2017/05/18

工房小説 『美鈴開花』 前編

 当工房のメイド、メイリンってどんな子?
 と親の私が思うほど不思議な子です。
 とらえどころがなくてふわふわしててぽわぽわしてて。
 衣装作りが好きで演技力が異常に高く、変装もこなしちゃう。声も少しは変えられる。
 演技に集中して他人になりきると人格や能力まで変わっちゃう。
 チョコが好きでお菓子作りはプロ級、特にココアケーキが大好きで我を失うこともしばしば。
 神様に溺愛された強運の持ち主で、彼女の周囲はいつも笑顔であふれている。
 常人よりはるかに高スペックなヴィアーチェ・ローナに「メイリンは天才」と言わしめる。


 …ね、よく分からない子でしょう?

 というわけで、少しでも彼女の設定を固めてやろうと書いた、メイリンの過去の物語。
 でもあんまり固まってない気がするのは気のせいです(迫真
 なんでもいいからヒマつぶししたいお客様だけお読みください。



 この作品はフィクションです。
 登場する団体・人物等は現実のものと一切関係ありません。



 


 ごくっ、ごくっとミネラルウオーターでも飲むようにアルコール度数の高い酒を飲み干し、アレッサはカンッとグラスをカウンターに置いた。そして、ぐはーっ、と酒臭い息を一欠片の遠慮もなしに吐き出し、満足そうな表情を浮かべてボトルを掴み、グラスになみなみとおかわりを注ぐ。
「よーし、じゃあここらでコイバナでもしよーぜ」
 唐突にそんなことを言い出し、いい感じに酔いが回って上機嫌なアレッサは隣に座るクローディアの肩に腕を回した。仕事帰りに立ち寄った行きつけの居酒屋で軽くラム酒を一瓶空け、サイドテールを解いた金色の髪を掻き上げながら絡むように「なァ?」と同意を求める。
「そうだな。明日の買い出しで生八ツ橋を忘れずに買わなければいけなかったな」
 無表情な真顔でそう答えたクローディアは、手にしたグラスに自ら一升瓶の日本酒を注いで一気に飲み干した。彼女は泥酔していてもまったく顔に出ないので見ただけでは酔っているのかどうかがわからないが、一言話せば言うことがおかしいためすぐにわかる。もちろんまったくかみ合わない言葉を並べた現在、絶賛泥酔中である。
 アレッサは苦い顔をして、こりゃダメだと肩をすくめた。
「酔ってやがる……飲みすぎたんだ……」
「当たり前です。お酒を飲みに来ているんですから」
 やれやれ、と小さくかぶりを振って言い、ミルクティー色の長い前髪の間から手にしたカクテルグラスを覗き込むローナ。トレードマークの三つ編みは今はほどいており、緩やかにウエーブがかかった長い髪は無造作に背中へと流れている。
「あー、じゃあローナでいいや。何かコイバナの一つでもしてくれや」
「そうですね……」
 絡むアレッサに意外にも素直にうなずいて、ローナはふふっと笑んだ。
「今年のカープは、やはり中継ぎと抑えの充実が最重要課題ですね。日本代表戦に向けて仕上げを急いだ選手のシーズン後半の疲労と状態維持具合も気になります」
「いやいや。その鯉の話じゃなくて。恋愛の話だっつーの」
「アレッサさんらしくないですね。私にそんな色気のある話ができるとお思いですか?」
「いや。全然」
 至極当たり前、と言わんばかりに即答して、アレッサははっはっはと笑い飛ばした。よかった、とため息をつきながら、ローナも笑う。
「ですよね。明日のお昼ごはん、アレッサさんの分だけに甘酢漬けラッキョウをてんこ盛りにしておきますね」
「マジすんませんでしたローナ様。それだけはご勘弁を……」
 笑顔で全力のいやがらせ宣言をする工房の魔王に、工房のトリガーハッピーは即時土下座を敢行した。戦場で育ち、生き延びるためには不味かろうとグロかろうとなんでも食べるという彼女であるが、その主義が通用しないものがこの世に存在すると思い知らされた食べ物が甘酢漬けラッキョウである。
「そういうお話は現在進行形で恋しているメイド長に向けるべきでしょう。ねぇ、メイド長?」
「はい?」
 アレッサたちとの間の席にクローディアとメイリンがいるために話の矛先を向けられると思っていなかったのか、ヴィアーチェは注文しようとしていた一品料理のメニューから慌ててアレッサたちに向き直った。そのはずみでいつものポニーテールを解いた銀髪が肩口で踊り、さらさらと背中に流れ落ちる。
「何のお話ですか?」
「アレッサさんがコイの話をしろとおっしゃるんですが、私ではできそうにありませんので、代わりにメイド長にお願いしようかと」
「そうですか。そうですね……やはり中継ぎが不安だと思います。この頃の中盤の崩れぶりは見ていて楽しいものではありません」
「うぉーい! メイド長までボケますかァ!」
 参ったなこりゃ、と自身の額をぴしゃりと叩き、アレッサはケタケタと笑った。
「メイド長、恋愛の話ですよぅ。カープの話じゃねーです」
「え? そっ、そそそそんなお話、私にも、でっできません!」
 かあっと顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむくヴィアーチェ。世界でも有数の巨大企業体『八重崎グループ』会長の孫娘で、生まれ持った才覚と幼い頃より徹底された英才教育によって何をやっても卒なくこなしてしまう完璧超人の工房メイド長だが、唯一の弱点である恋愛沙汰には極端に疎く苦手としていた。そのせいで相思相愛のはずの工房主との距離が一向に縮まらず、他の工房メイドたちはやきもきしていたりする。
「いえ、別にマスターとのことを話してくれってわけじゃないんスよ。ンなもん、聞かなくても見てりゃわかるんで。なんつーか、メイド長だって学生時代にゃ好きな男の一人でもいたでしょうから、そのエピソードが聞きたいだけなんス」
「学生時代、ですか。うぅん……」
 アレッサの包まない物言いに、ヴィアーチェは思わず記憶を掘り起こし始めた。
 小学生のときは銀髪紅眼の外見が悪く目立って同級生の中で浮いていたため、好意を持って接触してくる異性がおらず、恋愛感情なんてものを持つことなく過ごした。中学では八重崎の名とやはり外見のせいで男子から「儚くも美しい高嶺の花」扱いされて、事務的な事以外でまともに会話したことがなかった。高校はイギリスの女学校に通っていたので異性との接触はほとんどなく、大学では学習環境が整いすぎていて飛び級するほど学問に集中していたために縁が無かった。……というのがヴィアーチェの認識だが、実際は超絶孫バカの八重崎義国が、孫娘の周囲に悪い虫が寄り付かないように極秘の警護をつけて異性を排除していたのが原因である。そうでなければもっと異性との接し方に慣れているはずであり、どこからどう見てもヘタレでどうしようもないダメ人間な工房主なんぞに熱を上げるはずがない。
「特にそういうお話はありませんね……すみません」
「じゃあ、八重崎グループのパーティなんかで言い寄られたりしません? その虫除けが必要な程度には口説かれたりするんスよね」
 言ってアレッサはヴィアーチェの指輪を目で指した。彼女の左手薬指に収まっている飾り気のない指輪は、言い寄ってくる男に彼女が既婚者と思わせるためのフェイクリングである――ということになっている。
「そうですね……それは確かにありますが、彼らは私ではなく私の名前に興味があるだけですから」
「名前?」
「はい。八重崎という名前……身も蓋もなく言うなら、それに付随する財力や権力です。私という人間に興味を持っているとしても、大抵は外見の物珍しさだけですし。私の中身に興味がある人はほとんどいませんよ、あの世界には。私の外見を一向に気にせず、名前も知らずに、ただ内面に好意を向けてくれた男の人は、家族親族を除くと今までに一人しかいませんでした」
「そっスか……」
 わかりやすくショボンと肩を落とし、店の大将にジントニックを注文してからアレッサはつまらなさそうに眉間のシワを増やした。ガサッと皿に盛られた塩ピーナッツを鷲掴みにしてそれを口に放り込み、お世辞にも上品とは言えない音を立てて噛み砕く。それをぐいっと飲み込んで、代わりに溜め込んだ鬱憤を吐き出した。
「なんでこうもコイバナひとつできない色気のない女が揃ってンのかね、我が麗しき工房は?」
「そうですか? クローディアさんは高校生のころ、毎日のようにラブレターを貰っていたらしいですよ」
 何気ないローナの一言にアレッサのウサギの耳がピコーンと反応した。
「うお、何それマジか? なあディア、その話を聞かせてくれ」
「ん? 安心しろアレッサ、トイレの電球なら交換しておいたぞ」
「…………。アカン、泥酔しとるから無理や……」
 そうなるとわかっていながら水を向けたローナは、落胆するアレッサを見てほくそえんだ。さすがは工房の魔王である。
「つーか、ディアって女子高じゃなかったか?」
「そうですよ。ラブレターは全部女性からです。クローディアさんは強く凛々しくて頼りになる人ですからね、女性から好かれるもの当然かと」
「かーっ! ハーレムじゃねェか、なんつー羨ましい!」
「……ああ、そういえばアレッサさんは百合の人でしたね……」
 二段オチとして用意していた女子高ネタが見事に空振りして、ローナは自分が少し酔っているのを自覚した。素面ならそんなつまらないミスはしない。それに気づかれまいと、矢継ぎ早に次の話題を出した。
「言いだしっぺのアレッサさんには恋のお話はないのですか?」
「あん? アンタも知ってるだろうが。あたしゃ恋だの愛だのとは無縁の世界で生きてきたんだ。真実の愛はメイと出会ってから知ったようなもんだ」
「……真実の愛……ですか」
「オイコラ。百合の素晴らしさはマスターも認めてるぞ。バカにすんな」
「あの方は特殊なのです。一般基準にしないほうがいいですよ」
 表情には出さずに若干引きながら窘めるように言うと、酔いどれ百合魔人は「確かに」と笑った。それに合わせてローナも笑いながら、しかしその特殊性があったからこそ、普通なら一生接点を持たなかったであろうアレッサたちと出会えたという事実に複雑な気持ちになる。
 つまりそれは、自分も特殊なのだ、という証明のようなものだったから。もっとも、生まれてこのかた、自分を『普通』だと思ったことはないのだが。
「メイリンさんはどうですか? 何かエピソードは?」
 変わり者の集う工房に普通などない。それを確かめるようにローナは答えがわかりきっている質問した。
「ハハッ、あるわけないだろ。メイはずっと演劇に青春を捧げてきたんだ。恋する余裕なんざ……」
「ありますよ。高校のときに友達の恋を応援したり、告白されたりして、いろいろありました」
 にへ、と照れ笑いしながらメイリンが言うと、笑っていたアレッサと質問した当人であるローナがピタリと停止して固まった。想定外の答えに数秒停止し――ハッと我に返ったアレッサが急に席を立ち、メイリンの両肩を掴んで前後に激しく揺すぶって叫ぶ。
「なんだとぅ! そんなのとーさんは許さんからなぁっ!」
「ちょっ……アレッサさっ……そんなにっ……揺らされたらっ……お酒っ……とかっ……他のいろいろっ……出ちゃうっ……」
「やめてください、メイリンさんをマーライオンにするつもりですか」
 硬直から回復しないローナに代わってヴィアーチェが見る見る顔色が青くなるメイリンを『とーさん』の手から引き離して抱き止め、キッと強い視線で注意した。メイリンのことになると理性が吹っ飛ぶ百合魔人もメイド長には逆らえず、落ち着いて素直にすんませんでしたと謝ってからグルグルと目を回すメイリンの頭にそっと触れた。
「すまん、メイ。取り乱した。申し訳ない。大丈夫か?」
「はい……なんとか……」
 答えてズレたメガネを戻し、メイリンは小さく息をついた。それからしばらくアレッサは、さらさらでつやつやの黒髪を愛しそうに撫でた。
「それはそうと、メイ。その話、よかったら聞かせてくれるか?」
「面白い話じゃないですよ」
「構わない。メイのことはなんだって聞きたいんだ」
「そうですか。じゃあ……」
 大将が差し出す熱燗のグラスを受け取り、ちびりと一口飲んで、メイリンは語り始めた。


     ・  ・  ・


 工房の面々には意外だと思われるだろうが、メイリンは高校生になるまで演劇には全く興味が無かった。ローナやヴィアーチェほどの多才多芸な者にすら天才と言わしめる演技力が、実は高校からの数年で磨かれたものだとは到底信じられないだろう。だがこれは事実である。
 メイリンは小さい頃から着せ替え遊びが好きで、いろんな人形やぬいぐるみにおもちゃの衣装を着せて楽しんでいた。そのうち自分でもはぎれで服を作って着せるようになり、その出来の良さに親や友達が賞賛し、ついには将来はファッションデザイナーになりたいと考え始めた。その才能の片鱗は、中学の学芸会の衣装をデザインし、人数分を一人で縫い上げた頃に見え始め、高校の部活で完全に開花した。僅か入部三ヶ月で一年生ながら『被服研究部』のメインデザイナーとなり、その後も順調に思う存分その能力を伸ばしていくことになる。
 ――はずだった。
「あの、朱さん、お願いがあるんだけど……」
 そう言ったのは、メイリン――朱美鈴のクラスメイトだった。髪は野暮ったい三つ編みで、美鈴の艶やかで真っ直ぐな髪とは対照的に、クセの強いくすんだ黒髪をしている。小動物を思わせる愛らしい顔立ちに落ち着きの無い黒い目が揺れ、少しかさついた唇が僅かに震えていた。平均よりずっと身長が小さい彼女が猫背でおどおどしているせいで、ことさらに小さく見えた。椅子に座ってノートにデザイン画を描いている美鈴と頭の高さがほとんど変わらないほどに。
 美鈴は普段……どころか今初めて声を聞いたクラスメイトから突然話し掛けられて、思わず首をかしげた。
「ええと……」
 人の顔と名前は一度言葉を交わすだけで覚えてしまう美鈴ではあるが、さすがに自己紹介もなく初めて話した相手の名前が出てくるはずもない。
 それに気づいたか、彼女はすぐに名乗った。
「同じクラスの長坂です。長坂真純。初めて話すからわからなかったですよね。ごめんなさい」
「ううん、こちらこそごめんなさい。それで長坂さん、お願いって?」
 鉛筆を持つ手を止めてメガネの奥の黒い瞳を向けると、あまり人と視線を合わせるのが好きではないのか、長坂はふいっと視線を逸らして机の上のノートに目をやった。美鈴はデザイン画を見られたくなくて無意識に手でノートを隠した。
「朱さん、衣装のデザイン……するんですよね?」
「え?」
「作るほうも、できるって聞いたんですけど……」
「……?」
「ええと、その……」
 牽制しているという表現が当てはまるだろうか、長坂が慎重に言葉を選んでいるような印象を受け、美鈴は内心でため息をついて苦笑した。
(……ああ、そういうことですか……)
 『被服研究部』は、この高校においては『コスプレを楽しむ部』という認識で、言ってしまえばアニメ研究部や漫画研究部に並んで『オタクの溜まり場』という扱いを受けている。実際にはデザインを競う一般的なコンテストなどにも出品するような真面目な部なのだが、年二回のオタクの祭典とそれに準ずるイベントに参加している(部員によってはこちらに本腰を入れている)せいでどうしても扱われ方がそういう方に向いてしまうのだった。そういった事情で、部員は他の生徒から距離を取られており、また部員も目立たないように活動することを部是としている。
 学校という社会を圧縮したような狭い世界の中で平穏に生活するには、異端に触れないこと、異端にならないことが最も容易な方法である。それを小中学校で学んできたのであれば、誰だって異端である『彼ら』と仲良くして同類だとは思われたくはないと考える。
 そんな『彼ら』の一員である美鈴と接触を試みようとする長坂の態度が不審になるのは、至極当然と言えよう。
「いいですよ」
 美鈴は直感で長坂の「お願い」の内容を察し、言いづらそうにしている彼女に先んじて水を向けてやることにした。こういう反応をする人はもう何人も見てきたので慣れたものだった。
「何を作ればいいんです?」
 言って微笑むと、長坂は意外そうに目を見開いた。
「えっ……本当に?」
 想定外の色好い返事に思わず問い返していた。変人が多いと聞いていたので、美鈴の『普通』の反応に驚いてしまったのだ。
 美鈴はそんな彼女の態度を気にした風もなく続ける。
「衣装を作るのは好きですし、部には秘密ですけど今までいろんな人から頼まれたことがありますから。ただし、他言無用、内密にしていただくことを約束していただかないといけません」
「そ、それはもちろん。ありがとう、朱さん」
 ほっと胸を撫で下ろし、長坂は大きく息をついた。
 部外者の依頼は原則として被服研では受け付けていないが、元来衣装作りが好きな美鈴は、求められれば受けるようにしていた。純粋に作ることが楽しいし、将来の夢のための修行にもなるからである。依頼を秘密にするという彼女のルールも、自己防衛ではなく依頼者が被服研と関わったことを周囲に知られないための『依頼者を護る』措置である。
「出来栄えに保証はできませんけれどね。所詮は素人だから」
「そんな、朱さんの衣装はすごいです。六月の校内イベントで生徒会が着ていた衣装、朱さんが作ったんですよね? みんなは買ってきた既製品だと思っているみたいですけど、被服研で朱さんがあの衣装を作っているのをちらっと見てますから、私はあれが手作りだって知ってます」
 随分熱のこもった言葉を並べ、頬を紅潮させて長坂は美鈴の謙遜をすっぱりと切った。思わぬ賛辞を受けた美鈴は、キョトンとした顔でこそばゆい感覚をどう受け止めるべきか迷っていた。
「そんなすごい人に、その、こんな図々しいお願いをするのは気を引けるんですけれど……演劇用の衣装を作って欲しいんです」
「演劇用?」
「はい。……あっ、言ってませんでしたけど、私、演劇部に入っていて、文化祭の舞台に立つことになって……」
「文化祭」
 長坂の言葉を復唱し、美鈴は教室の片隅にかけてあるカレンダーを見た。今は七月下旬、夏休み真っ只中に設けられた登校日である。長坂が接触してきたのも、登校日の予定がすでに終わって教室には二人以外に誰もいないからだった。
(確か文化祭は十月の最終土日だったような……)
 とイメージの中でカレンダーをめくる美鈴。準備するには随分早いが、衣装作りをする立場からすれば作業日程に余裕があるのは歓迎すべきことである。
 しかしその前に一つ、疑問符が付いた。
「演劇部に衣装はないんですか?」
「えっと、今回は新作オリジナルのシナリオで、演劇部にある衣装だと世界観に合わないんです。今までは現代劇ばかり演目にしてきたんですけど、今年は異世界ファンタジーでいこうということになって。そういった世界の衣装はどうしても既製品では合わなかったり安っぽすぎたりで、演劇のクオリティに満足できないとシナリオ担当が言い出しまして。それで、私たちで衣装を作ろうとしたんですけれど、簡単な裁縫くらいしかできない部員ばかりで、思うようなものが作れそうにないなってことで……」
「なるほど、それで衣装を私に作らせようということになったわけですね」
 言葉尻を美鈴が拾うと、長坂はぶんぶんと手を振った。
「違います、朱さんにお願いしようと思ったのは私の独断です。みんなは部費で衣装屋に発注しようと言っていて……」
「じゃあそうすればよかったんじゃ? プロにお願いしたほうが出来栄えは良いですよ」
「それじゃ、ダメなんです」
「……?」
 今ひとつ長坂の言うことがわからず、美鈴は首を傾げた。
 既製品では満足できず、かと言って自作する技術もない。しかしプロに頼むのもダメ。それでいてクオリティの高い衣装が必要――そんな要求をどうやって満たせばいいのか。
「ええと、私は頭が良くないので、わかるように説明してもらえますか? どうして私でなければダメなのか」
「他の役の衣装は別にいいんです。でも、主役とヒロインの衣装だけは、シナリオのイメージ通りに作りたいんです。外注してしまうと、もしイメージと違っていても修正がきかないから……」
「私が作ればそれができるというわけですか。いつでも注文をつけられるから」
 わかった、と言わんばかりに大きくうなずいて、美鈴は続ける。
「でも、どうしてそこまでイメージに合わせることにこだわるんですか? 言っては失礼かもですけど、所詮は高校の文化祭の演劇ですよ」
「…………」
 質問に答えられないのか、長坂はうつむいて黙り込んでしまった。美鈴もそれに何も言わず、震える唇から紡がれる言葉を待った。
 しばしの静寂が降り立ち――
「さっきは他人事みたいに言いましたが、今回のシナリオを書いたのは私なんです」
 長坂は搾り出すような声で、そう言った。
「兄の先輩が書いたというファンタジー小説にアレンジを加えて、演劇用のシナリオにしました。それが文化祭の演目に採用されて、私、嬉しくて……だから、どうしても妥協したくないんです。無茶を言っているのは重々承知していますが、お願いできませんでしょうか、朱さん。もちろんお礼はきちんとさせていただきます」
「…………」
 長坂のこだわる理由には全て筋が通っている。自分の初シナリオを妥協せずに成功させたいと思う気持ちは、美鈴にもよくわかる。
 しかし、それだけではないなという違和感のようなものが美鈴の意識の隅に居座っていた。それがなんなのか――
(……別にどうでもいいや)
 すぐに考えるのをやめて、美鈴は長坂に向き合った。考えてもわかりそうにないし、そのうちわかればいいかとお気楽に受け取ることにしたのだ。今は衣装作りができるほうが重要だ、と。
「ええと、長坂さん。すみませんが、シナリオを一冊、用意していただけますか」
「えっ?」
 またも予想外の言葉に戸惑う長坂は、目を丸くして被服研のエースを見つめた。受けるか受けないかの答えが聞けると思っていたところにこの質問では驚くのも無理はないが。
「どうして?」
「お話の世界観を知りたいんです。衣装をデザインをするにも、内容を知らないと」
「あっ、そうですね。……確か予備が部室に……すぐ取ってきますね」
 間接的な承諾を得たということに気づきもせず、長坂は慌てて走って教室を出て行った。


 とりあえず衣装のデザインは物語を読んでから、と教室で長坂と別れて自宅に戻った美鈴は、預かったシナリオと原作本を手に机に向かった。
 演劇用のシナリオは基本的に役者のセリフの羅列である。しかし渡されたシナリオはそれ以外にも場面説明や周囲の情景が細かく書き込まれているので、舞台の上でどういう進行になるのかは容易に想像できた。
 ファンタジー小説が元だと聞いて勝手に剣と魔法の冒険譚を想像していたのだが、舞台が異世界だというだけで、展開はよくある恋愛ものだった。どんな人が書いたのだろうと自家製本らしき原作本の裏表紙をめくると、著者の名前が印刷されていた。
「作者は……『久遠寺彩深』? くおんじあやみ……って読むのかな。知らない人だ」
 人並み以上に読書をする美鈴ではあるが、まったくもって聞き覚えのない名前に眉をひそめた。それもそのはず、それを書いたのは妄想をこじらせて才能もないのに作家を志望してしまった上に自家製本までしてしまったド素人だからである。
「とにかく読んでみよう」
 シナリオと原作のどちらを先にするかと考え、原作を選んだ。
 作品の舞台は山深い積雪の多い小さな国で、その国の第五王子と、自分が魔法使いであることを隠して王子に仕えるメイドの女の子の物語だった。世界にあと数人しか残っていないと言われる魔法使いを探すために、王子が供として連れ回していたメイドが実は魔法使いで、それを知った王子とメイドは身分差などお構いなしに結婚して幸せに暮らしましたとさ――という結末だった。まったくもって王位の何たるかを無視しまくったヒネりも何もないご都合主義な王道ストーリーに美鈴は若干失望しながらも、これは演劇向きではあるなと思った。文化祭の限られた時間で演じるには、王道な物語のほうが観客にも受けやすいしわかりやすい。
「王子を演じるのは三年の加納先輩、メイドは長坂さん、か。うーん……」
 ノートを広げ、自らの想像の翼も広げて、美鈴は頭に浮かんだ王子とメイドのイメージを描き始めた。


 王子とメイドのそれぞれに二十パターン近いラフデザイン画を三日ほどで用意し、その中から長坂のイメージに近いもの選んで、細かい修正を入れること五回。決定稿を手にした長坂は、穴が開くほどそれを見て満足そうにうなずいた。
「すごい、本当にすごいです。朱さん。イメージ通りです!」
「そう言ってもらえてホッとしました」
 緊張が解けて緩んだ頬に笑みを浮かべて、美鈴は胸を撫で下ろした。妥協しないと言った長坂の期待に応えられたのが何よりも嬉しかった。
「それで、さっそく製作に入ってもらっても……」
「あ、と。長坂さん、衣装を作るのは演劇の稽古を見ながらでいいですか?」
「え? どうして」
 奇妙な要求を受けて、長坂は気勢を削がれたような顔でデザイナーに問い返した。美鈴はデザイン画を指して、続く動作で自分の胸元に手をやって言った。
「作る上で、平面画だけではわからないことも多いんです。ですから、実際の役者さんの動きを見て、衣装がどういう風に動いて、どういう風に見えるかを考えながら作っていきたいんです。あ、もちろんバレないようにこっそり見させていただきます」
「そんな、そこまでする必要は……」
「妥協、しないんでしょう? 私もしたくありません」
「っ!」
 自身が言った言葉を返されて、長坂ははっとした。美鈴は自分の期待に全力で応えようとしてくれている。それなのに自分はデザイン画だけで満足してしまっていた……ということに気づき、今一度目的を心に据え直す。
「そうでした。わかりました、部のみんなには話をしておきます。朱さんに衣装作りをお願いしていることも話しておきますね」
「え? いいんですか? 被服研に頼んだなんて知られたら……」
「大丈夫です。前にも二度ほど、被服研にお願いしたことがあるって先輩が言ってましたから。そう聞いていたから、私も朱さんにお願いしようと思ったんです」
「ああ、なるほど……」
 うなずいて美鈴は、他所からの依頼は受けないとしている被服研に、どうして長坂が衣装作りを依頼してくるのかという疑問の答えを見つけた。そして被服研の部長が徹底させている『原則』は形骸化しているなぁとも思った。





     中編に続く...

 
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