2016/06/20

小説 『魔女のかくれんぼ』 3

 ミステリっぽく書こう。
 そう思って書き始めたはずなのに、全然そんな感じがしない。

 ……ま、いいや(オイコラ



   :読者様へのお願い:

 この作品はフィクションです。
 登場する人物団体等は現実のものと一切関係ありません。
 なお誤字脱字はなるべく生暖かい目で見守っていただきたく存じます。

 当パートは3/5です。前パートを未読の方はこちらからどうぞ。

 その1  その2

 


 ――それから何事もなく三年が過ぎた。
 俺は高校を卒業し、近くの大学へと進学した。一回生は思いの外履修が多くて、毎日を忙しく過ごしていた。大学生はわりと遊んでいるイメージだったが、少なくとも一年目ではそれは幻想だと思い知らされた。しかし二回生になると少しだけ時間に余裕が出て、そこそこ愉快なキャンパスライフを送ることが出来た。もうすぐ三回生になるが、似たような感じで過ごす予定である。
 ……ええ、はい。
 いやお前何やってんの、とツッコミを受けるのは覚悟しているつもりだ。しかし釈明する機会をいただきたい。
 勿論のこと、夕暮れのホームなんてベタな舞台でドラマの主人公よろしく格好つけて決意を新たにしたのだから、それはもうやる気満々で『かくれんぼ』に着手しましたとも。本当に。

     *  *  *

 リサと別れた翌日から、俺は真面目に『かくれんぼの鬼役』を始めた。写真の場所を特定しようと、パソコンに取り込んで画像処理を施し、写っているものを仔細に調べ上げた。あまりにもヒントの少ない写真だが、細心の注意を払えば手掛かりは見つけられるものだ。
 例えば、右端にわずかに写っている建物。それは黒い外壁の飲食店で、酒造メーカーのポスターがあることから、居酒屋のような酒を供する店であることがわかる。店の傍には手入れの悪い竹林があり、図鑑を参考に竹の種類も判明している。植物というのは植生を調べれば位置の特定はある程度は可能だ。……まぁ、この種は日本全国に広く分布しているから、今回は全く絞込みは出来なかったが。
 しかし何よりのヒントは、左に写っている『樫の木』だ。
 写真を拡大して気づいたが、この木は俺が幼い頃に登って遊んでいた木だった。村の中心から少し離れた空き地にあった、俺たちの溜まり場にどんと聳え立っていた樫の木。あの頃は周囲に竹林などなかったし、建物もないただの空き地だったが、竹というのは恐ろしく成長が早いので、俺が村を出てから写真のようになったと考えるのは無理な推測ではない。建物に至っては半年あれば建てられる大きさだ。いずれにせよ、俺が村を離れてからでも写真の風景になる時間は十二分にあるということだ。
「拍子抜けだ……もっと大変かもしれないと思ったのに」
 手掛かり皆無の途方もない時間の掛かる捜査と身構えたが、樫の木一本によってあの写真は俺の故郷の村で撮られたものだと判明したのだ。
「うかつだったな、ばーちゃん」
 俺が引っ越して結構な年月が経っているために気づかれないとタカをくくったのだろうが、あの樫の木をフレームに収めたのは致命的なミスだった。幼少期の記憶というのは案外鮮明に残っているものである。
 そうして場所を突き止めた俺は、高校三年の五月の連休に、休暇を取った父と村へ赴いた。ばーちゃんの墓参りと、魔女の『かくれんぼ』を終わらせるためだ。高校の寮にいるリサは帰省していないらしく会うことは出来なかったが、墓の場所は前もって聞いていたので探さずとも見つけられた。
「ばーちゃん。このかくれんぼは簡単だったぜ。――俺の勝ちだ」
 そう墓前で勝利宣言を上げ、ガキの頃になぞなぞに正解した俺たちの頭を優しく撫でてくれたばーちゃんの笑顔を思い出し――少しだけ泣いてしまった。今になって、墓標を前にして――ようやっと俺は、ばーちゃんがもういないということを実感したらしい。
 ばーちゃんも普通の人間、病気にもなるし亡くなりもする――そうは理解していても、やはり俺の中では、ばーちゃんは『ばーちゃん』としていつまでも存在しているものになっていた。不思議で、少しイジワルで、なんだか凄くて、優しい『魔女』。魔法が使えるのだから、一生朽ちることなく、不滅でいるのが当たり前。そういう、勝手な思い込み。
 その思い込みは、見事に打ち砕かれたわけだ。
 だが、俺の中にいる『ばーちゃん』を朽ちさせない方法なら、ある。
 簡単だ。俺が忘れなければいい。それだけで、ばーちゃんはどこかの球団よろしく永遠に不滅となる。
「……ちょっと大仰だな」
 クサい芝居のようなことを脳内展開している自分に少し酔い過ぎたかも知れない。しかし、今はそれが必要だった。涙を止めるには、バカみたいな芝居でもしなきゃダメだろうから。
 ――さあ、ばーちゃんのことを忘れないようにするために、この『かくれんぼ』に終止符を打とうではないか。ガキの頃は全然勝てなかった魔女との勝負に完勝したという事実があれば、それがばーちゃんが確かに存在したという記憶になり、俺の脳ミソに刻み込まれる。そうすれば忘れることはないだろう。
「いざ、想い出の樫の木へ――」
 無駄に格好つけつつ、幼き日を仲間たちと過ごしたあの空き地へ赴く。
 そして――

「なんっじゃこりゃあああああああああッ!」

 と、俺は空き地に足を踏み入れた瞬間、思わず叫んでしまった。すぐ横の畑で大豆を撒いていた鈴木さん(随分腰が曲がってしまっているが元気そうでなにより)が驚いてこっちを見ているが、その時の俺にはそれに頓着する余裕はなかった。
 今見ると、よくこんな木に登っていたもんだと幼少期の自分の無鉄砲さに感心するほどデカくて立派な樫の木が、件の空き地に思い出のままの姿で聳え立っている。
 だがそれだけだ。
 空き地には何も建っていないし、竹林と呼べるほどの竹は見当たらなかった。見える限りでもせいぜい十本程度だ。
「どういう……ことだ……?」
 一応鈴木さんに建物や竹林、黒髪の女について訊いてみたが、そんなものは知らないとの答えが返ってきた。ここは昔からずっと空き地だし、女も村では見たことがない、と。
 つまり――
 俺の推理は間違っているということに他ならない。
 いやいや、そんなバカな話があるか。写真の樫の木は間違いなく目の前の空き地に植わっているものだ。間近で見比べてもシルエットは同一だと断言できる。第一、俺たちが木登りするときに足をかけていたせいで幹の樹皮が少し剥がれているところまで写真と同じ木など、この他にあるわけがない。
 それに、ここに写っている黒髪の女はアサミ姉ちゃんだ。
 そもそも『かくれんぼ』というものは、探す相手を鬼役が知っていなければならない。そうでなければ探しようがないからだ。見ず知らずの他人を探せというのは無茶以外の何物でもない。その点、アサミ姉ちゃんなら黒髪も年齢的にも合致するし、カメラを向けられるのが苦手でうつむいた写真ばかり撮られているというところも符合する。俺が知っている人物という条件もクリアされる。
 しかし、アサミ姉ちゃんは中学卒業と同時に進学で東京へ行って帰ってきていないと鈴木さんは言うのだ。それが事実らしいことは後で確認した。
 要するに、写真の竹林も建物も写っている黒髪の女も、この村に存在しないということだ。
 何なんだこれは。
 みーつけた、と覗き込んだ隠れ場所は空っぽだった。
「ちくしょう、これが『魔女のかくれんぼ』か……!」
 これ以上ないという手掛かりを掴みながら、隠れている女を見つけられない。
 この理不尽でどうしようもない感覚……それはあの頃、ばーちゃんからなぞなぞを出されて解けずにいた、あの時の感じに近い。
「考えてご覧、私は答えのない問題は出したりしないよ。うんと考えて、知恵を絞れば解けるはずさ」
 不意にあの頃のばーちゃんの言葉が脳裏に蘇る。
 出されたなぞなぞをみんなで考えて、何度も答え合わせに行っては違うと笑われ、少しずつ貰うヒントを頼りに考えて考えて考え抜いて、ようやっと見つけた答えを、ばーちゃんは嬉しそうな笑顔で「よくやったね」と褒めてくれた。
 しかし……ばーちゃんがいない今、写真以上のヒントは貰えないのだ。
「まいった。降参だ……」
 手掛かりが正解に繋がっているのに、正解にならない。恐らく何かがまだ足りていないのだろうが、それが何なのか、俺にはまるで見当がつかなかった。
 何が足りていないんだろう。一体何が――

     *  *  *

 ――と考えているうちに、気づいたら大学生になっていたというわけである。正確には、受験の忙しさで考える暇を失い、そのまま完璧に忘れ去ってここまで来てしまったのだ。
 おわかりいただけただろうか。
 ばーちゃんが最後の最期に仕掛けた、『魔女のかくれんぼ』の難しさを。


 完全に忘れていた『かくれんぼ』のことを思い出したのは、大雪の降るやたら寒い日に、ばーちゃんから一通の手紙が届いたことがきっかけだ。無論、亡くなった人間から手紙が来るなんてことはありえない。単に時期が来たら俺に届けるようにと弁護士に依頼してあったものだった。
 手紙にはこう書かれていた。

『まだかくれんぼは終わらないだろう?』
『この子はかくれるのが上手いのさ』
『ひー君はもう、探すのを諦めたかな?』

 その通り。決定的だと思った樫の木とアサミ姉ちゃんがハズレだった俺にはもう、探す手立ても気力もない。今の今まで忘却していたのがいい証左だ。

『でもきっとひー君はこの子を見つけるよ』
『この手紙を見たすぐ後に、必ずね』
『魔女の予言は当たるんだよ』
『思い出してご覧、この子が誰なのかを』
『ひー君なら思い出せるはずさ』
『この子はひー君の――いや、それは言わないでおこうかね』
『魔女はイジワルなものさ』

 本当にイジワルだ。諦めて忘れきっていたのに、また火をつけやがった。一気に燃え上がるほどの炎ではなく、火も上がらない燻った熾火を燃えカスに移されたようなものだ。冷えた炭にじわじわと熱が戻ってくる。
「この手紙の感じだと、俺は写真の女を知っているってことになるんだが……」
 繰り返すが、アサミ姉ちゃんでないのなら俺にはわからない。三年前の時点で、故郷の村で飲食店の店員をやっている、二十歳そこらの黒髪の女の知り合いはいないのだ。そもそも、俺のじーさんが食堂を廃業した時点で飲食店自体が村に存在しなくなったはずである。
 だが、俺はこの女を知っている――とばーちゃんは言う。
「…………」
 改めて写真を見る。
 漆黒の長い髪、地味な灰色のシャツ、桜色のスカート、飲食店の制服らしき白いエプロン。年齢は二十歳くらいで、アサミ姉ちゃんみたいに恥ずかしそうにうつむいてピースサインを出している。身長は……俺より十センチは低いだろうか。俺のお気に入りだった樫の木に似たシルエットの木がある店の従業員。黒塗りの店の裏には竹林があって、手入れが全然されていなくて――
「……待てよ」
 何かが意識に引っかかった。
 おかしい。この写真はおかしい。
 何がと訊かれると答えられないが……違和感は間違いなくある。なんだ、この感覚は。
 穴が開くほど写真を見つめ、考え、違和感の正体に手を伸ばし――
「そういう、ことか」
 自分で想像しておきながら、全く信じられない仮説にたどり着いた。
 こんなことがありえるのだろうか。
 とにかく、これだけは確かめておかなければならない。村に『それ』があるのかどうかを。
 ポケットを探って携帯電話を取り出し、メモリーの登録名を探して通話ボタンを押す――
「…………」
 その寸前で指が止まった。
 電話で確認を取って、それが何になるというのか。
 これは『かくれんぼ』だ。鬼役の俺が村へ赴き、隠れている人間を見つける以外に、この戯れを終わらせることはできない。
 そんな基本的なことに気づき、携帯電話を下ろした。


 懐かしさよりも奇妙な違和感をどうにかしたい気持ちに突き動かされつつ、俺は三年足らずぶりに生まれ故郷の地を踏んだ。緑と土ばかりで何もなかった村は、以前より少しだけ変わっていた。村で採れる野菜と地酒が口コミで有名になったらしく、そこそこ観光客が来るようになっていた。その効果もあってか、村役場の建物が新しくなったり、その近くに村で初めてのコンビニができている。主要な道路もきちんと舗装されていた。なんと、村の『ゆるキャラ』もいるそうだ。
 そんな風景の変化に少し戸惑いながら村役場の方へ進み、観光客向けの案内看板が据え付けられた舗装路を越え、畑に挟まれた細い農道を抜けて――樫の木がある広場にたどり着く。
「どうなってやがる……。どういうことなんだよ、ばーちゃん……」
 樫の木は三年前に見たまま、冬にもかかわらず青々とした葉を茂らせていた。
 それはいい。樫の木は常緑樹だからそれが当たり前だ。
 問題は――その奥に竹林ができていて、空き地に居酒屋が出来ていることだ。
 まさに写真に切り取られた光景がそのまま目の前に広がっていたのだ。
「予想していたこととは言え……わけわからねぇ……」
 わからないが――確信的にわかっていることが一つある。
 間違いなく、写真の女はこの居酒屋にいる。
 そしてそいつは、俺がよく知っている人物だということだ。
「…………」
 居酒屋の入口の前に立ち、屋号を見上げる。ふざけんな、聞いてねえぞ。と吐き捨てたくなる名前が掲げられていた。だが、なぜか笑みがこぼれて止まらない。
 『準備中』と書かれた札が掛かった引き戸を開け、店内に足を踏み入れる。居酒屋と言うよりファミリー向けの定食屋といった造りの、意図的な田舎臭い内装に仕上げられていた。壁に貼り付けられたメニューは地元野菜を前面に押し出したもので、地域限定感をしっかりと煽ってくれる料理名が並んでいる。
「すまんねお客さん。まだ準備中……なんだ、ひかるじゃないか。久しぶりだな」
「ああ、ご無沙汰」
 店の奥(恐らく厨房)から出てきた老人は、ニヤニヤしながらそう言って俺に椅子をすすめた。カウンター席の手近な椅子を引き出し、勝手に座って肩から掛けていた荷物を下ろす。
「何か飲むか? 外は寒かっただろう、熱い茶を淹れてやろう」
「ありがと、じーさん。それにしても、店を再開していたなんて聞いてないぞ。どういう心境の変化だよ」
 そう。この老人は、村唯一の食堂で経営者兼料理人をしていた俺のじーさんだ。屋号が以前の食堂のままだったのですぐにわかった。
「ははは。観光客が増えたはいいが、村に食事するところや宿泊施設がなくては困ると村長から泣き付かれてな。一旦は廃業したがワシもまだまだ身体は動くし、村のためと思って現役復帰したというわけだ。村から補助金も出とるしな。わははは」
「なるほどな……」
 見事なお膳立て、といったところか。
「ところでじーさん。まさかここを一人で切り盛りしてるわけじゃないんだろ?」
「はん?」
「いるはずなんだ。もう一人、店を再開するときに雇った若い店員――俺の幼馴染が」
 言うと、じーさんは驚いた表情でぽかんと口を開いた。何を言ってるんだという顔ではなく、なぜそれを知っているんだということを如実に語る顔だった。
「知ってたのか。ひかるが訪ねてきたら驚かせようと思うからって口止めされとったんだがな……。本人から聞いたのか?」
「いいや。写真が教えてくれた」
「……? まあ、いい。もうすぐ来ると思うから、ここで待っとれ」
 俺の物言いは『かくれんぼ』のことを知らないじーさんには意味不明だったろうが、それ以上の追求はなかった。空気を読んでくれたらしい。ただ火傷するような熱い茶を置いて、それきりじーさんは仕込みの準備で厨房に篭ってしまった。
 それからいくらか経って、湯のみが空になるその少し前。店の入口の戸が開き、吊るされた鈴がりりりん、と澄んだ音を響かせた。
 その音に振り返る。
 艶やかな黒く長い髪、無地の濃灰色長袖Tシャツに淡い桜色の膝下スカートを身につけ、手に白いエプロンを持っている二十歳前後の若い女が立っていた。驚いたような表情で俺を見るその瞳は、少し赤みがかった茶色で、大きくて丸かった。
「ひー……君……?」
 女は俺のよく知っている声で、俺のあだ名を呼んだ。
 聞き間違うはずがない、その声の主は――
「よう、久しぶりだな」
 髪は金色ではなく、容姿は全体的に少し大人びていたが、顔立ちは紛れもなく俺の幼馴染だった。
 そして。
 目いっぱいの声を張り上げて。天国のばーちゃんにも聞こえるように。
 俺は言った。
「リサ、みーつけた!」
 魔女の『かくれんぼ』は、隠れていたリサを見つけたことで、鬼である俺の勝ちをもって、今ここに――終了した。




     続く...


 
創作小説 | Comments(0)
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