2016/08/15

アイスクリーム 謎解き 水着

 「三日坊主」という飽きっぽい人やものぐさな人を揶揄する言葉がありますが、せめてそのくらいにはなろうということで3回目の三題噺です。2回で終わったら三日坊主ですらないですし。

 今回のお題は「アイスクリーム」「謎解き」「水着」です。
 

 


     『従妹がこんなにアホの子なわけがあった』


 非常に難解な事件である。
 おそらく、世の探偵たちでもこんな事案に遭遇することはないのではないだろうか、というものに、今俺は出くわしていた。
「待て、落ち着け……」
 誰にでもない、自分自身に対して俺はそう言い聞かせた。これは焦ったり浮ついたりした気持ちではまず解決できないということを本能的に理解していたからかもしれない。
 まずは状況整理といこう。
 事件現場は俺の部屋だ。閑静な住宅街にある、俺の親父が一生懸命働いてローンを返している小さな庭付き一戸建ての二階にある十二畳の洋間。あまり物を置かないのに手狭な感じがする――と友人に愚痴ったらどこのセレブだよとツッコミを入れられたことのある広さで、勉強机とベッド、本棚が二つとパソコンデスクが一つあるだけのシンプルな内容だ。
 そんな無個性の見本のような部屋に、「それ」は存在していた。
 黙っていれば類稀なる美少女――整った顔立ちに白い肌、長い睫毛、サラサラと絹糸を思わせる艶やかで柔らかそうな長い髪。ほっそりした小柄な肢体は儚さすら漂わせる美しさで、それでいて胸のふくらみはそれなりにあるという、世の女性の相当数が嫉妬するワガママボディの持ち主が、白雪姫よろしく俺のベッドに目を閉じて横たわっていたのである。
 ……まったくもって不可解だ。
 まず、彼女が一体何者なのか、それがわからない。少なくとも俺の知り合いの中にはいないはずだ。こんな美少女なら記憶から消えるはずがないのだから。
 そして、その美少女がなぜかわからないが、白いスクール水着を着用しているのだ。そのおかげで彼女の体型がわかったのだが……近くに学校もなければプールも海もないこんな住宅街の真ん中で、スク水(しかも白色ですよ!)を身に纏う必要も合理性も思いつかない。
 それよりも。多分ここが最も重要な部分なのだろうと思うが……彼女の口から赤いものが一筋流れており、白スク水の胸の辺りにも同じような赤い染みが付いているのである。
 まるでこれは――死んでいるみたいだ。と、真っ先に思った。
 なんなんだこれは?
 見知らぬ白スク水の美少女が俺のベッドで血を吐いて死んでいる?
 一体何の冗談だ?
「待て、落ち着け……」
 先ほどと同じ言葉を繰り返し、俺は大きく深呼吸した。
 ……よし。
 まずは、警察に通報――とはいかないか。俺の部屋のベッドに見ず知らずの美少女が白スク水で口と胸に血らしきものをつけて横たわっているなんて状況、ハッキリ言って俺が犯人最有力候補だ。そもそも第一発見者が疑われるのはミステリの初歩ではないか。ここは俺自身の力だけで謎解きするしかない。
 そうなれば、まずは美少女の正体を確かめるところからだろう。恐る恐るベッドに近づき、その紅に染まる端正な顔を覗き込んだ。
「こっ……これは……ッ!?」
 なんということだ。これは……このスク水のデザインはいわゆる『旧スク水』ではないか……!
 『旧デザイン』で『白』ッ! なんというマニアな逸品ッ!
 ……ではなくて。
「あれ……?」
 ――先ほどの意見の訂正が二つ。
 こいつは見ず知らずの女の子ではなかった。遠くから見ていたから、そして会うのが数年ぶりだから気づかなかったが……彼女は近所に住む俺の母の妹の娘、つまりは『従妹』だった。小中高一貫の全寮制私立女子校に通う中学三年生。前に会ったのは小学四年だか五年だかの時だ。あまり頭が良くなさそうなゆるい笑顔が似合う美少女であったことは間違いない。それがまあ、立派な女性のボディにおなりになられたことで。
 もう一つの訂正は、彼女が死んでいないということだ。近づいてみれば呼吸している音が聞こえるし、二つの胸のふくらみがそれに合わせて動いている。要するに『眠っている』だけだ。
 さて。
 『見知らぬ女が死んでいる』という意見は『従妹が寝ている』という事実に変化したわけだが……まだまだ解き明かすべき謎は多い。
「しかし白スク水って……」
 白いスクール水着を指定している学校など聞いたことがないし、学校指定であったとしてもおそらく架空の世界の学校だろう。そういう小説やゲームの存在を俺は知っている。
 つまり、この従妹は学校指定でもない水着をどうやってか入手し、プールと間違えようのない俺の部屋で身につけて、口や胸元を真っ赤に染めて爆睡しているという、どう考えても普通ではないこの状況を、俺なんぞが解明できるのだろうか。
 ……いや、まぁ、解明することは多分容易だ。
 ただ、『俺の独力』でとなると不可能に近いという話である。
 ということで、その『容易』な方法を取る。
「起きろ!」
 従妹の耳元で声を張り上げ、ぺしぺしと頬を軽く叩いてやった。
「……う……ぅん……」
 小さく吐息を漏らし、体をくねらせてゆっくりと目を開く。そして俺を視認すると、気だるげにゆるりと微笑んだ。
 ……なんだろう。白スクのせいかむちゃくちゃエロいんですけど。
「あ……お兄ちゃん。おはよ」
「おはよ、じゃねぇ。俺はお前のお兄ちゃんでもねぇ。この状況に関する詳細な説明を要求する」
「んー……?」
 くぅ、と猫のように鳴いてあくびをし、窮屈そうに寝そべった姿勢のまま大きく腕と背筋を伸ばしてにへらと笑う。その笑い方はアホの子みたいだからやめなさいと叔母さんに言われただろう。
「説明? なんの?」
 心底不思議そうに従妹は首を傾げた。
「プールでもない俺の部屋で水着を着て口や胸を真っ赤にしながら爆睡していたことの説明だが」
「……? あー、そうだったそうだった」
 ようやく俺の意図を理解したか、ぽんっと手を打ってうなずく。
「今、夏休みでしょ?」
 八月の中学生はそういうことになるのか。
「だから、友達とプールに行ってたのね」
「うん。まあわかる。暑いからな」
「私って結構先読みできる子じゃない」
「うん。……うん?」
 なんだか話の脈絡が無いような。
「だから、向こうで着替える時間を無駄にしないように家で水着を着てプールに行ったの」
 ああ、よかった。戻った。でもなんとなくオチが見えるぞ。
「プールはすごく楽しかったし気持ちよかったよ」
「そうか」
「それで、帰りにパンツ持ってきていないことに気づいたの」
 やっぱりか。全然先読みできてない。
「仕方ないから、しばらくプールの近くで水着が乾くまで友達とおしゃべりして」
「まあ、濡れたまま服着るわけにはいかんだろうな」
「水着が乾いたから帰ることにしたんだけど、歩いていたらものすごく暑いし汗もいっぱいかいたから、途中でアイスクリームを買ったのね」
「今日はここ最近で一番暑いらしいからな、それはわかる」
 俺もさっきコンビニで買ったガリなんとかくんを食ったところだ。ちなみに梨味。
「でもそのアイスが暑さでどんどん溶けて、家まで持ちそうになかったの」
「食べながら歩くって選択肢はなかったのか」
「買い食いはダメってママが言ってたから」
 律儀だな……そういう言いつけは守っているのか。
「それでどうしようか困ってたら、ちょうどこの家の前を通りかかって、そうだ、お兄ちゃんの部屋で食べれば買い食いにならないぞって気づいたの」
「うん。……うん?」
 理屈が飛躍しなかったか、今。
「でも、この部屋に来てアイスを開けるともうほとんど溶けちゃってて。せっかくのイチゴアイスがどろどろで。こぼして服についちゃうと困るから、服を脱いで水着になって、それで食べようとしたんだけど失敗して」
 なるほど、口と胸の紅いのはイチゴアイスだったのか。
「お兄ちゃんのベッドに思いっきりこぼしちゃって、誤魔化すために自分の胸にもアイスをつけて死んだふりをして」
「ほう」
「でもプールで疲れてたからいつの間にか寝ちゃって、お兄ちゃんに起こされたというわけなのです」
「なのです、じゃねぇ。ちょっとそこどけ」
 コイツの言うことが本当なら、俺のベッドは赤く染まっているということで。
「えっ、あっ、これお兄ちゃんに言っちゃいけないことだった!」
「もう遅い。いいから起きろベッドから降りろ」
 半ば強引にベッドから引きずりおろし、逃走しようとする従妹の手をがっちりホールドしたままでシーツの惨状を目にした俺は、少しばかり眩暈で頭が揺れた気がした。思った以上に酷い。
「えと、あの……」
 何を言われるのだろうと恐る恐る上目づかいで俺を見上げて口ごもる従妹。
 白スクでその仕草はやめろ。卑怯だ。
「選択肢は二つだ」
「?」
「一つ、今すぐ謝ってベッドを綺麗にする」
「シーツを洗濯すればいいの? 選択だけに」
 誰が上手いこと言えと。
「二つ、謝罪の後にそれ相応の対価を払う」
「それってカラダで払えってこと? お兄ちゃんのえっち」
「……。お金に決まってんだろ。クリーニング代だ」
 一瞬グラっと来た、というのはここだけの秘密だ。
「さあ選べ」
「お金持ってないし、実質一番しか選べないんだけど……」
「じゃあそうするんだな。ほら、シーツ持って風呂場へ行け。そこでキッチリ洗って来い」
「……はーい」
「水着を着てるんだからちょうどいいだろ。ついでに水着の染みも流して来い」
「いえす、さー」
 俺の命令に不承不承といった顔で従妹は丸めたシーツを胸に抱え、とぼとぼと部屋を出て行った。
「…………」
 俺も相当なお人好しなのかもしれない。
 あのショボンとした背中を見ていると、少し可哀そうな気もしてきたのだ。考えてみれば、せっかく買ったイチゴのアイスクリームを食べられなかったわけだし。
 ……仕方ない。
「買ってきてやるか」
 そんなことを思いつつ、俺は財布を手に近所のコンビニへ向かったのだった。



          完




 期せずして無駄で長い話になってしまった。
 やっぱり難しいスね、三題噺って…(´・ω・`)

 
三題噺の練習 | Comments(0)
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