2016/06/17

小説 『魔女のかくれんぼ』 1

 まったく殿のリクエストにより掲載することとなった中編?小説です。もともとANEMOSさんとこに寄稿する予定のものでしたが、どうもANEMOSさんがイベント参加なさらないようなので、ここで発表する運びとなりました。
 内容を15~20kBくらいで分割しないと掲載が難しいんで割ってみたんですが、なんともバランスの悪い分割具合になってしまいました。起承転結の配分をいい加減にしてたツケがこんなところに……反省。



   :読者様へのお願い:

 この作品はフィクションです。
 登場する人物団体等は現実のものと一切関係ありません。
 なお誤字脱字はなるべく生暖かい目で見守っていただきたく存じます。

 


 なんだこれ。
 と、俺は思わず呟いていた。隣にいたリサも同じ言葉を口にして、呆けたように目を丸くしている。
 テーブルに置いた、一枚の写真。
 やたらと立派な樫の木が写真の左側に写っていて、その奥は手入れの行き届いていない竹林になっている。フレームの右端にギリギリ入っているのは飲食店か何かの建物だろうか。有名な酒造メーカーの商品名が入ったポスターらしきものがわずかに見えている。
 それに加えて、一人の人物が中央に写っていた。
「これ、誰?」
「俺が知るかよ……」
 リサの疑問に答える術を持たない俺は、そう返すしかなかった。
 写真の中央で恥ずかしそうにうつむいて斜め下の地面に視線を落としながら、しかし精一杯の愛想を振りまこうと無理をした感のあるピースサインを胸の前で作って写っている、二十歳くらいの若い女性。顔はうつむいているせいで前髪に隠れてよく見えず、鼻から下には作ったようなぎこちない笑みが浮かんでいる。髪はカラスのように真っ黒で長く、パステルグリーンの髪留めで一つにまとめて無造作に肩から胸へ垂らした格好だ。着ている服は無地で濃灰色の長袖Tシャツに淡い桜色の膝下スカート、そして真っ白なエプロンという、センスは悪くないが地味に地味を被せたような装いだ。
 写真の構成や構図に詳しくないが、これが特別優れた技術やセンスをもって撮られたものではないことくらいは直感でわかる。言うなら、素人カメラマンが記念撮影しただけ、といった感じだ。
「これ、お店なんじゃないかな。この人は従業員で、シャツとエプロンはお店の支給品とか」
「そうかも知れない」
 多分リサの言う通りなのだろう。これはこの女性従業員を店の前で撮っただけの、何の変哲もない写真だ。
 問題は、その在り来たりな写真がどうして遺言にまでされてしまうのか、というところだろう。
「リサ、ばーちゃんの手紙をもう一度見せてくれ」
「うん」
 うなずいて肩口に垂れた長い金色の後れ毛を左手で跳ね上げ、リサは脇に置いていたバッグを開いた。聞いた事のない校名が刺繍された紺色のトートバッグは絶望的に地味で、お洒落からは例えるなら東京大阪間くらい遠いシロモノだが、それが彼女の高校の指定カバンだから仕方がない。海外から留学生が大勢来るような国際色豊かな全寮制の女子高で、規則が軍隊並みに厳しいらしく、カバンの個人的な変更や加工(アクセサリー等の追加も含む)は一切認められていないのだとか。話を聞く限りでは、俺が通っている公立高校の緩さとは次元が違う。
「はい、これ」
「おう」
 差し出された真っ白な封筒を受け取り、十九世紀英国的な蝋封(初めて見た)を慎重に開く。前に一度二度と開いているので、蝋を割ったり封筒を破いたりすることはなかった。
 封筒の中には、これまた真っ白な便箋が一枚だけ入っている。そこには、

『さあ、魔女のかくれんぼだよ。ひー君は鬼だ。この子がかくれているのを、ひー君が見つけなきゃダメだからね。見つけてごらん、もーいいよー!』

 と、彩度の高い赤インクで書かれていた。ちなみに『ひー君』というのは俺のことで、小さい頃はこのあだ名で呼ばれていた。
「……わけわかんねぇ……」
 何度読み返してもその一言で済む感想しか湧かない、どこまでも意味不明な手紙。わかるのは、これがばーちゃんの直筆だということくらいだ。
「なあリサ。もう一回訊くけど、この手紙の意味、わかるか?」
 ダメ元の質問だったが、やはり首を横に振られた。答えは変わらず「ノー」だった。
「おばあちゃんは私の唯一の家族で、あの家に引っ越してから高校の寮に入るまでずっと一緒に暮らしたけど、本当によくわからない人だったよ。優しくて、温かくて、何でも知っていて……でも、どこまでも不思議で謎だらけな人だった。おばあちゃんがこうして謎めいた言い回しをしたときの意図なんて、私にわかったことはほとんどないし」
「まぁ、なんといっても『魔女』だからな……」
 困惑の感情の持って行き所を見つけられないまま、俺はげっそりと呟いて引きつり笑いを漏らした。


   ・   ・   ・


 ――その真っ白な老婆は、ニコニコしながら俺に言った。
「私はね、『魔女』なのさ」
 高校生となった今、その言葉を聞いていたら、恐らく反応に困っていただろう。だが、俺がばーちゃんからこの話を聞かされたのは、まだ幼稚園に通っていた頃だ。ファンタジーと現実の区別も怪しいガキだった俺は、この話を全面的に信じ、素直に凄いと思った。
 俺は家族とともに今の街に引っ越すまでは山間の小さな村に住んでいて、隣の家のばーちゃんによく遊んでもらっていた。髪は長く真っ白で、シワだらけの肌も病的に白く、薄い灰色の瞳が優しげな人好きのする年寄りだ。その上いつも真っ白な服を着ているから、子供でなくとも「真っ白な老婆」と呼ぶ以外にない容姿と言えよう。
 ばーちゃんは俺たち子供によく『魔法』を見せてくれた。裏返しに伏せた紙に書かれた文字を読んだり、手に持っていた飴玉を一瞬で消したり、トランプのカードを宙に浮かせたり――今思うとあれらは単なる『手品』で、ばーちゃんは『魔女(ウィッチ)』ではなく『手品師(トリックスター)』だったのだろうが、当時の俺たちは本気で魔女なんだと信じていた。
 もちろん、幼い俺たちも手品の存在を知らなかったわけではない。ド田舎のコンビニすらない寂れた村と言っても、テレビもあるし、漫画雑誌も商店に売っている(週刊誌は週遅れだが)。手品がタネもシカケもあるものだということは、そういったもので見聞して知っていた。なので、単に不思議なことを見せるだけでは魔女だと信じることはなかったと思う。
 それでも信じたのは、ばーちゃんの異様な外見もさることながら、『魔女の部屋』をこの目で見ていたからだ。
 とにかく、ばーちゃんが使っていた八畳の和室はいつ行っても薄暗く不気味だった。障子一枚分の出入口以外の四方は背の高い書架に囲まれていて、それらにはどこの国のものかもわからない文字を連ねた分厚い本が詰め込まれていた。さらにガラス瓶に入った変な液体や粉、赤や青や緑の透き通った玉、曲がりくねった木の杖、数体のビスクドールがそこここに置いてある。本当に漫画や童話に出てくる『魔女の部屋』そのものの造りで、そんな中にいるのがセオリー通りの『真っ黒な魔女』ではなく『真っ白な魔女』だという特異性も手伝って、子供たちにばーちゃんを『魔女』と呼ばせるに十分な説得力を与えていたのだ。
 そんな子供好きでいつも遊んでくれていたばーちゃんだが――実は今から一ヶ月前に他界した。
 俺は村を離れて十年近く経っているし、急な引っ越しだったせいで村の人との交流がプッツリと切れていたため、そのことを知ったのは、リサが俺のもとを訪ねてきて話を聞いたときだ。
 リサ――今、目の前のソファに座ってキョトンとした顔で俺を見ている、幼馴染の女の子。キラキラ光る金色の長い髪、赤みがかった茶色の真ん丸な瞳、平均値を超える整った顔立ち、同世代平均に比して若干低い身長、そして非常に残念なお胸の女子高生だ。ばーちゃんの孫で、俺が引っ越す三年前にばーちゃんちに引き取られてきて、いつしか一緒に遊ぶようになった。初めて会ったときは、彼女が酷い人見知りで怖がりだったのを思い出す。外国人だし、幼い身で海外にいる両親と離れて不慣れな地で暮らさなければならなくなったのだから、不安いっぱいで仕方なかったのかもしれない。
 その幼馴染が数年ぶりにどうやってか俺の引っ越し先の住所を探り出し、やって来たのが一昨日のことだ。インターホンを某名人よろしく高速連打し、両手いっぱいの紙袋(リサ曰く「都会の誘惑に負けた」のだそうだ)を提げ、無駄な抵抗はやめて早く開けろー! と玄関先でわめく不審者があの人見知りで怖がりのリサであると思い当たるのに並ならぬ苦労をしたが、ともかくおまわりさんを召喚する呪文『ひゃくとーばん』を唱える寸前で認識できたのは幸運だった。あと少し「ひー君」という俺の昔のあだ名が彼女の口から出てくるのが遅れていたら、きっといろいろ面倒が起こっていたに違いない。
 そんな嵐のような登場を果たしたリサは、訃報とともに俺宛の手紙と荷物を届けてくれた。差出人は自称『魔女』のばーちゃんで、手紙はさっき読んだものだ。荷物は外国製の古臭いフィルム式のカメラ一つ。そのカメラにはフィルムが入っていて、一枚だけ何かを撮影してあるようだった。手紙は意味不明だが、ひょっとしたらその意味がわかるものが写っているんじゃないかと駅前の写真館でフィルムの現像を依頼し、今朝できあがった写真を見たら、冒頭の樫の木と竹林と女が写っていたというわけである。
 ばーちゃんは魔女を自称するくらいだから、わりと……というかかなりいたずら好きな人で、言葉遊びやなぞなぞで子供たちを翻弄して喜んでいたきらいがある。恐らくこれもその一環なのだろうが――
「遺言に書いてまでやることか? これ」
「……さあ……」
 俺の呟きに、リサは首を傾げて複雑な表情を見せた。
 ばーちゃんの死因は肺炎らしく、一人暮らしで風邪をこじらせ、看病する人もなく床に伏せて数日後に亡くなったのだそうだ。魔女の最期にしてはあっけない気もするが、自称魔女なだけでばーちゃんも普通の人間、病気で亡くなることも不思議ではない。
 ただ、ばーちゃんは風邪を引いた時点で自身の死期を悟っていたようで、病床で遺言書をしたため、弁護士にそれを預けていた。死後、遺言書の内容が発表(と言っても近くにいる身内はリサだけだったので内容を知っているのは彼女一人のみ)され、その中に手紙とカメラを間違いなく俺に届けてほしい旨が記されていたという。
「おばあちゃんの遺言だし、それを叶えてあげたいと思ったから、何とかこの家を探して来たんだけど……」
「この内容じゃあな……」
 あまりにも取り留めのない内容の手紙と写真をヒントにした『かくれんぼ』。どこを探し、誰を見つければこのゲームは終わるのだろう。
 途方に暮れるとはこういうことを言うのかもしれない。
 俺に何を期待しているのか。あの真っ白な魔女は――


 冬休みの帰省期間を利用して俺の家にやってきていたリサは、「届け物も済ませたし、長居をしても悪いし」と村に帰ることになった。ばーちゃんの家の片付けもあるし、引き止めるわけにもいかないだろう。
「ありがとうね、ひー君。いきなり押しかけたのに三日も泊めてもらっちゃって」
「いいんだよ。はるばる訪ねてきた幼馴染を無碍に扱ったら母さんに怒られちまうからな」
「……そういえば、三日も泊めてもらってるのに、ひー君のご両親に会ってないけど……」
 とリサが首を傾げた。そう言えば話してなかったな。
「二人とも出張だよ。父さんは調査に熱中したら家事も食事もおざなりにしちまうから、母さんがついていって世話しないとダメなんだと。だから父さんが出張している間は母さんもいなくて、俺は一人暮らししてるようなもんなんだよ」
「あー、それでひー君の家事能力が高いんだ。お料理がとっても美味しいのも納得だわ」
 うんうんと大袈裟にうなずいて、リサは「ひー君は良いお嫁さんになるよ」と世迷言をぬかした。面倒なのでツッコミは控える。
 と言うか、こういう場合は若い男女が一つ屋根の下で寝泊り云々の話になるんじゃないだろうか。別にそうなって欲しいわけではないが、そういった方面に多感な時期だし、少しくらいは意識しても良さそうなものだと思うのだが。
 などと考えていると、急にリサがハッと何かに気づいたような顔になった。
「あのさ……私、三日もひー君とこの家に二人きりだったんだよね……」
「……おう」
 俺の考えていたことが読まれたのか、唐突にそんなことを言い出した。わなわなと両手を震わせ、取り返しのつかないことをしてしまったと言わんばかりの表情で俺を見る。
 そして。
「なんてこと! ひー君を襲うまたとないチャンスだったのに!」
「お前が襲うのかよ!」
 予想外の一言に俺は即座にツッコミを返していた。
 あははは、と俺の反応をひとしきり笑い、リサはふうと一息ついた。
「冗談はさておき。写真の女性、一緒に探してあげられればいいんだけど……ごめんね、ひー君」
 そう言って謝られたが、俺は気にするなと返した。どちらかと言えば助けが要るのはリサのほうだろうに、俺が気を使われてどうする。
「一人でなんとかするさ。それより俺の方こそすぐにばーちゃんの墓参りに行けなくて悪いな。家の片付けも手伝ってやりたいんだが……」
 村までの旅費がない。とは言えずに口ごもって誤魔化しておく。
「ううん、いいよ。ひー君のお父さんはしばらく帰って来れないんでしょ?」
「ああ。大学付きの地質学者と言っても、調査で日本全国を飛び回る使いっ走りみたいなもんだからな。一応ばーちゃんのことはメールで知らせてあるけど、いつ戻ってくるかは正直わからない」
「本当、来てくれるならいつでもいいよ。多分、おばあちゃんもそう言うと思う」
 紙袋を提げた右手で頬を掻き、えへへ、と笑うリサ。やはりどこか無理しているように見える。
 これは……結構きてるのか。
「リサ、お前は……大丈夫か?」
「ん? 何が?」
「その……ばーちゃんが亡くなったこととかさ」
「平気だよ?」
 それがどうしたの、と即答した。しかしそれが普通の反応ではないのは明らかだ。
 リサは、ばーちゃんと離れて高校の寮で暮らしていたせいで病気に気づいてあげられなかった、ばーちゃんの死は私のせいだ、と自分を酷く責めていた。夜一人になると、枕に伏して泣いていたのを俺は隣の部屋で聞いている。昨日なんかは抑え切れない嗚咽が一晩中続いたくらいだ。家族をいきなり失って、葬儀やその他で忙しくしていて、まともに泣く時間がなかったのだろう。その堰が切れたのに平然としている幼馴染をこのまま帰しても大丈夫なんだろうか、と少し心配になった。
 しかしリサは、精一杯元気を見せるように笑っている。
 なら――その空元気を少しでも本物にしてやろう。と思ったりするのだ。
「そうか、それならいい。……ところで、帰省は急ぐのか?」
「んー、遅くとも夕方の新幹線に乗ればいいんだけど。……何? 私とデートしたいの?」
 にへら、と俺の反応を試すようないやらしい笑みを浮かべてリサは言う。
「そんなところだ。俺のメシばっかりだと味気なかっただろうし、帰る前に昼飯くらいは外で奢ってやるかと思っただけだ」
「ああ……ひー君が軽い気持ちで女の子をナンパするような軟弱な男になってるよ……嘆かわしい……」
 予想通りではない返答をしてやると、芝居の女優のように大袈裟な身振りで天を仰ぎ、リサは泣くふりをした。
 なんだろう、このリアクションは芝居とわかっていても若干ムカついてさっきの心配がもったいない気がしてきた。
「バカ野郎。行くんならそのおのぼりさん丸出しの両手に提げた紙袋の大群を置いて来い。行かないんならそのまま帰れ」
「すみません行きますお供します」
 泣き真似から急に真顔になってぺこりと頭を下げ、手にした紙袋を床に下ろした。どさどさと重そうな音がいくつも響く。
「しかしお前、いくら誘惑が多いからってここまで買い込むやつも珍しいぞ。しかも雑貨ばっかり。どんだけ小遣い使ったんだ?」
「だってさぁ……村にいるとこんなお洒落なの滅多に買えないし、寮も田舎の山の中で門限が厳しくて、遠くへ買い物なんて出られないんだよ。だからこんな大都会に出たらふらふらっと行っちゃっても仕方ないじゃない?」
「こんな小さな市を大都会ってお前……」
 一応言っておくが、今住んでいる所はようやっと市の体裁を保っている程度の地方都市レベルである。俺も村を出てここに越して来てすぐの頃はなんという大都会かと思ったが、所用で東京に行った時にそれが前座程度だったと思い知らされたものだ。
 そうか……今のリサはあの頃の俺と同じ状態ってことなのか。じゃあ仕方ないのかも知れない。
「何言ってんの、ひー君。ここでも十分都会だよ。大都会だよ。クリキンだよ。ああ、果てしないよ!」
「クリキンて。お前何歳だよ」
「十六歳ですけど?」
「知ってる」
「じゃあ聞かないでよー。女の子に年齢訊くなんてデリカシーないんだから」
 と口を尖らせてぷいっとそっぽを向くリサ。……あれ、ちょっと可愛い。
 しかし本当に性格がガラリと変わったもんだと思う。こんな軽口の叩き合いができるようなアクティブな子じゃなかったはずなんだが……時間は人を変えるものだと実感する。
「じゃ、行くか」
「うん」
 そうこうしながら家から最寄りのバス停まで歩き、しばしバスに揺られて駅前の繁華街に出た。




          続く...


 
創作小説 | Comments(0)
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