2016/06/19

小説 『魔女のかくれんぼ』 2

 幼馴染みなんて幻想です!(血涙

 と思いつつもそれを描いてしまう私。
 これって遠回しな自傷行為ですよね。精神的な自傷。


   :読者様へのお願い:

 この作品はフィクションです。
 登場する人物団体等は現実のものと一切関係ありません。
 なお誤字脱字はなるべく生暖かい目で見守っていただきたく存じます。

 当パートは2/5です。前パートを未読の方はこちらからどうぞ。

 その1

 


「……さて。食い物屋はいろいろあるけど、どの店にする?」
「あ、それなら……」
 と、リサは駅前で欲望に翻弄されているときに目をつけたというカフェの名を挙げた。俺としては特に断る理由が見つからず、他に当てもなかったのでその提案を受け入れた。いかにも女子受けしそうな雰囲気で、少なくとも俺一人では入る勇気が湧かない店だ。
 俺はカツ丼セット(なんでこのお洒落カフェにカツ丼があるのかは不明)、リサはパンケーキセットを注文した。それらが運ばれてくるまでの間、リサはメニューをじっと見つめていたが、一通り目を通すとテーブルの端に置いた。
「ひー君」
「なんだ」
「こんなお洒落カフェに連れてきてもらっておいてなんだけど、私は別にひー君の手料理でもよかったんだよ。正直、最初はどんなバイオ兵器が出てくるんだろうと警戒したけど、すごく美味しかったもの。見直しちゃった」
「そりゃあ、こっちに来てからは自炊が多かったからな。今は廃業しちまってるが、俺の母方のじーさんが村で食堂やってたろ。ガキんときにじーさんが面白がって俺に料理を教えようとしてたこともあって、ある程度の基礎は持ってるつもりだ」
「そうだね……やっぱりひー君は良いお嫁さんになるよ」
「だからなんで嫁なんだよせめて婿にしろよ」
 うっかり俺が花嫁衣裳を着ている場面を想像してしまって気が滅入ってしまった。思わず漏れた深いため息にリサがニヤニヤしている。考えていたことを読まれたか?
「そう言えばリサ、ずっと言おうと思ってたが、その『ひー君』って呼び方やめろ」
「どうして? 昔からこうじゃない。おばあちゃんもアサミ姉ちゃんもタカシ君もツヨシ君もそう呼んでたし」
「いや、それはそうだが、もう俺もお前もガキじゃないんだ。そんな子供じみたあだ名はやめてもらいたい」
「えー……でも今更『ひかる君』なんて呼ぶの恥ずかしいよ……」
「…………」
 確かに。改まってリサに名前で呼ばれるとなんだかこそばゆい。話を変えるのにこの話題は出すべきではなかったな。もう一度話題転換しなくては。
「そ、そういえばタカシもツヨシも長いこと会ってないな。それにアサミ姉ちゃんはどうしてる? 相変わらず底抜けに元気なのか」
「……まぁ、元気だよ。お葬式の時に会ったけど、昔とちっとも変わってない。お葬式の後、みんなで写真を撮ろうって話になったときも、写るのが苦手だからってカメラマンになってたわ。相変わらずだよね」
 とリサは携帯電話に保存されていた懐かしい面々の画像を見せてくれた。ツヨシもタカシも昔の面影そのままで、数年会っていない俺でもすぐにわかった。アサミ姉ちゃんも入っていればよかったが、写真写りが悪いから絶対に嫌だと言い張ったのだろう。卒業アルバムですらそっぽ向いたり顔を隠したりで、まともに写っていないという筋金入りだ。諦めるしかない。
「まあ、元気でやってるならよかった。……おい、なんか不機嫌になってないか?」
「別に」
 言って、ぷい、と顔を逸らすリサ。わかりやす過ぎるほど言動が合っていない。
「なんだよ。何か悪いこと言ったか、俺」
「別に。ただ、ひー君がアサミ姉ちゃんのことが好きなんだってことを再確認しただけ」
「…………はい?」
 なんだそれ。俺がアサミ姉ちゃんのことが好き? はい?
「何言ってんだお前?」
「みんな言ってたよ。ひー君はいつもアサミ姉ちゃんのことばっかり見てるから、姉ちゃんのことが好きなんだって」
 いやいや。
「それはねぇよ。アサミ姉ちゃんはマサヒロ君のことが好きで、二人が中学に上がってすぐ付き合い始めたのも知ってんだぞ。いくら俺が小学生のアホなガキだったからって、マサヒロ君から姉ちゃんを奪えるとか思ってねぇし、そもそもアサミ姉ちゃんをそういう風に見たことなんて一度もねぇよ」
「じゃあなんでいつも見てたの?」
「誤解だ。確かにアサミ姉ちゃんは俺たちの実の姉のようで好意はあったけど、それは恋愛感情とは違うし、単にあの元気さのいくらかを分けられればなぁと思って見ていただけだ。それ以外に特別な意識はなかったよ」
「ふうん……そう」
 極力刺激しないよう平静に返した言葉に、リサは気のない返事を吐息混じりに漏らした。俺の話に納得したという感じではないが、ともかく理解はしてくれたらしい。リサの気配からトゲが消えた。
 しかし誤魔化しはしたが、正直なところアサミ姉ちゃんに恋心を持っていたことはある。初めて異性を意識したのもアサミ姉ちゃんだ。マサヒロ君がいなければ俺が……と思ったこともある。
 ……だが昔のことだ。もう忘れた。
「お待たせ致しましたー」
 少し訛りのある店員がやってきて、注文したものをテーブルに並べた。カツの香ばしい匂いとパンケーキの甘い香りが鼻腔と食欲をくすぐる。リサはパンケーキに乗った各種フルーツとアイスクリーム、赤いストロベリーソースに目を輝かせて満面の笑みを浮かべていた。ただでさえ大きくてパッチリした赤茶色の瞳が宝石よろしくキラキラ光っている。
「これは田舎じゃ食べられない……いただきまッス!」
 大層お気に召したようで、おあずけを解除された犬も真っ青な勢いで、しかし汚らしい食べ方は一切せずにものの数分で皿を空にした。
「ひー君、おかわりはアリですか?」
「問題ない。行け」
「あざッス!」
 答えると同時にテーブル備え付けのチャイムのボタンを押すリサ。追加注文した分も、俺のカツ丼がなくなるよりも早く彼女の食欲に飲み込まれていた。これが女子に備わっているという『甘いものはベツバラ』というやつか。げに恐ろしいものよ。
 俺がカツ丼セットを完食する頃にはリサの機嫌はマックスで良くなっていて、弾けて溢れ出しそうな笑顔で至福の味の余韻に浸っていた。追加は想定外だったが、こうも喜んでくれると誘った甲斐があったというものだ。
「……そろそろ出るか」
「うん、そうだね」
 食後のコーヒーを他愛ない雑談とともに楽しみつつ、客が増えて混み合ってきた頃を見計らい、店員に『早く帰れ圧力』を掛けられる前に店を出た。
 特に行き先を決めていなかったが、自然と二人の足は駅前通りのにぎやかな方へ向かっていた。この後、リサはどうするつもりかを訊こうとして――それに気づいた。
「おい、スカートにさっきの赤いソースがついてるぞ」
「えっ、うそっ、わ、こぼしちゃってたんだー……サイアク……」
 薄灰色の膝上スカートの腿の辺りに、ぽつんと赤い点が染みていた。ぶつぶつ文句を言いながらポケットティッシュで念入りに拭き取るも、くっきりと出来てしまった斑点は消えない。
「もう……これお気に入りなのに……」
 リサを包んでいた幸せオーラは瞬時に雲散霧消してしまい、代わりに落胆の黒い気配が漂い始めた。せっかく美味しいもので暗い気分を吹き飛ばしたというのに、染み一つで再びどんよりしてしまった。これでは連れてきた意味も掻き消えてしまう。
 ……仕方ない。
「あー……じゃあ新しいのを買ってやるよ。その辺の服屋で良さそうなのを選べ。ただしあんまり高くないやつな」
 柄にもないセリフだ、と我ながら思う。それはリサも同じらしく、キョトンとした顔で俺をじっと見ていた。そのまましばしの硬直時間を過ごした後、急に眉をひそめて心底不審そうな目で、
「そんなことで私の気持ちがひー君に今より傾くことはないよ?」
 とアホなことをぬかしやがりました。俺は思わずずっこけてしまった。
「バカ野郎。ゲスな勘繰りしてんじゃねぇよ。そのまま帰したら村で何を言われるかわかったもんじゃないと思っただけだ」
「ふうん……じゃ、お言葉に甘えようかな。そうね、ついでだからひー君が選んでよ。スカート」
「な……」
 なんという不意打ちと無理難題。自分の服すらコーディネートやら流行やらを無視しまくって適当に買っているのに、センスがなければ即死すると言われる(大袈裟)女の子の服を選べとは……無茶振りにも程がある。
「いいのか? 俺のセンスの悪さに驚いて宇宙の果てまで後悔するぞ?」
「しないよ。お金出すのはひー君だし」
 ……そうでした。
「それに私、ひー君のこと、信じてるから……」
「何の芝居だ」
「あははは。行こ、ひー君。実は良さそうなお店、見つけてあるんだ」
 言ってリサは、嬉しそうに笑って俺の手を取った。
 なんとも用意周到というか先見の明があるというか……さすがは『魔女』の孫だ。
 そんなことを思いつつ、輝く金髪をなびかせて駆けて行く幼馴染に手を引かれ、歩道を駆けたのだった。


 なんとなく「リサに似合いそうだなー」と選んだスカートが思った以上のお値段で魂が口から抜け出そうになったが、リサがいたく気に入ったようだったのでそれを買い、試着室で着替えた彼女とともに自宅に戻った。
 ふいー、と疲れたため息をついた幼馴染は、リビングのソファでぐいーっと伸びてから、ホッとしたような顔でじっと俺を見つめていた。
「……何だよ?」
「ありがとうね、ひー君。泊めてくれたことと、ご飯を作ってくれたこと。それと、外へ誘ってくれたことと、スカートと、気を使ってくれたことも、みんなありがとう」
 唐突過ぎる礼の言葉。思いがけないそれは俺の身体の芯を突き抜けて意識を揺るがしたが、突然過ぎたおかげで動揺が顔に出る暇はなかった。気を使っていたことを悟られて礼を言われるなど、格好悪いにも程がある。
「何の話だ?」
「おばあちゃんが亡くなって、ずっと落ち込んでる私を元気付けようとしてくれてたじゃない。ホントにありがとう。もう平気だよ」
 バレバレか。ちくしょう。
「そうか。ならよかった」
 ここで取り繕うのも駄々っ子みたいでどうかと思い、素直にそう答えておいた。何にせよ元気を取り戻してもらえたのならそれでいい。当分続きそうな粗食生活にも耐えられそうだ。多分。頑張ろう。
「そろそろ時間だろ」
「あ、うん。そうだね」
 壁掛け時計を見て、はっとしたようにリサはソファを降りた。電車の乗り継ぎを考えると、すぐにでもここを発たないと新幹線に乗れなくなってしまうだろう。
「荷物、荷物……」
 都会の誘惑を両手いっぱいに提げ、玄関を出る前にぐるりと周囲を見回してから、「お世話になりました」と家にお辞儀をした。こういうところは律儀というかなんというか、好感が持てる所作だ。
「ついでだ、駅まで送ってやるよ」
「当然でしょ。ちゃんとエスコートしてよね」
「へいへい」
 えへへ、と悪戯っぽく笑うリサの手から紙袋を強奪し、反対側の手もフリーにしてやった。
「荷物は持ってやるから文句はなしな」
「心掛けはいいけどー。乱暴過ぎますー。えいどりあーん」
「それはボクシングのほうだ。ベトナム帰りじゃない」
 などとバカな会話をしつつ、二人並んで歩いた。小学校以来か、これは。懐かしいと同時に、妙に気恥ずかしいような、何ともくすぐったい気分になった。
 駅に到着するとホームには発車待ちらしい車両が入っていて、リサはそれに乗ると言って切符を買い、俺から荷物を受け取って改札を抜けた。
「じゃ、ひー君」
「ああ。これからしばらくは大変だろうけど、無理はするなよ」
「うん。村にはみんながいるし、力を貸してくれるから大丈夫。それよりひー君の方が大変だよ。おばあちゃんの遺言――」
 最後まで言い切る前に、ホームを揺るがすような発車ベルが鳴り響く。一瞬リサが迷うような表情をしたが、小さくうなずくと、走って車両に駆け込んだ。直後、ピシャリとドアが閉まって二人の間が隔絶される。それでもなおガラスの向こうで続く言葉を投げかけようとするリサを嘲笑うかのように電車が動き出し、無情とも思える速さでホームを離れて行った。
 改札口を出てその列車を目で追ったが、その時にはもう、リサを乗せた車両は建物の陰に見えなくなっていた。
「……おばあちゃんの遺言、か」
 リサが届けてくれた、魔女の最期の戯れ。
 魔女が仕掛けた『かくれんぼ』の鬼にされた俺は、隠れている人を見つけられるのだろうか。
「やってやるよ、ばーちゃん。今まで世話になったお礼だ」
 暮れ行く駅舎の前で決意を新たにし、足早に自宅への道のりを急いだ。




          続く...


 
創作小説 | Comments(0)
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