2016/06/20

小説 『魔女のかくれんぼ』 5

 このお話はこのパートで最終です。
 連投? ええ、まあ、全部書き終わってるものをチマチマ出して読者様を焦らすなんてことをやってみたりしてたんですけれど、それは面白い小説でやるから意味があるのであって、私の駄文でそんなことしても無意味だと思ったんで一気掲載にしました。更新ネタが稼げる、とかいうのもこの過疎化では意味無いですし。一気に全部サッパリと読み通してもらった方がお互いにストレス無しでいいですよね。
 というわけで。
 今回は解決編っぽいものを経て、エピローグ的なものですが、無駄にダラダラと長いです。
 というのも、このパートはもっとシンプルに終わることになっていましたが、某氏に第一稿を読んでいただいたときに

「イチャイチャが足りん! けしからん!」

 というお叱りを受けて増えたという経緯があります。
 正直増えすぎたなーとか思ったりするんですけども、お叱りを受けたんだから仕方ないよね?(責任転嫁


 
   :読者様へのお願い:

 この作品はフィクションです。
 登場する人物団体等は現実のものと一切関係ありません。
 なお誤字脱字はなるべく生暖かい目で見守っていただきたく存じます。

 当パートは5/5です。前パートを未読の方はこちらからどうぞ。

 その1  その2  その3  その4

 


 気が付くと、俺は薄暗い川原にテレポートしていた。周囲を見回しても辛気臭い川沿いで不健康そうな白装束の人が石を積んでいるのが見えるだけで、間違ってもピクニックに来たいとは思わない気の滅入るような場所だ。これが噂に聞く例の川だろうか。
『なにやってんだい、ひー君……』
 心底呆れたように引きつり笑いを浮かばせ、白い着物を身に纏ったばーちゃんは対岸からため息混じりに言った。魔女なんて西洋風な肩書を持っているばーちゃんが、和服で冥土の入口にいるのは酷く違和感を覚える。白装束だから見慣れているはずなんだけどな。
『あの子の気持ちに応えてやっとくれよ。でなきゃ、いろいろ手を尽くしてかくれんぼを仕掛けた意味がなくなるじゃないか』
 言って、珍しく……というか初めて見る困った顔で、ばーちゃんはがっくりと肩を落とした。何のことだろうと考えるまでもなく、その言葉の意図を理解した。
「ばーちゃんがいなくなった後にリサが一人きりにならないように、『かくれんぼ』と称して俺とくっつけようとしたんだな?」
『その通りさ。まだあの子は知らないだろうけど、あの子にはもう、私の他に身寄りがいないからね』
「……え?」
 随分引っかかる発言だ。まだ、とか、身寄りがいない、とか。
「あいつの両親は? 海外で暮らしてるんじゃないのか?」
『いいや。あの子の両親はもういないんだよ。そもそも私がリサを引き取ることになったのは、両親が事故で二人とも亡くなったからなのさ。そのときリサは幼かったから、本当のことを言えなくてね……いつか言わなければと思い続けて、言えなくて、言えないまま私がくたばってしまって……情けないよ』
 らしくなく、ばーちゃんは泣きそうになりながらうつむいた。
 なんともハードな内容のカミングアウトだ。普通、いきなりこんな話を聞かされたら衝撃で月までブッ飛んでもおかしくない。
 だが、俺はさほど驚いていなかった。薄々そうなんじゃないかと思っていたのだ。リサを見ていてそんな気がして、ばーちゃんの話で確信した。
『遺言に書こうかどうか、随分悩んだんだけどねぇ……書けなかったよ。時間が経てば経つほど、知ったときのショックは大きくなるとわかってはいるんだけれど』
「……いや、あいつはもう知ってるよ」
『なんだって?』
「リサは自分の両親がすでにこの世にいないことに気づいてる、って言ったんだよ」
 そうでなければ、あんな言葉がリサの口から出てくるわけがないのだ。
『……どういうことだい、ひー君?』
 さすがのばーちゃんもこれには焦りを隠せないらしく、踏み出した足が俺とばーちゃんを隔てる川に突っ込みそうになった。しかしそれを許すまいと何かの力が働き、ばーちゃんは身体ごと押し戻されて尻餅をつく。
「どうもこうもない、そのままの意味だよ、ばーちゃん」
 リサが俺の家に訪ねてきてばーちゃんの手紙を読んだとき、あいつは言った。
 ――おばあちゃんは私の唯一の家族で――
 唯一。つまり『他にはない』という意味だ。これはばーちゃんが残された最後の家族だとわかっていなければ言えないセリフではないか。いつ知ったかはわからないが、リサはすでに両親がすでに失われていたことを知り、受け入れていたのだ。
 ばーちゃんはぺたりと座り込んだままで、笑っているような泣いているような、なんとも表現しづらい顔で明後日の方を見つめていた。
『そうかい……あの子は賢い子だから、自分で気づいてしまったんだね。辛かったろう。黙っていたことを恨まれてるかもしれないねぇ……』
「あいつはそんなにバカでも根暗でもねぇよ。ショックを受けないようにと黙っていたばーちゃんの気遣いくらい、あいつにはわかってるはずだ。でなきゃ、恨んでいた人が死んで二晩も続けて泣き明かすほど本気で悲しんだりするかよ」
『そうだといいんだけどね……』
 気弱に呟いて、今度ははっきりわかる笑みを浮かべた。よっこいしょ、と立ち上がり、汚れてもいない着物の裾を手で叩く。そして、よくできた孫を嬉しく思う温かい笑顔は――瞬時に心底意地の悪い微笑に変化した。
 これは何かを企んでいる顔だ。俺は気持ちを臨戦態勢に切り替えて構えた。
『しかしひー君、リサのことをよくわかってるじゃないか。私のかくれんぼをクリアしたし、これなら安心してあの子を任せられるよ』
「そう、それだよ。なんで俺なんだ? 別にツヨシでもタカシでもいいじゃないか。昔からの馴染みだし、同じ村にいるんだし、わざわざ遠くに引っ越した俺じゃなくても」
『ひー君。それはあの子の気持ちを知ってて言ってるのかい?』
 さらに悪人も縮み上がるような笑みを深くして、ばーちゃんはネチネチした口調で言う。
 知るも知らないも、ここに飛ばされる前に「大好き」とか言われたんですけど。
 もっとも、バカ正直にそれをばーちゃんに話す必要を感じないので、俺は答えずに黙秘を貫いた。
『ひー君も知っての通り、あの子は引っ込み思案なんだよ。あの子が自分の気持ちをひー君に伝えることはないと思う』
 いやいや。アサミ姉ちゃんのおかげで変化した性格で、サキュバスよろしく妖艶かつ大胆に言われましたが何か?
 まぁ、あの時は俺がリサの魔法にかかっている(とリサが思い込んでいる)状態だったから、あいつも気が大きくなって油断してしまっただけなのかもしれないけれど。……後で「実はシラフでした」と言ったらどういう反応をするか試してみよう。
『だからかくれんぼなんて戯れに引き込んで、あの子にはひー君が見つけてくれるまで楽しみに待ってなさいと指示しておいたのさ』
「例の置手紙か。内容は知らないが、『俺に連絡するな』とか『じーさんの店で働け』とかって書き残したんだろ? でなきゃこうも上手く再会できるわけがない」
『察しがいいね。迎えに来てもらう方が効果が高いかと思ってね。ひー君には悪かったと思うが、これも孫を想う婆のワガママということで勘弁してくれないかね。済まなかったね、迷惑だったろう』
 と、ばーちゃんは俺がどう答えるのかを知りながら、上っ面だけの謝罪を口にした。食わせ者っぷりは死んでも変わらないらしい。
「いいや、そんなことはないさ。俺だって思ってることはあいつと似たようなもんだしな」
『なら、応えてやってくれないかね。ばーちゃんの最期の願いだ』
「……ま、そのうちな。今すぐは無理だけど」
『そうかい。それならいいんだ』
 安堵の表情でうなずいて、ばーちゃんはいつもの優しい笑みを浮かべた。最後の別れだというのに、嫌にあっさりとその姿が川の向こうへと消えて行き――俺は現実世界へ引き戻された。


 途端に背中へ抜ける衝撃が意識を抉り、膝がかくんと折れて両手が地に着いた。回る視界を落ち着かせようと空気をゆっくりと吸うと、ずしん、と痛みが脳ミソを揺るがす。飛んだ意識が戻るのはこの衝撃の後にしてほしかったと思ったりもするが、そうは上手くできていないらしい。世の理不尽の片鱗を味わったぜ。
 それにしても、なんというか……女の子のパンチじゃないぞ、これ。
「もう、ひー君はデリカシーなさ過ぎ!」
「そりゃ……悪かったな……」
 ぷんすかと怒るリサに、俺は苦痛に歪んだ笑みで謝った。
 ――リサの想いに応えてくれ、か。
 ばーちゃんのたっての頼みだし、こいつにある種の想いを持っているのも確かだ。遮るものは何もないし、すぐに応えてやってもいいんだが……俺には俺の都合ってものがある。
 なんと言っても、俺はリサの魔法にかかっているらしいからな。その状態で応えても、魔法に言わされたみたいで気分が悪い。それは俺も不本意だし、できればリサもそうじゃないほうがいいはずだ。
 だから。
 魔法が解けたその時に――言ってやるよ。
 俺の本音を。


     ・   ・   ・


「ねえ、ひー君。これっておばあちゃんのカメラ?」
「ん? ああ、そうだよ。なんとなく持ってきたんだ」
「ふーん……」
 俺の荷物の中にばーちゃんのカメラがあるのを目敏く発見したリサは、勝手にそれを取り出して興味あり気にまじまじと見つめた。三年前にもこれを目にしているはずだが、あの時は手紙と写真に気を取られていて、あまりカメラ本体を観察する機会はなかったか。
「改めて見ると、やっぱり随分古いよね、これ」
「そうだな。少なくとも俺よりは年上じゃないかと思ってる」
 父さんは地質学者という仕事柄、カメラをいくつも持っているが、そのどれよりも古いのがそう思う理由だ。ただ、どのくらい古く、またどの程度価値があるかはわからない。
「……ね、そのカメラで私を撮ってくれない?」
 ひとしきりばーちゃんの形見を眺めた後、リサは言った。そんなことだろうと薄々予想はしていたので、用意していた答えを返す。
「そうしてやりたいのは山々だが、フィルムがない。中は空っぽだ。前に調べてみたが、そのカメラで使えるフィルムはもうほとんど売られていないらしくてな。なくはないが、俺に買える金額じゃなかったんだ。悪いな」
 ウソでも言い逃れでもなく、これは事実だ。デジタルカメラ全盛の今はフィルム自体が減っているのに、こんな古い型のカメラで使うフィルムとなるとその希少性は格段に跳ね上がる。そして流通量が少ないものの値段が上がるのは市場の常識だ。
 しかし、リサは残念がるわけでもなく、してやったりと言いたげな顔をしていた。
「それなら大丈夫。おばあちゃんの部屋に一つ、残ってたのがあるから。使えるかどうかはわからないけど」
 とカウンターに置いていたポーチから古ぼけた小箱を取り出した。英語……じゃない、ドイツ語かこれは。辛うじて「フィルム」と書かれているのが読めた。綴りが英語と同じでよかった。
「用意がいいな。……ところで、フィルムがあってもセットの仕方がわからないんだが。こんなタイプのフィルム式カメラなんて使ったことがないし」
「それならワシに任せろ。こう見えてもカメラ好きでな、若い頃はカメラを手にあちこち旅行したもんだ。ほれ、貸してみぃ」
 父さんが使っていたものとは勝手の違いすぎるフィルムの扱いに困っていると、カウンターで開店準備をしていたじーさんが自信満々にそんなことを言った。カメラとフィルムを受け取り、慣れた手つきで操作して十秒ほどでセットを終わらせると、じーさんはどんなもんじゃとドヤ顔で胸を張った。
「これでいい。しかし、保存があまりよくなかったんだな。フィルムが傷んでいて、巻き上げのときに引っかかったり千切れたりするかもしれんぞ。まともに写せるのは一枚か二枚じゃなかろうか」
 カメラをカウンターに置き、じーさんは難しい顔をしてそう言った。
「そうなのか? まあ、一枚撮れればいいんだけどさ」
 ファインダーを覗き、フレームにリサを収めて――
「待て、ひかる。そのカメラにはフラッシュがついとらんから、室内だと露光不足でまともに写らんぞ。撮るなら外にしたほうがいい。そんなことも知らんのか」
 シャッターを押す前に、じーさんに呆れ全開で忠告された。さらに手動フォーカス調整の方法やらなにやら、たっぷり十五分ほど講義を受けさせられ、リサと二人で表に出たときは言いようのない疲労で身体が重かった。まさかじーさんがここまでのマニアだったとは知らなかったが、まあ、撮り方を教えてくれたことには感謝しておこう。
「よーし、じゃあ撮るぞー」
「オーケー、かかってきなさいー」
 すっかり落ち込んでしまったテンションをわけのわからないノリで無理矢理上げ、撮影に入った。
 講義の通り、太陽の位置を考えてリサを立たせ、ポーズを取ったところでフォーカスを合わせる。そしてシャッターを押す。それだけだ。
 ……と簡単に言ったが、これがなかなかどうして、ピントが上手く合わせられない。使い慣れないことと、古いせいか調整部分の動きが渋いので微調整が難しいのだ。
「ね、ねぇ、ひー君。まだ?」
「すまん、もうちょっと……」
 ビシッと突き出したピースサインと満面の笑顔を浮かべた被写体が、くっきりと像を結ぶポイントが見つからない。シャッターが切られるのを待ちきれないといった様子でリサが急かしてくるが、慌てると余計に力が入って上手くいかない。距離の設定は合ってるはずなんだが――
「…………おっ! ピントが合った! 動くな! 撮るぞ!」
「えっ、あっ、うん?」
 ダレかけていたリサはポーズを取り直し、笑顔を戻してこちらを向いた。それをファインダー越しに見つめ、シャッターを押す。
 ……押す。
 ……押……す……
 シャッターのボタンが死ヌほどカタくて動かないんですけど。
 ぐぐぐっ、と指に力を入れ、ボタンを押し込む。壊してしまうんじゃないか……と一瞬力を緩めたその時、小さく「みし」と音がしてボタンがカメラの本体に吸い込まれた。
 ぱしゃっ。
 という軽い作動音と、
「あっ……」
 というリサの短い悲鳴が重なった。何事かとファインダーの向こうの幼馴染に目をやる。
「…………」
 伸ばしていたピースサインの腕は縮こまって、太陽のような笑顔は伏せられていた。どうやらその姿を写してしまったらしいことはすぐに理解できた。
「何やってんだお前……」
「だ、だって……! なかなかシャッター切ってくれないし、ファインダー越しとは言え、ひー君にじっと見つめられてたら急に恥ずかしくなってきたんだもん! 仕方ないじゃない!」
 耳まで真っ赤になりながらリサは非難の声を上げた。
 確かに変な間を作ってしまった俺にも非はあるが……多分、何をどうしようと結果は変わらなかったんじゃないかと俺は思う。
 シャッターを切った瞬間に俺の目に飛び込んできたのは――恥ずかしそうにうつむいて斜め下の地面に視線を落としながら、しかし精一杯の愛想を振りまこうと無理をした感のあるピースサインを胸の前で作った姿――つまり、あの写真そのままのリサだった。
「やれやれ……」
 この写真が撮られることは三年前にすでに決定していて、今撮るべくして撮られたのだ。酷くバカげたことだが、そんな気がする。
「もう一枚、もう一回やり直し!」
「そいつは無理だな」
 不服そうにやり直しを要求するリサ。しかし俺にはそれが不可能だということがわかっていた。ばーちゃんの戯れに操作された運命には抗えない――というわけでもなく、ただ単純に。
「シャッターのボタンが引っ込んだまま戻らない」
「……は?」
 言葉の意味がわからないのか、リサは眉根を寄せて説明を要求する目で俺を睨んだ。理由をあれこれと話すより、その原因を見せるほうが早いとばかりにカメラを差し出し、
「カメラが壊れた」
 と簡潔に一言返した。
 錆かホコリで動きが渋くなっていたのを無理に動かしたために、それらが詰まったか挟まったかでシャッターボタンが戻らなくなったらしい。もちろん修理は可能だろうが、その場合分解整備が必要で、今入っている最後の一本のフィルムを取り出さなければならない。そして一度取り出したフィルムはもう使えない。特に傷みの激しいこのフィルムは絶望的だろう。
 そういった流れはリサにも理解できているようで、怒りの表情が見る見るうちに悲嘆のそれに変化していった。
「……ひー君のバカ!」
「俺のせいかよ!」
 理不尽な八つ当たりだ。少しは俺のせいかもしれないが、不可抗力だろう。
「仕方ないだろ、古いカメラなんだし……」
「おばあちゃんのカメラが悪いって言うの? 酷いよひー君!」
「…………」
「もう、知らない! ひー君なんて大ッ嫌い! ……ウソ、そんなことない、大好き!」
 などと叫びつつ、リサは俺に抱きついてきた。
 なんなんだ一体。怒ってみたり、拗ねてみたり、泣いてみたり、急にデレてみたり。わけがわからん。
 そもそもこいつはいつの間にこうなってしまったんだろう。三年前にはそんな素振りはなかったはずだが。
「そういえばさ、俺が服を買ってやるって言ったとき、俺に気持ちが傾くことはないとか言ってなかったか? この変わり身は一体どういうことだよ」
「当たり前だよ。あの時点で『ひー君ラブ』のゲージが振り切ってたから、それ以上傾く余地なんてなかっただけ。さらにその状態で三年もおあずけされたんだからラブが爆発して当然。ご理解いただけましたか?」
「そ、そうッスか。あざッス……」
 ラブとか言わないでください恥ずかしい。
 俺が魔法にかかってる(と思っている)からこんなに大胆になっているのだろうか。もしそうだとしたら、知らぬが仏とはよく言ったものだ。俺がシラフだとわかったら、リサが恥ずかしさで死ぬかもしれないとさえ思えてくる。
 そんな益体もない事を考えていると。
『何この砂糖てんこ盛りの甘々ラブコメは。』
 どうしていいやら途方に暮れる俺の横から、二つの声がハモった。
 ……って。
「ひょっとして、タカシ?」
 ツッコミを入れた二人に目をやり、俺はそう尋ねていた。
 一人は店から出てきた俺のじーさん。
 もう一人は、紺色の制服っぽいものを身につけた、どことなく見覚えのある顔立ちの青年だった。彼は俺の呼びかけに呆れたような顔でうなずいた。
「久しぶりだな、ひー君。まさか本当にいるとは思わなかった」
 十数年ぶりの再会なのに、全くと言っていいほど懐かしい感じがしない。昔と全然変わっていないせいだろうか。それとも、三年前にリサの写真で顔を見ていたからか。
「久しぶり、タカシ。元気そうでなによりだ。今何やってんだ?」
「俺か? 俺は見ての通り、郵便屋だ。配達で通りかかったらリサが男とコントやってたんで見物してた」
「コントってお前……。けどまぁ、なかなか様になってんじゃん。そういえばお前の父さん、郵便局務めだったな……」
 タカシを頭の天辺からつま先まで眺め、案外制服姿が似合うなと思って――
「ってタカシ。さっきなんて言った?」
 引っかかる言葉を聞いたのを思い出し、問いかけた。
「あん?」
「本当にいるとは思わなかった、って何のことだ?」
「ああ、いや……なんというか、信じられない話っつーか……」
 はっきりしない態度で口ごもりながら、タカシは赤色のバイクの前カゴから封筒を一通取り出した。
「これ、三年くらい前に郵便局に持ち込まれた封筒なんだが、配達する際に妙な条件が付いててさ」
「条件?」
「ああ。今日のこの時間、この場所へ届けるように指示されてたんだよ。それも、宛名の人物とリサがい一緒にいるときに限り、って」
「私……? じゃあその封筒は私宛てなの?」
「違う。宛名はリサじゃなくて――ひー君なんだ。おかしいよな、ひー君は村にいないのに届けろってのはさ。けど差出人はあの『魔女』だし、一応条件どおりにしようってことで保管されて、今日になって配達に来てみれば……いるじゃないか。ここに、ひー君が。しかもリサとイチャついてやがるし。もう驚きを通り越して笑っちまうぜ。はっはっはっは」
 ものすごい真顔で乾いた笑い声を上げ、タカシは真っ白い封筒を差し出した。宛名には間違いなく俺の名前が書かれているが、それ以外は住所や郵便番号すらなかった。切手も貼られていない。裏返しても蝋印で封がされているだけで差出人の署名は見当たらない。
 もっとも、差出人はさっきタカシが言ったし、同じような手紙は三年前と数日前に二通も受け取っているので正体は割れている。
「じゃ、ちゃんと届けたからな。また会おうぜ、ひー君」
 これだけの謎に立ち会ったにもかかわらず、タカシは特に事情を聞こうともせずに颯爽と赤いバイクで去って行った。物語の脇役のすべきことを弁えているイイ男だ。
「ばーちゃんの手紙……か。今度はなんだろうな」
「わかんない。開けてみて?」
 リサに促されて封筒を破らないように蝋印を剥がし、中に入っていた便箋を丁寧に開く。
 やはり、ばーちゃんの直筆の手紙だった。

『これを読んでいるということは、ひー君がかくれんぼを終わらせたんだね。おめでとう。リサは、ひー君と一緒にいるんだろう。そっちにもおめでとうと言っておくよ。
 それはさておき、かくれんぼのことだけどね。
 二人はあの写真を見て、ばーちゃんが魔法のカメラで未来のリサを写したと思わなかったかい?
 思ったろうね。そうでなきゃつじつまが合わないんだから。
 けどね、そうじゃないんだよ。あの写真はトリックなのさ。写っていた人はばーちゃんの知り合いで、樫の木はそっくりなモノを探して樹皮剥がれに見えるように描いた紙を貼り付けて、書割の竹林と建物を用意して撮った写真なんだよ。
 リサもひー君も、あの写真が未来を写したものだって錯覚するように小細工したのさ。どうだい、巧いもんだろう?
 スカートも、ひー君のおじいさんの店も、リサの髪も、全部無意識にあの写真の通りになるようにばーちゃんが誘導したんだよ。『詐欺師(トリックスター)』の本領発揮さね。
 だからね、『魔女』なんていないし、『魔法』もないんだよ。そんな便利なものがあったら、ばーちゃんはもっと長生きしてるよ。そうだろう?

 ばーちゃんの最後の仕掛け、面白かったかい?
 喜んでもらえたなら、それで満足さ。
 それじゃあ、ばーちゃんは二人をずっと上から見守っているからね』

 ……というような内容だった。
「もう、おばあちゃんてば……今更魔法じゃないなんて言っても信じられるわけないじゃない」
 言ってリサはケタケタと笑った。こいつはまだ魔法も魔女も信じているらしい。
 まぁ、こうも見事に踊らされたら、そう思いたくなるのもわからないでもない。
 だが、魔法じゃなくてトリックでした、と言われる方が現実味があって説得力があると俺は思う。超自然な力なんてものを、他に疑いようのない状態で見せられればまだしも、トリックで説明が付くのなら全面的に信じる事なんてできないだろう。それが常識と言うものだ。
 とは言え、今回のことはトリックでは到底成しえない偶然に頼った部分も多々あるし、常識外の力が働いていたんじゃないかと思うこともある。それにこの手紙は三年前にこの結末を完璧に予期していなければ書けない内容だ。いくら詐術で誘導したからといって、こうも筋書き通りにことを運ぶなんてできるだろうか。いや、いくら知恵の回るばーちゃんでも、数年にわたって登場人物全てを掌の上で思い通りに転がすなんてことは不可能だ。それこそ魔法を使わない限り。
 一体どっちなのか。
 渦中にいた俺には、緻密すぎる計画の賜か、魔法の力かの区別はつけられない。流れる川を泳ぐ魚は川全体を俯瞰することはできないのだ。
 真実は、あの世へ行ってしまった魔女のみぞ知るわけで――


 ……ま、俺はいいんだけどな。どっちでも。
 リサが楽しそうにしていられるなら――魔法があろうがなかろうが、ばーちゃんが魔女であろうがなかろうが。
 俺のそばにリサがいて、リサのそばに俺がいる。
 その事実の前では、そんなことは些末でどうでもいいことだ。
 そう思う事にしている。




「ねえ、ひー君。私のこと、好き?」
「好きだよ。なんだよ急に」
「予想外に随分軽く言ってくれちゃったけど。それ、本当?」
「もちろん。リサを好きになる魔法が俺にかかってるんだから、そうなるんだろ」
「そうじゃなくて。魔法は関係なくひー君がどう思ってるのかを知りたいの」
「だったら俺にかけた魔法を解けよ。そうすりゃわかる」
「そんなの、とっくに解いてるよ。ひー君に魔法が効かないのは、体型の件でわかってたから」
「なっ……。じゃあお前、俺がシラフだとわかってて俺に抱きついたりしてたのか?」
「まぁ、ね。魔法が効いていないのに大好きって告白しちゃったわけで、それを思うと変にテンションを上げてバカみたいに振る舞うしかなかったの。暴走しすぎて余計に恥ずかしいことしちゃったけど」
「なんだよ……俺はもっと後で『実はシラフでした』ってバラして、お前のユカイな反応を楽しもうと思ってたのに」
「にゃはは、残念でした。でも、そっかー。私のこと好きなんだー。嬉しいなぁ」
「お前なぁ……やり方がずるいんだよ」
「そりゃもう、私は『魔女(トリックスター)』の孫ですから。そのおかげで……」
「……?」



「かくれてたひー君の気持ち、みーつけた!」




        終


 
創作小説 | Comments(2)
Comment
もきゅもきゅ
みなとも殿、こんばんわー。

いやー、エピローグがカユイですねー。
あ、カユイのはほめ言葉ですよ。

やっぱり、小説はエピローグですよね。
余韻を楽しむ感じがあるといいと思うんですよ。
なおかつこのもきゅもきゅ感がいいッスよねー。

ごちそうさまでした。


あ、リクエストしておきながら、
なかなか感想を書けなくてすんませんでした。
実はインドネシアは先週までイスラム教の断食の時期で、
断食明けの連休に工場のライン改造工事がガッツリ
入っていてその仕事が猛烈に忙しく、
小説がアップされたのは気づいてたんですが、
読む時間が無かったんです。
やっと落ち着いて普段の生活に戻りました。
ではー。
◎ まったくさん

読了ありがとうございます。

>エピローグ
カユくしろってまったくさんがおっしゃったんじゃないですかァーッ!
ほんともう、こういうのはまったくさんの得意分野なんですから頼みますよ…(何を

>もきゅもきゅ感
なんかこの表現がツボに入ってしまいました。
いいね…もきゅもきゅ感…(*´д`)

>猛烈に忙しく
お疲れ様であります。
無理するなと言っても無理しなきゃダメそうなので、せめて限界突破はしないように祈っております。

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