」の前にあたるこの章を読み終わった時点で、犯人やモノの所在がわかるように書くのがミステリー小説のルールだそうですが、この作品に関して(というか私が書くものはほぼ全部)そういうルールを無視しています。なんだっけ、事件を解く鍵はすべて本文中で明記されていなければならない、というミステリーのルールです。
 もちろん、私は意識的に無視しているのではなく、単なる文章力のなさから来る説明不足描写不足です。解決編になって「え? そうだったの?」という初耳ネタが入り込んできます。行き当たりばったりで書いてるからですかね。
 そういうのをどうにかできるようになりたいもんです。(遠い目


【注意】
 この作品は創作です。登場する人物・団体などは現実のものと一切関係ありません。
 誤字・脱字に関しては温かい目で見過ごしてやって下さい。お願いします。

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     第四章


「それはそうと、このルビーがニセモノ……というかピジョンブラッドじゃないというのはわかったけど、なんでこんなそっくりなルビーがあるのかしら? まるで盗まれるのがわかっていたみたいで用意周到すぎるんだけど」
 はふ、とため息とも呼吸ともつかない感じで肺の空気を吐き出し、千代子は首を傾げた。その姿を見ていた鞠絵はキョトンとした表情で同じように首を傾げる。
「いや、この展示会の目玉は『聖女の炎』のレプリカを売ることだし。似たようなイミテーションがあって当たり前なんだけど」
「……はい?」
 またしても情報の後出しに遭い、千代子はこめかみに血管を浮き上がらせた。
「聞いてないわよ?」
「パンフレットに載ってたでしょ。今回は『展示会』と『即売会』だから、『聖女の炎』のレプリカ像の販売もあります、って。限定二体で。今そこにあるルビーはそのうちの一つなんだよ」
「…………ああ、そう」
 改めてパンフレットに目を通すと、確かにそういった趣旨のページがあった。見落としていたらしい。
「もちろん販売用のレプリカはピジョンブラッドじゃなかったよ。社長と四ノ宮先輩が確認済み」
「その販売用はどこに?」
「そっちの隅のケース」
 と鞠絵が目で指したのは、石膏の袋が置かれているすぐ横だった。周囲をきょろきょろ見回しながら歩み寄り、無造作にケースを開く。二つのケースの中には女性像が入っていて、そのうち片方はルビーを胸に抱いていなかった。像はガラスではないらしく妙に軽いが、造りの細かさは本物と遜色ない出来だった。
「ここに近づいたのは誰?」
「四ノ宮先輩と五島さん、六堂さん以外のみんな。そこの警備員さんが証言してくれてるよ」
 鞠絵に指されて、警備員が大きくうなずいた。
「はい、仰るとおりです。販売用のレプリカとは言え、このルビーも大変高価なものに違いありませんので、厳重に監視を」
「ダメもとでお訊きしますけど、すり替えの瞬間は見てません?」
「少し離れているところから見ていただけですので、そこまでは……」
 直立不動の姿勢のままで中年の警備員は言った。嘘をついているようには感じられず、千代子はその言葉を信用することにした。
 ともかく、これで容疑者が一人減った。残るは四人。
「うーん……」
 この販売用のケースからルビーを持ち出した人物が判明すれば話はそこで終わるのだが、それがすぐにわかるのであれば彼女はこの場に呼び出されていない。
「中央ショーケースでピジョンブラッドを最終的に確認したのが社長で、午後二時半。すり替えに気づいたのも社長で時間は午後四時。犯行はその一時間半の間に行われた……」
「ねえチョコ。さっきの手帳の件もあるし、なんだか社長が怪しく思えてきたんだけど」
「…………」
 鞠絵の声が聞こえていないのか、まったく反応せずに黙考する千代子。こうなっては何を話しかけても無駄だと知っている鞠絵は、同じように黙って名探偵が動くのを待った。
 それから数分が経ち――
「見るものは大体見たし、次は話を聞こうかしら」
 と千代子はつかつかと部屋を出て行ってしまった。鞠絵はぽかんとその背を目で追い、バタンと扉が閉まってから慌てて駆け出した。
 社長と彼の部下は相変わらずエレベーターホールのソファで陰気な顔を突き合わせていた。四ノ宮だけが一同から距離を取るようにホールの隅に立って手帳をめくっていたが、千代子に気づくと険しい視線を向けて手を止めた。鞠絵が『クールビューティ』と評するだけあって、メガネの奥の細められた吊り目が発する威圧感はなかなかのものだった。
「皆さんに質問したいことがありますが、よろしいでしょうか」
 鞠絵が追いつくか追いつかないかというタイミングで、全員を見回しながら有無を言わさない調子で問いかけた。それに対して誰一人声を発さなかったが、何だ小娘が偉そうに、という反発的な視線が集まった。しかしそこには否定の意思はなく、質問してもいいと受け取った千代子は構わず言葉を続ける。
「石膏がバケツで練られていましたが、あれを使ったのはどなたですか?」
「……?」
 意外すぎる質問だったのだろう。鞠絵を含む全員が互いの顔を見合い、その意味を理解できずにいた。そんな中、いち早く答えたのは三十代くらいのスーツの女性だった。その首からかかっている社員証には『三津屋』と書かれている。
「私がうっかり腕輪の展示台を壊してしまったので、仁科君に頼んで練ってもらいました。彼はあの展示台の作者でもありまして、石膏の扱いが上手いんです」
 だよね、と隣の男性に確認を取ると、『仁科』の社員証をつけた青年がうなずいた。
「ちょうど僕も担当していた展示台の欠損を見つけたんで、その補修に石膏を使いました」
「ありがとうございます。……では次の質問ですが――」
 ぺこりと頭を下げ、意味深な間を置いて、千代子は申し訳無さそうに表情を変えた。
「今からこんな話をするのはどうかと思いますが、社長に確認しておきたいことがあります」
「……なんだね?」
「ピジョンブラッドと犯人……どちらを優先して探しますか?」
「何……?」
 その質問の意図がわからない――と言いたげに社長は口を閉ざしたまま眉根を寄せた。その沈黙を選択の迷いと取った千代子は、たっぷり意図を理解するための時間をかけて、その口からこぼれる言葉を待った。
「……宝石、だ」
 しばしの沈黙を経て、社長は答えた。それに満足したのか、千代子の表情が少し緩む。
「わかりました。では、宝石が見つかりさえすれば、犯人探しはしないし詳細の説明も要らないということで構いませんね?」
「構わない。しかし、それは見つかってからの話だ」
「もちろんです。ああ、それと……」
 思い出したように手を打って、千代子は社長に一言二言耳打ちした。その言葉で社長の顔色が今以上に蒼くなり、動揺のためか手が震え始めた。
「……! な、なぜそれを……」
「あら、あてずっぽうだったんですが……そうですか。では、私は会場に戻ってもう少し考えてみますので……失礼します」
 不快そうに表情をゆがめた社長に対し、千代子は清々しいほどの作り笑顔で応えて踵を返し、展示会場のドアを引き開けた。その場の雰囲気が一気に歪んで混沌さを増していく。
「ちょっと、チョコ!」
 頼るべき探偵の不可解な行動と、社長の普通ではない様子に面くらいながらも、鞠絵の足は勝手に動いてその後を追っていた。全員の意見の代弁者になる、という建前で探偵を追ったが、その実居心地の悪い場に残ることを避けたいという無意識下の行動である。
「チョコ、いったいなんなの……」
「鞠絵。お昼過ぎてるからおなかすいた。タマゴ饅頭取ってきて。今すぐ。ライト、ナウ」
「…………っ」
 びく、と鞠絵の背中が跳ねる。表情が完全に消え、仮面のように無機質なものになった千代子の横顔に、言いようのない恐怖を感じた。
「わ、わかった」
 ガチギレしたときよりもずっと冷たく鋭い空気を纏った探偵に何も言えず、鞠絵は逃げるようにエレベーターに駆け込み、背中に貼り付いてのしかかってくるようなその雰囲気をドアで断ち切った。社長たちが生み出す混沌よりも澄み切った無色透明な抗いがたい圧力から解放され、ほっとため息をつく。
「まったく、何度経験しても慣れないもんだね……」
 ケージが下降し始めたのを全身で感じ、身震いしながらぽつりと呟く。
 千代子がああいう状態になるのは今が初めてではない。鞠絵は何度か間近で見ているのだ。
 普段はわりと表情豊かな千代子がああいう顔をするときは、物事が大きく動くときであり――
「もうすぐ解決するってことか」
 終幕が近いことに、鞠絵は再び安堵のため息を漏らしたのだった。


 鞠絵が頼まれたタマゴ饅頭を届けたとき、会場は警備員が追い出されて千代子が一人ぽつんと『聖女の炎』のガラス像の前に立っている状態だった。千代子が何をするかわからないからと頑なに現場を離れようとしなかった警備員たちも、事件解決のために必要な措置だ、それができないなら私は帰るという一方的な言葉に折れた社長の命令で、渋々持ち場を離れることになった。
 会場に部外者を一人残して全員がエレベーターホールで探偵が部屋を出てくるのを待つという、不安と期待が複雑に入り混じった神経を焦がしすり減らす時間を過ごすことになった。
「チョコ……」
 変人を自称する名探偵の親友は中で何をしているのか。追い出される寸前には部屋の真ん中に座ってタマゴ饅頭を頬張っていた彼女が、いったい何をしているのか。
「彼女は監視カメラを停止させて一人で閉じこもって何をしようを言うのかね?」
「わかりません……」
 社長の困惑に対し、鞠絵も答えを返すことはできなかった。
 部屋が閉じられていても、監視カメラで見ることはできる。だが、監視カメラは千代子から切るように言われており、今は作動していない。地下の警備室でも室内の動きはわからないようになっていた。もっとも、その言葉を聞かずにカメラを作動させていても、レンズの前にタマゴ饅頭の包み紙を貼って室内が映らないようにしてあるのでどちらでも関係なかったりするのだが。監視カメラに自分の行動が映ってしまうと、穏便に終わらせるのに何かと都合が悪いから、というのが理由である。
「……一時間か……」
 焦れた誰かがぽつりと呟く。そこで初めて鞠絵は時計に視線を落とし、千代子が閉じこもってからそれだけの時間が過ぎたことを実感した。彼女なりに事件のことを頭の中で整理していたせいか、思ったよりも時が流れていた。そこまで考え抜いてわかったことは、せいぜい『手帳の件で社長の行動が怪しい』というところまで。
 その情報を元に、彼女なりに推理してみる。
(社長が犯人だとして、自身の所有物であるピジョンブラッドを盗むことにどんな意味があるのか?)
 盗まれて得をすることといえば、まず『保険金』が思い浮かぶ。
 高額商品には保険がかけられていることが多い。世界でも五指に入る稀少なピジョンブラッドともなれば、その額は莫大なものになる。それが目的で紛失や盗難を装っているのではないだろうか。
(……ないか。それは)
 考え付いた仮定を自ら却下し、鞠絵は緩く頭を振った。
 自作自演であった場合、社長が真っ先に言った『警察不介入』の一言が矛盾する。保険金を受け取るには紛失や盗難を公にする必要があるが、社長はそれを自身で拒否したのだ。
 つまり、保険金目当てではない。
(じゃあ、社長の不可解な行動の意味は?)
 鞠絵の頭の中で、何度この質問が繰り返されただろうか。社長犯人説で何を考えても、結局はこの問いに戻ってきてしまうのだった。紛失と社長の行動がどうしても結びつかない。
「元から変な顔をもっと変顔にしてどうしたの? 鞠絵」
「誰が変な顔か!」
 ループにはまりこんで抜け出せなくなっていた鞠絵は、遠慮の欠片もない失礼な物言いにツッコミを返し、顔を上げた。そこには疲れた表情をした千代子が立っていた。いつの間にか会場から出てきていたらしい。
「チョコ……犯人がわかったの?」
「さあ。どうだろ」
 ひょい、とシニカルな笑みを浮かべて肩をすくめる。そんな探偵をその場にいる全員が一斉に見つめた。千代子の一挙手一投足を見逃すまいとする、凝視の中の凝視。
 行き過ぎた熱烈視線にはさすがの千代子もたじろぎ、ぽりぽりと頬を掻いて目線を泳がせた。
「ええと、とりあえずですけど」
「…………」
 ごくり、と誰かの喉が鳴り、静まり返るホールに響き渡った。千代子の口から出る次の言葉を聞くのに邪魔になると感じるほど、大きく。
 それほどまでに緊迫した空気の中、そんなに見つめられても……と緩んだ笑みで照れつつ、
「私は帰りますね。お疲れ様でしたー」
 千代子はキッパリと言った。
『はい?』
 練習したかのようにピタリと唱和した全員の声をよそに、千代子は手にしていたタマゴ饅頭の箱を呆然とする社長に持たせ、さっさとエレベーターに乗り込んだ。
「あ、そのタマゴ饅頭、すごく美味しいんでみなさんでどうぞ。では、あでぃおすー」
「…………」
 付け加えるように言って満面の笑みで手を振るが、誰一人リアクションを取ることなかった。エレベーターのドアがそれを覆い隠した数秒後、最初に我に返ったのは鞠絵だった。
「ちょっと、チョコ!?」
 親友の突飛な行動に怒鳴り声を上げた。しかし固く閉ざされた鉄扉の向こうに届くはずもなく、ケージは一階へ下りて行った。
「もう、なんなのよ……。すみません社長。すぐに連れ戻しますので……」
 鞠絵は頭を下げてから踵を返し、急いで階段へ向かう。
「待ちたまえ、その必要はない」
「え?」
 社長の制止に駆け出した足を止め、振り返る。その鞠絵の目に映ったのは――
「君の友人は随分人を不愉快にさせるが……確かに名探偵のようだ」
「あ……そ、それは……」
「ああ。間違いない」
 蓋を開けたタマゴ饅頭の箱の真ん中に鎮座する、鳩の血と称される紅い宝石を見下ろし、社長は震える声で言った。
「本物の、ピジョンブラッドだ」



     第五章に続く・・・


 
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