2016/01/21

短編小説 『消えた炎』 第五章

 短編小説「消えた炎」の最終章です。
 なるべく疑問点は解消するようにしゃべらせたつもりですが、多分足りてないんだろーなぁと思います。
 しかしそこは読者のみなさんの想像力で補っていただければと(オイコラ

 まぁ、所詮は「ミステリーっぽい何か」なので、細けぇことはいいんだよ!の精神でお願いします。



【注意】
 この作品は創作です。登場する人物・団体などは現実のものと一切関係ありません。
 誤字・脱字に関しては温かい目で見過ごしてやって下さい。お願いします。


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     第五章


 無事に展示即売会が終了したことをメールで知らされてから三日後、再び鞠絵から呼び出しがかかった。二人が高校生のときによく利用していた古びた喫茶店の奥のテーブル席で、マスターに「いつもの」で通用するほど味わったアイスココアを前に顔を突き合わせていた。
「チョコのおかげで展示会は大成功で終わったって、社長が喜んでたよ。私としてはあんまりパッとしない展示会に思えたけどね」
「ああ、そう」
 特に興味もなく気のない返事をして、千代子はなんとなく手に取ったマガジンラックの雑誌に視線を落とした。三ヶ月以上前の話題が紙面に踊っていて、それが先月号の月刊誌だということに気づくが、構わず目に付いた文字を追う。
 鞠絵はそんな態度の親友に気を悪くするでもなく、聞いていなくても別に構わないというように話を続けた。
「で、社長がお礼をしたいって言ってるんだけど、どうしようか?」
「要らない。依頼料ならあんたから貰ってるし。それで終わってる話よ」
「そう、じゃあ……」
 そっけない反応に悪人のような底意地悪い表情を浮かべ、鞠絵はひっひっひと笑った。
「社長から預かってきた謝礼金は探偵紹介手数料という名目で私が戴くということで」
「待てコラ。何よ謝礼金って」
 さすがに聞き捨てならなかったか、慌てて雑誌から悪徳業者に目を向けて抗議の声を上げた。そのリアクションを織り込んでいたか、鞠絵はしてやったりとほくそ笑む。
「ん? チョコは要らないんでしょ? じゃあ私が貰ってもいいんじゃない?」
「外道にも程があると思うんだけど。返してきなさい」
「いいけど、チョコが私の質問に答えてくれたらねっ」
 んふ、とドヤ顔で鞠絵は言った。
 呼び出された時点で事件のことを聞きたがるだろうなと半ば確信しつつこの場に出てきた千代子だが、あまりの予想通りすぎる展開には思わずため息が出てしまった。
 もちろん何の策も持たずに来るわけはなく、事件のことは適当に流して馴染みのココアだけ奢らせて帰るつもりだった。
 しかし、こういう人質を取られるとは予想もしていなかった。まだまだ読みが甘かったと内心で反省する。
「で、どうするの? チョコ。私を極悪非道な人間にしたいの? あなたの親友が悪事に手を染めようとしているのよ? 助けたいと思わないの? この人でなしめ!」
「それはあんたのセリフじゃないわ!」
 言うことに一片の道理も存在しない鞠絵に目一杯ツッコミを入れ、千代子は先ほどよりも深い深いため息をついた。呆れ半分、諦め半分のうんざりするような吐息だった。
「……何から話せばいい?」
 ずずず、とアイスココアをひとすすりし、開いていた雑誌を閉じた。鞠絵を悪人にしたくないから、ということはミドリムシの毛穴ほどにも考えていないが、この悪友の性格を考えるに納得するまで引き下がらないと嫌でも理解してしまったからである。
「いろいろ聞きたいけど、何よりまずは宝石がどこにあったかってコト。私たち全員でくまなく探しまくったあの展示会場で見つかったってのが信じられない。どんな魔法を使ったの?」
「思い出しなさいな、あんたが確信を持って言ったことを。『宝石は持ち出されていない』ってハッキリと言ったでしょうが。だったら会場内にあるのは必然よね」
 確かにその通り、と鞠絵。しかし、徹底した捜索を行った者として素直にそれを認める気にはならなかった。認めてしまうと自身の無能さと徒労を意識せざるを得ないから。
「でも会場内は全員で隅々まで探したんだよ? だから何者かがトリックか何かを使って持ち出してて、それをチョコに解き明かしてもらいたかったわけで」
「そう思ってるのはあんたたちだけ。というかトリックで持ち出されてたら私でも見つけられないってば。ご期待にそぐわず、実際は会場内にまだ探していないところがあって、宝石はそこに隠されていたに過ぎないのよ」
「探していないところ? どこよ」
「……鞠絵、『六つのナポレオン』って話、知ってる?」
 唐突な話題変換で鞠絵は首を傾げると同時に、そのふざけた質問に苛立ちが沸く。しかし大真面目な表情の千代子を見て、何をいきなりと声を荒げそうになるのを押し留め、質問に答えた。
「ドイルの小説でしょ?」
「正解。そして今回の事件の全貌でもある」
「一体何の話…………あっ」
 意味不明のはぐらかしに聞こえる千代子の言葉の意味を瞬間的に理解すると、頭の中で混沌としていた事象のピースが見る見るうちに組み上がって一枚の絵を描き出した。鞠絵はピジョンブラッドを手にする探偵の姿を見ていないのに、その光景がハッキリと脳内に浮かんだ。
「石膏像の中……?」
「そう。金のネックレスを飾る石膏の女性胸像の中に隠されていたのよ」
「ウソ……全然わからなかった……。チョコはどうしてそれに気づいたの?」
「ええとね」
 愕然とする鞠絵とは対照的に、実に平然とした顔でココアを飲み、千代子は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「石膏を練ったバケツを見たとき、ちょっと補修するだけにしては量が多いなって思った。そのときになぜかドイルの話を思い出して、ひょっとしたら石膏像の中に埋め込まれてるんじゃないかなって考えたわけ。で、会場から全員追い出して石膏像を一つずつ調べたら、ネックレスの像に僅かに石膏の乾き具合が違う部分があるのを見つけて、くりぬいてみたらお目当てのブツが出てきたのよね。もうビックリですよ」
「……は? つまり見つかったのはただの偶然?」
「うん。まあ、隠せるところが石膏像の中しかなかったから、消去法で『そこにあるかもなー』くらいは考えてたけど、見つかったのは偶々。もうちょっと調査が遅かったら石膏が完全に乾いて気づかなかったかもしれないし。本当にラッキーだった」
「はー……。なんとまぁ……」
 聞いてみれば簡単なことだった。鞠絵も同じようにバケツの石膏を見ていたし、そのトリックも知っていた。それらを注意深く考えさえすれば、石膏は単なる補修用だけではないと気づき、隠し場所を察することもできただろう。
 だが、できなかった。石膏は硬いもので、そこに宝石を埋め込むことはできないという思い込みもあっただろう。石膏像を疑おうとは毛ほども思わなかった。
「じゃあチョコ、犯人は……宝石を隠したのは……」
「それは心の奥底に沈めておきなさい。社長が明らかにする必要がないと言った以上、私は表に出すつもりはないから。想像するのは勝手だけど、黙ってるほうがいいわよ」
 そう言う千代子の目が『面倒になる』と如実に語っていて、鞠絵は身体の奥から湧き上がる衝動を押さえ込み、犯人の名を口にするのをやめた。
「わかった。黙っとく」
「ん。では質問は以上ですね、お嬢さん?」
 これでようやく開放される、と千代子は一息つく。
 しかし。
「まだ。あと二つ」
 終わらせてくれない鞠絵。
「断る」
 即座に拒否する千代子。
「社長が警察の介入を拒んだ理由がわからないんだけど」
 鞠絵は構わず疑問を口にして、有耶無耶のうちに答えさせよう作戦を決行した。もちろんそんな大きすぎる釣り針に引っかかる千代子ではない――が。
「ジャンボフルーツパフェ」
 『交渉』となれば話は違う。対価があればその程度の質問に答えても損はない。そう考えて千代子は条件を提示した。
「承知。マスター、ジャンボフルーツパフェを二つ追加ねー」
 鞠絵は一切迷いも考えもせずにその要求を飲んだ。しかも、二つの質問に千二百円もするパフェを一つずつという豪儀さ。彼女らしくない気風のよさに千代子は思わずキョトンとする。
「いや、パフェは一つでいいんだけど」
「何言ってんの? 私も食べるの。初めてだから楽しみだわ」
「あ、左様で……」
 あまりの即断ぶりに動揺していたのか、つまらない勘違いをしたと千代子は少し恥ずかしくなった。鞠絵はわりとケチな性格――もとい、倹約家なので千代子の分に加えて自分で食べるために注文するとは思わなかったのだ。社会人になって金銭的にわずかばかりの余裕ができても頑なに三百五十円のアイスココアだけで通してきた彼女の行動が予想外だった。
「で、チョコ。質問の答えなんだけど」
「鞠絵さんの見解は? 考えたんでしょ」
「体面しか思いつかない。社運を賭けた展示会なのに警察の介入で失敗したくないと思ったから、としか」
「それでピジョンブラッドが戻らなかったら、どの道失敗になると思うんだけど」
「だよねぇ。今気づいた。私がチョコを連れてくるって言わなかったらどうするつもりだったんだろう?」
 苦笑しながら両手を上げて降参した。千代子も苦笑して肩をすくめる。
「さあね。あの様子じゃ完全に思考停止して無駄に時間を潰してただけだと思うけれど。ま、そうなっても仕方ない、単純明快で複雑怪奇な事情が社長にあったからね」
「……? どういうこと?」
 今ひとつ釈然としない物言いに、鞠絵は首を傾げて眉間にシワを寄せた。あまり大きな声で話すことじゃないからね、と千代子が前置きしてボリュームを落とす。
「あんたは新人だから聞いてないだけかもしれないけど、あの『聖女の炎』は社長の所有物じゃない。外国のとある人物の所有物で、あの社長はそれを借りていただけなのよ。所有者と社長がどんなきっかけで知り合ったのかなんてのは知らないけどね」
「初耳だわ。それ本当なの?」
「わりと有名な話よ。多分今回の事件に関わったあんた以外の全員が知ってる。大体、あの冴えない社長が世界最上級の稀少価値を誇るピジョンブラッドを入手できるタマに見える?」
「見えない。全然」
 相当に失礼な質問と即答だが、二人とも第一印象でそう思ったのだから仕方がない。本人がいないこの場でお世辞を言っても詮無いことだろう。
「……あー、そうか。違和感の正体はそれか……」
 四ノ宮先輩と二人で社長に初めて会ったときのことを思い出し、こうして千代子と話して、ようやく『そのこと』に気づいた。
 今回の仕事を手掛ける中で、鞠絵が常に感じていたモヤモヤしたもの。
 それは『アンバランスさ』だった。
 社の命運を賭けたという展示会のわりにピジョンブラッド以外は目玉になるようなものはなく、他はその辺の貴金属店で小金持ちが気軽に購入できるレベルの品物ばかりだった。それに加えて、アクセス最悪で規模の小さい自社ビルを会場に使ったことも腑に落ちない。セレブリティを集めるには目玉以外にいろいろと足りておらず、全体的に貧乏くさいのにピジョンブラッドだけがやたらに立派で完全に浮いていたのだ。
「例えるなら……革鎧に伝説の剣を持ったレベル十くらいの勘違い勇者がラストダンジョンに挑んでる感じかな」
「上手い事言うわね、鞠絵」
「おお、チョコが褒めた。珍しい」
 上手く違和感を表現できてスッキリした上に褒められて気を良くしたところで、鞠絵は本題に戻った。
「で、その所有者って? どこの石油王?」
「これからもこの業界で働くあんたのためにその人の名前は伏せるけど、表向きは貿易商で、ヨーロッパに構成員……じゃなくてちょっと血気盛んな『社員』を数万人単位で抱えている『マ』のつく自由業のボス。という噂。これはあまり知られてないわね」
「うわあ……そりゃ間違っても警察に『盗まれちゃった、てへっ』なんて言えないわ。恐ろしい」
 曖昧な千代子の言葉でもはっきりとわかる事情に身震いしながら、鞠絵はそれ以上突っ込んで話すのをやめた。紛失したとわかったときの社長の心境や、もしピジョンブラッドを取り戻せなかった場合の自分たちの立場を考えると気が遠くなる思いがした。それを未然に防いだ親友は救いの神であり、まさに千代子様サマであった。
「犯人は、所有者の正体を知ってたのかな?」
「知らないんじゃないの。知っててやったんなら自殺志願者としか思えないし」
「ですよねー」
 ははは、と乾いた笑い声を上げて同意する鞠絵。
「さて。鞠絵のもう一つの質問、社長が手帳の件でウソをついた理由は、パフェが届いてからでいいかしら」
「え、あ、うん。……っていうか、なんでもう一つの質問の内容を知ってるの?」
「あんたが聞きたいだろう話がそれしか残っていないからよ」
 言って千代子は再び雑誌に視線を落とし、黙り込んでしまった。


 運ばれてきたパフェを半分ほど楽しんだところで、千代子はスプーンを置いて鞠絵に向き合った。思ったよりボリュームがあって気持ち悪くなり、完食は不可能だと判断したためである。ちなみに鞠絵は完食済みだったりする。
「単刀直入に言うと、社長は四ノ宮さんと親しくなりたかっただけってこと」
「……え? いや、先輩は美人だから社長がそう思うのもわかるけどさ、それがなんで手帳のウソに関係してくるの?」
 残されたパフェを物欲しそうに見つめながら鞠絵は首をかしげた。その視線に若干引きつつ、千代子は食べたきゃどうぞと差し出して水を一口含んだ。甘ったるい口の中が冷たい水に洗い流されて、少しだけ気分がましになった。
「四ノ宮さんは手帳を落としてもなくしてもいない。社長が彼女の隙を突いて盗んだのよ」
「……はい?」
 想定外の答えに鞠絵はパフェを頬張る格好のままでピタリと動きを止めた。
「盗った?」
「そう。手帳を盗んでそれを返すという自作自演で彼女に近づこうとしたの。鞠絵が『クールビューティ』なんて言葉で四ノ宮さんを評するところから察するに、簡単に男になびく人じゃないんでしょう。社長とはあくまでビジネス相手として接していたはずよ」
「うん。仕事中の先輩はいつも誰に対してもそんな感じ。プライベートだとよく笑う可愛い人なんだけどね。そのギャップからムカつくくらいよくおモテになられるのです」
「僻むなみっともない。ともかく、普通に接していては親密度は上がらない。だから社長は彼女が仕事中に使用していた手帳を使おう、と考えた」
「待って。なんで手帳なの? 肌身離さずの盗みづらい物じゃなくて他の何かのほうが楽なんじゃ……」
「それほど大事な手帳がなければ仕事に差し支えるでしょ。必然的に、それを見つけてくれた人に対して感謝の度合いが大きくなる。さらに言えば、手帳には四ノ宮さんのプライベートも入っている。彼女と親密になりたいと思っている人にとって、その情報は何よりも貴重だと思わない?」
「……なるほど」
 もぐもぐとチョコレートソースがかかったバナナを咀嚼しながらうなずく。それをこくりと飲み込むと、バナナと一緒に小さな疑問も腑に落ちた。
「そうか、社長がすぐに手帳を返さなかったのは、中身を読むための時間が欲しかったからなのね?」
「珍しく冴えてるわね、鞠絵。いつもは無駄に大きい胸に回るパフェ二つ分の糖分が脳ミソに回ったのかしら」
「褒めるかけなすか、どっちかにしていただけないですかね」
 顔で笑って目で怒る、という器用な顔芸で抗議する鞠絵。しかしパフェを食べる手は止めない。
「でも盗んだのはいつなんだろう? 先輩が手帳を手元から離すなんて、昼休みくらいしかないんだけど」
「ねえ鞠絵。自分の疑問に自分で答えるのって楽しい?」
「は……? ええ?」
 千代子の心底バカにしたような視線と声音に、自分がたった今相当に頭が悪いことを言ったらしいことを悟った。鞠絵は自分の言葉を脳内で素早く反芻する。
「あ、盗まれたのは昼休みなの?」
「それ以外に考えられないでしょうが。昼休みに入ってすぐ、仕事モードを解除した四ノ宮さんの隙を突いて――多分食事時を狙って社長が手帳を入手。その直後に四ノ宮さんがあんたに相談してきたって考えるのが自然だと思うんだけど」
「それは確かに……でも、じゃあ社長が金庫室で拾ったって言った理由は?」
 パフェの最後の一口を飲み込み、ゴチでしたと手を合わせてから鞠絵は言った。それについては想像でしかないけれど、と前置きして千代子は続ける。
「昼休みが明けて彼女が最初に行った場所が金庫室だったから。ピジョンブラッドの搬出という神経を使う作業中なら手帳を落として気づかなくてもおかしくない、と社長は考えたんでしょうね。もっともこれは完全な計算ミスで、四ノ宮さんは紛失直後に気づいていたから、昼休み後に初めて行った金庫室で拾ったというのが『ありえない』とわかっていた」
「ありえない……。ああ! あのときの『ありえない』ってそういう意味だったんだ!」
「そう。それで社長に『四ノ宮さんはあなたのやったことに気づいてますよ』って耳打ちしたわけだけど、そのときの動揺っぷりはなかなかおもしろかったわね。四ノ宮さんも社長から離れて睨んでたし、効果抜群で傑作だったわ。私を小娘呼ばわりするからああいう目に遭うのよ」
 うふふふ、と千代子は底意地の悪い笑みを浮かべた。それを見た鞠絵の背筋が寒くなったのは、決して一人前と半分のアイスクリームたっぷりなパフェを平らげたせいではないだろう。
「と、ところで、手帳の件とピジョンブラッドの件は別だって気づいたのはどうして?」
「私は本当の所有者のことを知ってたから、社長が犯人であるはずがないと思っただけ。もし犯人だったら、もっと周到に所有者を欺くための準備がなされているはずだけど、そんな気配はなかったし、社長自身や周辺に影響が出ないような細工がまったくなかった。何より展示会の準備中なんて『自分たちがもっとも責任を負わなくてはならないタイミング』で実行する必要性が皆無なのよ。よって、早々に容疑者から外したわけ」
 千代子の説明になるほどとうなずいて、鞠絵はこくりこくりと首を縦に振って……ぴたりと止まった。
「ということは、車で会場に向かってる時にはもう社長は犯人候補から外れてたわけ?」
「そうね、容疑者ではあったけど可能性はほぼゼロだと思ってた」
「じゃあなんで捜査中に手帳紛失を殊更重要なことみたいに語っちゃったの?」
「四ノ宮さんが容疑者の一人だったから。あんたが聞いた四ノ宮さんの言葉が全て本当だという確証はないんだから、一応でも疑う必要があって検証しなければならなかった」
「……それは……」
 容疑者は全て疑ってかかる。それが捜査の基本中の基本だという千代子の意見は至極まともだと理解できるが、それでも尊敬する先輩が疑われていたことにいい気持ちがしない鞠絵は、無意識に恨みがましく探偵を睨んでいた。
「……あぁ」
 憎い敵を見るような親友の冷たい瞳を無表情で見つめ返し、小さく息をつく。
「そういう反応をされるのが嫌だから『探偵』だなんて言われたくないのよ。事件を解決したらしたで犯人に恨まれるし、疑いをかけた人にいい顔はされない。解決してもこうして講義まで開かなきゃならないしね」
 やれやれと投げやりに千代子は肩をすくめた。
 スパッと切れ味よく事件を解決する探偵は格好いいものと持て囃されるが、同時に知られたくないことを暴かれてしまうその卓越した能力に悪いイメージを持たれることもある。痛くもない腹を探られていい気分になる者などほとんどいないのだ。
(ま、今回は恨まれることはないんだけどさ)
 千代子としては犯人に恨まれるのは御免被るので、アフターケアの一環として個人的に犯人に会いに行って裏事情を説明し、お互いに口を閉ざして干渉しない約束を取り付けてある。犯人との接触に危険はあったが、今回に限っては話し合いでなんとかなると千代子は思っていた。
 社長への怨恨が動機ではないことはわかっていたし、犯人がピジョンブラッドの所有者の正体を知らないこともわかっていた。所有者をよく知っていたら、盗難を許した社長はもちろん盗んだ自分もあらゆる手段で探し出されてただでは済まないことは容易に想像できる。社長犯人説と同じく、盗んだ後に自身に火の粉がかからない工作がなされていないところから考えるに、単純な動機、例えば換金目的などにあるのは明白だった。だからこそ犯人に会って話し合うという荒業が実現したのである。
 ちなみに、あっさりと犯人が千代子の提案に乗ったのは、所有者の正体を知ったこともそうだが、ピジョンブラッドが『稀少すぎて換金できない』ことを説明されたからである。世界に一つしかないものを盗んで換金しようとしても、盗品とすぐにバレてしまうのでそう簡単には買い手はつかないのだ。まして『聖女の炎』の持ち主が持ち主なので、買おうとする者など存在しないだろう。そう諭されたときの犯人の表情は落胆以外の何もなかった。
「ぅあ……ごめん、チョコ」
 犯人とのやり取りを思い出して黙り込んだ千代子が落ち込んでいるのは自分の態度のせいだと勘違いした鞠絵は、いつになく神妙な面持ちで頭を下げた。
「私たちを窮地から救ってくれた上にこうして面倒な謎明かしまでさせちゃってるのに私ったら……反省します」
「え? うん、わかってくれればそれでいいよ」
 頬杖をついて窓の外をぼんやりと眺めながら空いた手をひらひらと振って、千代子はわざとらしい笑い声を上げた。勘違いされているのはわかっていたが、こういう態度を取っておけばさすがの鞠絵もこれ以上突っ込んだ話はできまい、という目論見で誤解を解かずに放置した。どうやらそれは成功しているようで、真意には気づかれていない。
「さて、もう話すことはないわね。そろそろ帰るわ」
 あらかたの謎は明かしたし、このタイミングなら突っ込んでは来ないだろうと席を立つ。
「あ、チョコの家まで送っていくよ。車で来てるから」
「ありがと」
「待ってね、会計しなきゃ……」
 さっさと帰り支度を始めた千代子に遅れて立ち上がり、バッグを手に取ってレジに駆けていく。
「それはそうと鞠絵、ケチ……倹約家のあんたがよくあのジャンボパフェを頼む気になったわね。それが不思議でならないんだけど」
「え? ああ、それは」
 にんまりと笑って、鞠絵は言った。
「社長の謝礼金で払うし」
「だからそれは返してこいと言ったでしょうがッ!」
 客のいない古びた喫茶店に、千代子の全力ツッコミが花開く。


 そういえば昔からこの二人はこうだったなぁ……
 とマスターは懐かしくも微笑ましいやり取りに頬を緩ませたのだった。




         


 
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