2016/06/20

小説 『魔女のかくれんぼ』 4

 今回はミステリで言うところの「解決編」になります。
 でもこのお話はミステリじゃないので解決とかどうでもいい感じで進んでいます。
 決して私の能力不足で緻密な伏線回収ができてなかったりするわけではありません。
 …違うってば!(赤面



   :読者様へのお願い:

 この作品はフィクションです。
 登場する人物団体等は現実のものと一切関係ありません。
 なお誤字脱字はなるべく生暖かい目で見守っていただきたく存じます。

 当パートは4/5です。前パートを未読の方はこちらからどうぞ。

 その1  その2  その3

 


「遅いよ!」
「…………」
 三年ぶりの再会の五秒後、俺はリサから説教を受けていた。
「何なの? ひー君って鈍感なの? ちょっと脳ミソが頑張ってくれない人なの?」
「いやあの。リサさん?」
「お黙り!」
「はい」
 あまりの剣幕に俺は思わず地べたに正座なんかしつつ、仁王立ちのリサさんを上目遣いに見上げていた。なんだかよくわからないがとにかくすごいご立腹だ。
「なんで私を探しに来るのに三年もかかってるの? 私を三年も待たせて悪いと思わないの? どうなの?」
「いやいやいや。ちょっと待ってくれ。ぶっちゃけ、俺があの写真の女がリサだと気づいたのは昨日なんだが。なのに三年前に気づいて探しに来いとか無茶じゃないッスかね?」
「言い訳無用! それでも遅いって言ってるの!」
 理不尽だ。とても理不尽だ。リサは自分が言っていることの不合理さを理解していないのだろうか。
「でも……」
 ふとリサの顔から怒気が消え、代わりにほっとしたような安堵の笑みが浮かんだ。
「三年かかったけど、ちゃんとひー君が私を見つけてくれたから、本当に嬉しい。ありがとう」
「それは、なによりで」
 お礼を言われるということは、どうやら俺は許されたらしい。もう立ち上がってもいいだろうか。正座して数分だが、硬い地面の上なのですでに足が痺れて痛い。ほとんど感覚が失せた足を無理に立たせ、椅子に腰を下ろした。
「それで、ひー君はどうして写真の人が私だってわかったの?」
「あー、きっかけはそのスカート、だな」
 とリサが穿いている桜色のスカートを目で指した。
 それは二人で食事に出たあの日、俺が彼女に買ってやったものだ。
 ……そういえばあの後の粗食生活はキツかったなぁ。一ヶ月で体重が三キロ落ちたし……。
 そんな苦い青春の思い出はともかく。
 スカートに気づいたとき、ひょっとしたら写真の人物はリサなんじゃないかと唐突に思ったのだ。もちろん髪色も違ったし、恥ずかしそうにピースサインを出す仕草は、俺の家のリビングで一緒に写真を見ていた快活なリサとは違うものだった。
 しかし、それは後付けで作られた性格であり、もともと彼女は恥ずかしがりやで引っ込み思案の人見知りなのだ。ならば写真の人物の『恥ずかしそうにうつむいているポーズ』は俺の記憶にある幼い彼女の仕草そのものではないかということに思い当たった。なまじ性格が変わった高校生のリサに会ったせいで、その認識が抜け落ちていたに過ぎなかったのだ。
「樫の木で村の空き地だとわかったし、スカートでリサなんじゃないかと仮定できた。仕草も小学生だった頃の感じだったし、ほぼ間違いないだろうと。髪色が変わっていたのは、まぁ、就職するなら金髪は拙いから黒く染めたんだろうなー、くらいのノリで」
「黒く、染めた……? 何言ってんの、ひー君?」
 心底不思議そうにキョトンとした顔でリサは首を傾げた。変なことを言ったつもりはないのだが、何かが引っかかったらしい。肩口に垂れた髪の房を手で持ち上げ、ふるふると揺らしながらリサは、
「私はずっと金髪に染めてただけで、地毛は黒なんだけど」
「…………」
 なんだって……?
「えっ、ちょ、ええええええっ? お前、外国人だろ? だから金髪なんじゃねぇの?」
「は? 日本生まれ日本育ち、混じりっ気なしの日本人だよ?」
「待て待て待て。お前、初めて会ったときにヨーロッパから来たとか言ったじゃねぇか! 金髪だし目が赤っぽいし、白い魔女の孫だし、日本人離れしてたから俺はそれを信じてたんだぞ!」
「よくそんな昔のことを覚えてるね」
「そりゃあお前……」
 いやいや、言えねぇよそんなこっ恥ずかしいこと。
「なんでそんなウソついて金髪にしてたんだよ?」
「……それは」
 言いよどんでリサはうつむいてしまった。答えづらいのか、大した理由がなかったのか。
 ……後者と見た。ちょっと突付いてやる。
「それは、何だよ?」
 強く追求すると、しばしの黙秘の後、観念して決まり悪そうにリサは言葉を紡ぎ始めた。
「……おばあちゃんの部屋にビスクドールがあったの、覚えてる?」
 唐突な話題転換……ではなさそうだ。真っ直ぐに俺を見る赤茶色の瞳には、真剣そのものの色が宿っている。
「ああ。いっぱいあったな」
 確か十体はあっただろうか。球体関節が見えないようにフリルだらけのドレスを着せられた少女のドールたちは、まるで今にも動き出しそうなほど精巧に造られていて、幼少期の俺にはすごいものに見えたものだ。
「そのうちの金髪のドールを見て、この子が一番可愛いってひー君が言ったのは、覚えてる?」
「覚えてる。ツヨシに思いっきりからかわれたからな。あの後大変だったんだよ……」
 ……ん? ちょっと待て。
「なんでお前がそのことを知ってるんだ。リサと会う前の話だぞ」
「私、人見知りだったから……ひー君と初めて顔を合わせる二週間くらい前からおばあちゃんの家にいたんだけど、ずっと隠れてたの。ひー君や他のみんなのことはおばあちゃんから聞いていたけど、恥ずかしいから物陰から見ていて……」
「ああ。なるほど」
 あの頃のリサならそうしていても違和感はない。ばーちゃんから紹介されたときも、ずっとばーちゃんの陰に隠れていたし。
「それで、ひー君は金髪の外国の女の子が好きなんだと思って、お隣さんだし、ひー君と仲良くなりたくて、おばあちゃんにお願いして髪を金色にしたの。ヨーロッパ云々も、ひー君の気を引くためにおばあちゃんに相談してそういう設定に……」
 言ってリサは恥ずかしそうに握った左手を口元に当てて、ふいっとそっぽを向いた。
 ああそうだ。こいつはガキの頃、こんな仕草ばっかりしてたっけ。頼りないというか、心配になるというか……アサミ姉ちゃんの元気さのいくらかをこいつに分けてやれればいいのに、と常々感じていたんだった。けれどそうはできないから、俺がこいつの手を引っ張ってやらなきゃダメだなと思っていたものだ。
 まぁ、今のリサを見ているとそれは俺の独りよがりだったわけだが。昔と違って随分明るい性格になって、お父さん嬉しいよ。涙が出てくらぁ。
「しかし金髪の理由がそんな下らんことだったとは……」
「下らなくないよ、私にとっては。それに黒が地毛だって気づかないひー君も悪いんだよ。髪が伸びて生え際が黒くなってても気づかなかったし」
「わかるかよ。あンときは十歳にもならねぇガキだったんだぞ。それに今思い出したが、三年前に俺の家に来たときはキッチリ金に染めてやがっただろ?」
「うん、まぁ。ひー君に一目でわかりやすくしたほうがいいかなって。黒髪の私を見たことないはずだし」
「ご配慮痛み入ります。留学生が多い国際色豊かな高校に通ってるって言うし、お前のこと外国人だと思ってたし、だから金髪もオッケーな校風なんだろうなって思ってたから、髪色なんて疑問すら湧かなかったっつーの」
 リサが外国人だと思い込んでいた俺に気づけと言うのが無茶だという主張は、平均的な内閣支持率以上に支持されてもいいと思うがどうだろう。
「あの歳でいきなり日本に連れてこられて、日本語ペラペラの外国人って時点で少しは疑った方がいいと思うんだけど。偽りの姿を演出してた私が言えたことじゃないんだけどさ」
「うぐ……」
 どうやら俺の支持率は低いらしい。
「それに校則が軍隊並みに厳しいって言ったでしょ? 地毛色以外の染髪は即停学モノだよ。いくらなんでも金色に染め続けるわけにもいかないから、学校では黒髪だったし」
「すみませんでしたー。リサさん曰く『ちょっと脳ミソが頑張ってくれない人』の俺に見抜けるわけありませんー」
「あ、根に持ってる……ネチネチしたオトコは嫌われるんだゾ?」
 と悪びれもせず笑うリサ。
 性格が明るくなったのはいいが、その笑顔を見ていると底なしの元気娘だったアサミ姉ちゃんがダブって浮かんでくる。黒髪だし、本当にアサミ姉ちゃんと話しているような錯覚を起こしそうだ。
「前にも言ったが、ホント性格変わったな。前はそんな風に笑わなかったろ。今のお前を見てると、アサミ姉ちゃんを思い出す」
「ん? 似てて当たり前だと思うよ。アサミ姉ちゃんみたいになりたいと思って真似してたから」
 思わぬ発言が飛び出した。俺は思い切り面食らう。
「真似? なんで?」
「ひー君はアサミ姉ちゃんのことが好きだと思ってたし、私もアサミ姉ちゃんみたいになったらひー君が私を見てくれるかなって……」
 また俺のせいか。どんだけ俺はリサの人生に影響与えちゃってんだか。
「リサはリサだ。アサミ姉ちゃんじゃねぇんだよ」
「それはひー君が引っ越す前に言ってほしかったな……。そうしたらこんな風になってなかったかもしれないのに。……こんな私、ダメかな?」
「くどい。どんなリサもリサには違いないんだよ。性格は関係ねぇ」
「そっか。よかった」
 えへへ、と照れたように顔をとろけさせて笑う。何がそんなに嬉しいのかさっぱりわからんが、喜んでいるのならそれでいい。こいつは笑顔のほうが似合うし、こういう風な性格作りに一役買ってくれたアサミ姉ちゃんには感謝しておくべきだろう。
「それにしても」
 と緩んだ顔を急に引き締めるリサ。
「樫の木とスカートと髪色で私を特定して、すぐに駆けつけてくれると思ってたのに……三年もかかるなんて」
「だから。三年前に来るのは無理なんだって。と言うか、俺が三年前にばーちゃんの墓参りで村に来たとき、ここに俺のじーさんの店もなかったし、お前はまだ高校の寮にいたろうが。どうしろってんだよ」
「寮まで迎えに来てくれればよかったんだよ。王子様みたいに白馬に乗って。……あ、超高級ドイツ車でもいいよ」
「アホか。そんときゃまだ免許持ってねェよ」
 全くもって話にならん。
「そもそもお前、写真の人物が自分だってことに気づいたのはいつだ? 気づいてなきゃ迎えに来いだの遅いだの言えないだろ」
「ん? えっと、ひー君の家に行った後、かな。おばあちゃんの家の片付けをしていると私宛ての封筒が置いてあったのね。そこにおばあちゃんからの手紙とひー君が現像してきた写真と同じものが入ってて、その手紙に書いてあったの。『この女の子はリサだよ』って。だから三年前かな」
「お前はそれを信じたのか……?」
 自分でもわかるほど眉間のシワを増やして、俺は恐る恐る訊いた。常識的に考えると信じるはずはないが、なにせこいつの思考は常識で計れない。
「まあ、おばあちゃんの言うことだし。本当なんだろうなって」
 ほら。常識外れも甚だしい一言だ。
 ひょっとしてこいつは気づいていないのだろうか。
 このかくれんぼは始まりの時点ですでにつじつまが合っていないということに。 
「お前……バカなんだな」
「ひどーい! 言うに事欠いてバカって何よ!」
「いやいや。ちょっとはばーちゃんの言ってることがおかしいと思えよ」
「え? どこが?」
 キョトンとして本気でリサはそう言った。心底そう思っていないとできない表情だ。
「一からか? 一から説明しないとダメか?」
 まさか以前自分が言われて悔しい思いをしたセリフを俺自身が使う日が来ようとは……人生ってわからないものだ。
「まずあの写真だ。なんで三年より前に撮ったのに、今のリサが写ってるのかがわからん。そして俺が向こうの家でカメラからフィルムを取り出して現像した写真が、すでにお前宛ての手紙としてばーちゃん家にあったことも謎だ」
「…………? どこが?」
「本気で言ってんのか? まぁ、写真がばーちゃんの家にあったのは、カメラを俺に渡す前に現像してあったなら不可能ではない。けどな、三年前に現像した写真に、三年前にはなかった居酒屋で働く今現在のリサが写っているというのはおかしいだろ。それらを破綻なく組み合わせるなら、カメラが未来のリサを写していたってことになるんだよ。わかるか? これがどれほど不可解な事か」
「…………」
 うん? とリサは考え込み、首を傾げた。腕を組んでしばし考え――やがて得心がいったか、リサは「ああ、そういうことか」と手を打った。ここまで噛み砕いて言ってやれば、さすがに理解できるだろう。
「なるほど、ひー君は信じてなかったってことなのね?」
「何がだよ」
 思っていた答えとは違う反応に若干イラついた俺とは対照的に、リサは人差し指をくるくると回し、得意気に胸を張って、聞き分けのない子供を諭すように言った。
「私のおばあちゃんが本物の魔女だってこと。あのカメラはおばあちゃんの魔法によって『未来を写せるカメラ』に改造されてたんだよ」
「…………は?」
「うん、それなら話が通じるわ。ひー君があのカメラが魔器だって気付いてなかったから、あんな意味不明なことを言ってたんだ。納得納得」
「…………」
 なんだって……?
 未来を写せるカメラ? 魔器?
「すまん、意味が解らん」
「魔法の道具、ってこと」
「いやいや違う。魔器の言葉の意味じゃなくて。なんで魔法なんてものがあるんだ、って」
「おばあちゃんは魔女だもん。魔法くらい使えなくてどうするの」
「…………」
 ダメだ。理解が追い付かない。というか俺の脳ミソが停止している。
 ばーちゃんは魔女? いや、本人がそう言ってたけど。でもまさか、そんな。魔女なんているはずがなくて。でも実際にこうして魔法を見せられて……魔法が使えるということは、やはり魔女で?
 うあ。俺、混乱してる。
「ええと、つまり――ばーちゃんが魔女だってのは、子供をからかうための自称じゃなくて本当だったってことなのか?」
「そうよ。ひー君だって信じてたじゃない」
「そりゃあ、あの頃は本気で……でも、この世の中に魔女や魔法なんて……」
 あるわけがない。目の前で魔法を見せられても信じられない。きっと何かのトリックに違いない。なにせばーちゃんは魔女(ウイッチ)を騙る手品師(トリックスター)だから。
「…………」
 必死に『常識』という名の鎮静剤に縋って思考の安定を図ろうとする俺を見て、ふむ、とリサは憮然とした顔でため息を吐いた。
「ひー君。この世にはね、魔女はいるし魔法もあるんだよ。そしてひー君はそれを信じてる」
「…………」
「でなきゃ、あんな一枚の写真で私を探せやしないんだよ。でしょ?」
「それは……」
 あの樫の木とスカートが写真に写っていたからで――
「そうよね。でも、それは常識で考えてありえない写真だってことはわかりきっていた。三年後が写っている写真なんて、一体誰が信じるの? 普通の人は、そんなものを頼りに行動なんてするはずがない。なのにひー君はここへ来た。どうしてだと思う?」
「さあ、な」
「簡単なことよ」
 とリサは俺の胸の真ん中を指さしてウインクした。
「ひー君がおばあちゃんの魔法を信じていたから。トリックかもしれないけど、ひょっとしたら本物の魔法かもしれない。無意識だろうとなんだろうと、そう思っていたからひー君はここに来たのよ」
 妙に自信満々にリサは言った。
 その態度が鼻に付く――ことはなく、その通りかもしれないと思い始めていた。
 不思議なこと。常識では測れないこと。いくら考えてもつじつまが合わないこと。
 それらはばーちゃんの前では、なんでもない『当たり前』のことになる。
 そう思ってしまう、思わされてしまう力がばーちゃんにはあって。
「…………」
 それが、それこそが魔女の『魔法』なんじゃないだろうか。
「あーあ……結局ばーちゃんの魔法に踊らされていただけか……」
 それを認めてしまうと、なんだか急に身体の力が抜けてしまった。
 不可解すぎる『かくれんぼ』の仕掛けが『魔法』だなんて、荒唐無稽もいいところだ。ミステリー小説だったら読者が全力で作者に抗議文を書くようなトンデモ設定だ。
 だが。
 ばーちゃんならやりかねない。
 そう、思える。
「さすがは魔女、最後の最期にやりやがったってところか」
「そうだね。おばあちゃんらしい」
「だな。リサも、ばーちゃんの遊びに振り回されたわけだ。災難だったな」
「ん? そうでもないよ?」
 呆れている俺とは対照的に、意外にも嬉しそうに上目遣いで俺を見て、リサはいたずらっぽい笑みを浮かべた。その表情が妙に妖艶で、ゾクッとするほど俺の意識を刺激し揺すぶった。グラリ、と視界が傾いだ気すらする。
「何だよ、何か得になることでもあったか?」
「あるよ。だって……」
 ふふふ、と笑みをこぼし、リサは俺の手を取って、ぐっと握り締め――
「大好きなひー君と再会できたから。これ以上の得があるわけないじゃない」
 赤みがかった茶色の瞳で俺の心をスパーンと射抜き、そんなことをのたもうたのだった。
 くそ、そういうことをサラッと言うなよ……まともに顔を見られなくなっちまうじゃねぇか。
「お前な、そんなジョークを……」
 思わず目を逸らして、空っぽの湯のみに視線を落とす。
 しかし。
「……なん……だ、これ……」
 まるで誰かに頭を掴まれているかのごとく、俺の意思とは無関係に身体が動き、リサから目が離せなくなっていた。じっと俺を見つめている瞳に吸い寄せられるように、俺の視線が固定されて動かせない。
「ふふん、ひー君は私から目を離せないよ? だってひー君には私を好きになる魔法をかけてあるから。『白い魔女』の孫はダテじゃないんだからね」
「う……」
 魔法だと? まさかリサも魔女なのか……?
「さあ、ひー君。私に何か、言いたいことがあるんじゃない?」
「あ……うぅ……」
「ほら、抗わないで、素直になって。一言でいいんだから。私の事をどう思っているか、それだけ教えて?」
「…………」
 俺がリサをどう思っているか? そんなの……決まっている。
 俺はあの日、可愛いと思ったビスクドールと瓜二つの姿で現れたリサを見て、真っ先に思ったことがある。ビスクドールなんてただの人形で、リサはもっと――
 けれどそれは、表には出さないようにしてきた。
「お、俺は……」
「うん」
 表に出して、それが俺の勘違いで、リサが嫌な気分になったらどうしようと思っていたから。
「リサのこと……」
「うん」
 それは今も変わらない。リサが心に抱えている気持ちも知っているし、それを受け止めることもできる。
 しかし、それに対して返すことはできない。この関係が変わるのを、俺は良しとしない。
 例え、魔法をかけられていても、だ。
 抗え。勝て。扉を開かせてはならない。
 この言葉をリサに聞かせてはならない。
「リサ、の、こと……」
 心の内に浮かぶ、焼けるほど熱い気持ちが、俺の意識に反して声に乗る。
 全て吐き出せ、と焦燥に満ちた意識が堰を切る。抑え切れない――
(この言葉を、抑える必要なんて、ない……!)
 そう、意識が満たされた。
 その途端。
 何の迷いも憂いもなく。
 俺は……言った。

「三年前のスカートを今でも穿けるってことは体型が変わってないんだよな。スゲーなお前!」

 言ってしまった。リサに再会してから、ずっと思っていたことを。気になって気になって仕方なかった、その言葉を。
「……は?」
 想いの大きさに驚いたのか、リサはリアクションに困って立ち尽くしていた。俺はそこに畳み掛ける。
「俺なんて大学に入ってから運動しなくなってさー。ウエストのサイズが上がっちまって苦労してるんだよ。どうやって体型維持してんだ? 教えてくれよ」
「…………」
「ん? どうしたリサ。顔から地面に突っ伏して。大丈夫か?」
 棒立ちになっていたかと思うと突然尺取虫も真っ青なほどに地面に倒れこんだ幼馴染を引き起こし、服に付いたホコリを叩き落としてやった。リサはうつむいたままぷるぷると身体全体を震わせ、ギュッと全力で拳を握っていた。
 大変カッカしておられるご様子でなによりです。
 大体――ばーちゃんというとんでもない食わせ者だった魔女と長年付き合った俺だ。リサの魔法ごときに屈服して簡単に本音をしゃべるわけがないだろう。不意打ちで大好きとか言われて少々動揺してしまったが、平静を取り戻せばどうということはない。俺を舐めるな、このヒヨッコ魔女が。
「ひー君の、バカ!」
「ぐごふっ!」
 悔し紛れの可愛らしいビンタの一発くらいは打たせてやるか、と思っていたところに飛んできたのは素晴らしくヒネりの効いた重く衝撃が突き抜ける右ストレートだった。それを無警戒のボディに受け、俺は肺の空気とともに意識を吐き出し、一瞬にして視界がブラックアウトした。




          続く...


 
創作小説 | Comments(0)
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