2018/06/09

短編小説 『たたかう工房メイドさんたち』 前編

 かつて工房には「ガードメイド」という役職がありました。
 元傭兵のアレッサと剣の達人クローディアがその任に就いていました。
 …が、その腕前を発揮することなく、いつの間にか「ガードメイド」という役職は廃止され、日々アレッサは工房の掃除に明け暮れ、クローディアは農業と犬の世話と洗濯と掃除と食事の支度というお母さんのような仕事をすることになりました。

 そんな彼女たちが、本職(?)で活躍する――今回はそういうお話です。多分。


【注意】
 この作品はフィクションです。
 登場する人物・団体・名称等は現実のものと一切関係ありません。



 


 ちりりん、と来客を知らせるベルの音が玄関ホールに響くと、ホールから廊下へと続くドアのノブを回そうとしていたアレッサは大きくため息をついた。オーバーリアクション気味に項垂れ、再び大きなため息。頭の左側で縛った収穫前の稲穂のような黄金色の髪が彼女の動作に合わせるように跳ね、サラサラと肩を滑った。切れ長で蒼い瞳には心底面倒臭そうな色が浮かんでおり、口元は引きつるように吊り上がって舌打ちの音を漏らしていた。
「……めんどくせェ……」
 来客の予定は無いし、ベルの音は気のせいでした――ということにして無視しようかとも考えたが、それが上司や雇い主にバレた日には余計に面倒臭いことになるので、インターホンを押した誰かが玄関扉の前にいるという事実を認めることにした。
 それにしても今日は朝からツイてないな……とアレッサは後ろ頭をガリガリと掻く。セットしたはずの目覚まし時計が電池切れで鳴らなかったり、通勤に使っているバイクのエンジンが不調で使えなかったり、そのせいで遅刻してメイド長に怒られたり、同僚がひっくり返した水バケツの直撃を食らってずぶ濡れになったりと、本当に朝から不運が続いていた。
「…………」
 不機嫌な顔のまま、ぐるりと玄関ホールを見回す。誰か同僚がいたら代わりに出てもらおうと思ったが、残念ながら誰もいなかった。彼女を含めて五人の工房メイドが在籍しているが、そのうち二人が応接室で別な来客と話し中で、残る二人はおそらくダイニングで仕事をしている。必然的に玄関にもっとも近いアレッサが出なければならなかった。
「めんどくせェ……」
 三度目のため息をついて、アレッサは不承不承で玄関へ向かった。
 工房メイドの中でもあまり接客が得意ではなく、言葉遣いがやや荒っぽい彼女は、常にそのことについてメイド長であるヴィアーチェから修正するように言われている。しかしながら『淑女』という概念など欠片ほどもない場所で育ったせいもあって、それなりに長い工房生活にあっても未だそれは改善されていない。本人は努力しているつもりだが、いかんせんメイド長が求めるレベルが高すぎるので追いつかないのだ。
(日本における一般常識とか教養とかは工房に来てから教わってんだし、たかだか数年そこらで二十年以上やってきたスタイルを変えて簡単に覚えられるもんじゃねェよ……)
 などと決して年下の上司の前では口に出来ないことを考えつつ、営業スマイルを作ってから玄関扉を開けた。
「お待たせ致しました」
 この頃になってようやっと出せるようになった丁寧語で来客に微笑みかける。と同時にその相手を瞬時に観察した。
 身長は一七四センチのアレッサよりも若干低めで、頭髪が真っ白な初老の男だった。鼈甲のフレームのメガネをかけていて、上目がちにアレッサを見上げている。上下は没個性的な濃灰色のスーツで、趣味の悪い紫色のネクタイを締めていた。
「こんにちは。つかぬことをお聞きしますが、こちらに八重崎会長はいらっしゃいますかな」
 少し篭ったような聞き取りづらい低い声で言い、男は頬を緩ませた。人好きのする柔和な笑顔だったが、なんとなくアレッサはこの男に対して違和感を覚え、一瞬だけ眉根を寄せる。しかしすぐに笑顔を作り直し、
「申し訳ございません、そのような方はいらしてはおりませんが」
 と一言返した。
 実のところ、応接室にいる来客というのが件の『八重崎会長』なのだが、彼がこの工房に出入りしていることは極秘とされているので、工房メイドは皆、来客に対してそういう返答をすることになっている。
 八重崎会長――八重崎義国は世界でも名立たる巨大企業体『八重崎グループ』の創始者であり、グループ全てを纏める首領である。そんな経済界の重鎮である彼が、なぜこんなイナカの小さな個人事業の工房にお忍びで出入りしているのか、誰しもが疑問に思うだろう。
 その答えは、グループを動かせない事情のある仕事を工房に依頼するため、である。
 工房メイドたちは無能無力な工房主とは違い、個々に非常に洗練された特殊な能力を持っている。それを見込んだ義国が、ときおり極秘裏に工房へ仕事を依頼してくるのだ。
 ……というのは建前で、溺愛している孫娘のヴィアーチェに会いに来ているだけ、というのが真相である。そもそも、工房の土地建物の持ち主も義国なら、工房設立の資金を用意したのも義国で、ヴィアーチェに頼まれてあっさりと出資を了承したという辺り、その孫バカっぷりは推して知るべしである。仕事を持ち込んでは内容に反して高額な報酬を提示するのも、工房が倒産して孫娘が困る顔を見たくないからという私的な理由からだったりする。
 ともかく、何かに理由をつけて義国はお忍びで工房にやってくるのだが、このこと自体は世間一般には全く知られていない。
 それをこの男が知っているということは、八重崎の身内か――とアレッサは思った。しかし、身内にしては来客の男の顔には覚えがなかった。生い立ちが特殊なせいで『学校』と呼ばれる場所に通ったことのない彼女だが、決して頭の出来は悪くない。少なくともこの男が八重崎義国の周辺にいたという記憶がないと自信を持って断言できた。
「失礼ですが――」
「ああ、不審がられるのも当然ですね。まだ名乗っておりませんでしたし……」
 男は自身の不手際を笑い、改めてアレッサにお辞儀をした。
「私、山田と申します。前もってご指示をいただいておりまして、会長のお迎えに参りました。今日は午後からこちらの工房へ来られているのは承知しております」
「そうですか。ところで今日は紅茶をお持ちではないのですか?」
「もちろんありますが、二種類しか持ってきておりません。ウバとオレンジペコです」
 言って山田は自分の額を左手で軽く叩いた。
「どうぞ、いつもの方とは違うのでつい……」
 それをじっと見ていたアレッサは山田に向けていた警戒心を緩め、ドアを大きく開いた。前もって取り決めてある『符丁』が一言一句間違っていなかったからだ。
「これは失礼を。まず私の名刺をお渡しすべきでしたね」
 と山田はいそいそと上着の内ポケットに右手を突っ込み――
「っ!」
 その瞬間、アレッサは異様な気配を感じ、表情を強張らせながら後ろへ跳んだ。
 それとほぼ同時に山田の右手がアレッサに向かって伸び、鈍色のモノがアレッサの視界の真ん中に突きつけられる。
(速い……っ!)
 着地する寸前に自身に向けられた殺気と『銃口』を目にしたアレッサは、不安定な体勢からスカートの下のレッグホルスタに手を伸ばして反撃――よりも先に、両腕で頭をガードした。
 直後、くぐもったような破裂音が玄関ホールに響き、撃ち出された弾頭が白いエプロンドレスの腹部を抉った。アレッサ自身が跳んだ勢いと銃弾の衝撃が加わって彼女は後方へ派手に吹っ飛び、けたたましい騒音とともに観葉植物の鉢をひっくり返す。
「お……まえ……やっぱり……」
 撃たれた腹を押さえ、苦悶の表情で呻くアレッサ。向けられた山田の右手にはサプレッサー付きグロック18C(ハンドガンでありながらフルオート射撃が可能)のロングマガジン仕様が握られていた。どう見ても『会長お迎えの運転手』ではない。
「情報は……入ってたんだよナ……。殺し屋『エコー』が日本に来てるってことは……会長の暗殺が狙いか? 符丁まで入手してやがるし……」
「ほう? 俺を知ってるのか。なら生かしておくことはできんな」
 山田――エコーは先ほどの柔和な表情を消し飛ばして冷酷な声色で言い放ち、左手で伊達メガネをはずして懐にしまいこんだ。そして左手を戻すと、そこには右手のものと同じカスタム銃が握られていて、その銃口がアレッサに向けられた。そしてトリガーにかかった指が動き――
「今の大きな音は何だ、アレッサ?」
 物音を聞きつけてダイニングからやってきた同僚二人――クローディアとローナがホールに顔を出した。その瞬間、エコーの右手がクローディアたちの方へ動く。
「下がれディア! ガンスリンガーだ!」
「黙れ」
 左手の銃でエコーはアレッサに視線を送ることなく、腕でガードされていないガラ空きの腹部に五発撃ち込む。そして動かなくなった金髪メイドを一瞥だにせず、新たな獲物を捉えた右手のトリガーを引いた。
 その数瞬前に、クローディアは携えていた身の丈ほどもある両刃の長剣を抜き、隣にいたローナをダイニングへ繋がる廊下のほうへ蹴り飛ばしていた。乱暴ではあるがローナを火線から強制移動させるためと、その反動を利用して自身も横へ跳ぶための瞬間の判断だった。そのおかげで誰もいない虚空を空しく貫いた弾は、ホール奥の壁にめり込むだけで血を見せることはなかった。
「逃げろローナ。こいつは私が抑える」
 体勢を立て直してクローディアが言うと、ローナは迷わず廊下の扉を閉めてその向こうへ駆けて行った。
 非情と言う無かれ。工房の頭脳労働担当であるローナは、敵と真正面から戦り合う術を持たない自分が、その場に残っても足手まといにしかならないということを自覚している。逃げることがクローディアにとって、もっとも良い選択肢であることがわかっているのだ。
「私が抑える、か」
 バカにするでも笑うでもなく、エコーは無機質な口調で言って銃口を剣士に向け、立て続けに三度トリガーを引いた。
 クローディアはエコーの指が動く瞬間を見て弾道を予測し、素早く右へ踏み出して二発をかわし、身体に命中するのを避けられない弾道だった一発を剣で防いだ。超人的な動体視力と体術を会得している彼女にとっては、拳銃程度の銃弾を軌道予測でかわすことも不可能ではない。
「ふっ」
 長剣を叩く銃弾の衝撃も収まらないうちに、クローディアは反撃に転じて地面を蹴っていた。普通、銃弾を剣で弾くなどという芸当を見せられて驚かない者はほとんどいない。その一瞬の隙を突いて攻撃しようというつもりだった。
 しかし。
 エコーは全く動じておらず、しかもクローディアの反撃を予想していたかのようにバックステップで距離を取り、両手の銃を構えていた。最初の銃撃をかわされたことでクローディアの身体能力と判断能力を見抜き、油断を取り払っていたのだ。
「っ!」
 このまま突っ込むと弾幕に自ら飛び込んでしまう――!
 瞬時にそう判断したクローディアは、横薙ぎの斬撃を繰り出そうとしていた剣を慌てて自身の前に引き、力任せにそれを床に突き立てた。その刃身をつっかえ棒にして踏ん張り、全力で急制動をかけて体勢を崩しながらもなんとか立ち止まる。
「残念。遅いな」
 しかしそんな隙だらけの獲物を見逃すはずもなく、エコーはやれやれと首を振り、ニヤリと笑った。
 クローディアが軌道予測で銃弾をかわせると言っても、それはあくまで銃が一丁で、単発だった場合である。銃口が二つあっては、予測はできても物理的に身体が追いつかない。
 したがって――
 両手からフルオートで撃ち出された弾の嵐は、剣でとっさにカバーした頭と首以外の部分――腕や足、肩、脇腹を穿ち削ってクローディアのメイド服を鮮血で染め上げた。そのまま剣が手から離れ、膝から崩れて床に仰向けに倒れる。
「ぐ……う……」
 剣で急所を守ったおかげで頭や胸への被弾は無く、致命傷は受けていない。しかし手足を撃たれてしまっては思うように動けず、起き上がる途中で床に突いた手が滑って崩れ落ちた。反射的に手で後頭部を守ったおかげで、頭を床にぶつけるといったダメージは回避したが、アレッサと同様にガラ空きになったエプロンドレス越しの胸へ五発撃ち込まれて――クローディアは動かなくなった。

     ・  ・  ・

「……やれやれ。聞いていた話と随分違うじゃないか……」
 エコーは表情を変えないまま小さく嘆息した。
 八重崎義国を消せと依頼してきた人間からは、工房にいるのは『ただのメイド』と『工房の主である一般人の男』だけで、目標にSPが付かないから絶好の機会だ、と聞いていた。それらが邪魔なら、メイドも男も目標と一緒に消すことも容認された。念のため、馴染みの情報屋に探らせたところ、軍人上がりのメイドが一人、剣術家のメイドが一人いて、この二人には要注意との報告はあった。しかし軍人上がりとは言え日本で銃器を所持しているはずはなく、剣術家も距離を取れば飛び道具に勝てる道理はない。それぞれ眉間に一発お見舞すれば終わる、至って簡単な依頼――そう思っていた。
 それがいざ仕事に移ってみれば、予想外に弾薬を消費することになってしまった。金髪のメイドはとっさに頭を庇ったので身体を多く撃つ事になったし、この剣士も予想以上に動くので無駄弾を撃たされた。自分のことを知っている者もいたし、得た情報以上にこのメイドたちは普通ではないのかもしれない――とエコーは判断した。とすれば、目標だけでなく全員を始末する必要がある。
「……面倒だが逃がしたメイドも片付けなければならんな……」
 情報屋の話が正しければ、これ以上戦闘に長けたものはいない。残るそれぞれには三発もあれば十分、と銃の残弾を数え、全員処理には支障がないと確認すると、メインターゲットの始末を優先すべく応接室へ向かった。応接室は玄関ホールの奥にあり、八重崎会長はいつもそこに通されるということは事前調査で承知している。
 方針を決めたエコーの足取りに、迷いは無かった。


     中編に続く・・・

 
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