2018/06/09

短編小説 『たたかう工房メイドさんたち』 中編

 こういうテーマで工房小説を書くと、大抵ヴィアーチェは脇役になるんですけど、なんででしょうね。
 突出した能力はないけど、それでも高水準にあるんだから一つや二つは活躍してもいいと思うんですけども。
 なんというか、大長編ドラ○もんにおける出○杉くんのポジションなのかしら。

 …出○杉くんで思い出したけど、「の○太の大魔境」のヘビースモーカーズフォレストって、作者の創作なんですって。実際にはそんな地域はないらしいとか。私は30年以上、本当にあると思ってたのに…(´・ω・`)


【注意】
 この作品はフィクションです。
 登場する人物・団体・名称等は現実のものと一切関係ありません。


 これは中編です。前編を未読のかたはこちらへ → 前編

 


 ガン、と応接室のドアが蹴り開けられ、入口に立つその姿を視認した直後、眉間に強烈な衝撃を受けた男は、吹っ飛ぶように後ろへ仰け反って倒れた。室内にいる者は全員撃つ、そう決めていたエコーの最初の獲物は――工房主だった。ホールから聞こえたアレッサの声で異常を察知し、義国を逃がそうと窓を開けていたところで、応接室中に響いた物音に振り向いたところを撃たれたのだ。
「主さん……っ!」
「あと三人」
 誰かの悲痛な呼び声に答えるべく男はすでに床に伏し、代わりにエコーは酷薄な呟きを口にして銃を構えた。
 彼の視界には、銀髪のメイド、黒髪メガネのメイド、そして目標の八重崎義国が映っている。全員始末すると決めた以上、撃つ順番に意味はない。銃口が向いていた先にたまたま黒髪メイドがいたから撃つ、ただそれだけのことだった。
 パシュ、とサプレッサーを通したくぐもった銃声。間抜けな音ではあるが、それが鳴り響くたびに何かが壊れ、誰かが傷を負う、恐ろしい咆哮。
 そんな死の声が黒髪メガネのメイド――メイリンに迫り――
「きゃあっ!」
 彼女が手にしていた銀色のティートレー(無意味に防弾装甲板内蔵)を撃たれる寸前に顔の前に掲げたせいで、トレーに当たった弾があさっての方向へ軌道を変えて天井にめり込んだ。
 エコーはそんな偶然にも動じず、冷静に次弾を発射する。
 ……が、またもメイリンが闇雲に振り回した銀盆で弾かれた。
 まさかそんな、とさすがに動揺したエコーは、二発同時にメイリンを撃った。
 だが、またも二発とも弾かれた。
「なんなんだお前!」
 偶然では済まされない事態に、エコーの冷静さが少し綻んだ。セレクターレバーをフルオートに変え、これなら防げまいとムキになってメイリンを撃つ。
 いくらなんでもフルオートの弾幕を小さな盆で防ぐことは出来ないだろう、と思っての行動だった。
 しかし――
「なんだってんだお前……!」
 発射されたのは一発だけで、彼のグロックは滅多に起こさない排夾不良を起こし、その後は撃発不能になってしまった。しかもその一発も、パニックになって振り回されたティートレーで弾かれていた。
 さしものエコーもこれには激昂する。ジャミングを起こした銃を投げ捨て、怒りに任せてもう一丁の銃でメイリンを狙い……ふと気づいたように銃口の向きを八重崎義国に変えた。
 頭に上りかけた血をほんのわずかな時間で冷やし、本来の目的を思い出したのだ。
 メイドはおまけで、本命は八重崎義国である、ということを。
「ダメ……!」
 メイリンは標的が自分から義国に変わったことに安堵したが、すぐさま義国が撃たれてしまったら工房がなくなってしまうと思い、その身を楯とすべく火線に割って入ろうと一歩踏み出した。工房がなくなると好きなように衣装作りが出来なくなるし、フォーゲルリートのココアケーキを経費で食べられなくなる。それは絶対に嫌だ、とメイリンは撃たれる恐怖を趣味と食欲の下に押し込めて、自ら銃口の前に飛び出そうと床を蹴り――
「ぅわきゃっ!」
 最初に撃たれて倒れている工房主につまずいて転んでしまった。思わず手放した銀盆がくるくると宙を舞い、顔から床に思いっきりコケる姿は、コメディを通り越して芸術とも言える美しさだった。
 エコーはそれに一瞬見惚れ、ハッと我に返って義国に向けてトリガーを引いた。一撃で葬り去るための銃弾が、暗い銃口の奥から致死の速度を持って撃ち放たれる。それは寸分の狂いもなく、シワが深く刻まれた義国の眉間に真っ直ぐ向かって空気を裂いた。
「――!」
 ぱきん。
 鳴り響いたのは、人体を抉る鉛の音――ではなく甲高い金属音。その直後、弾が天井へ軌道を変えた。
 かくも立て続けに起こるものか、偶然――いや、『奇跡』は。
 メイリンが転ぶ際に投げ出したティートレーがちょうど義国の顔の前を通過するところで撃ったらしく、銃弾は義国には命中しなかった。その代わりに銃弾を弾いたティートレーがその衝撃で向きを変えて義国の顔面を直撃し、共に床に転げることになったが、銃弾に比べれば可愛らしいダメージである。
 まさかこんなことがありえるのか……!
 エコーはこの異常事態に身震いした。この稼業を始めて随分経つが、こんなことは一度たりとも起こったことがない。ド素人のたかがメイド風情が、ことごとく自分の銃撃を弾くなどと、そんなバカげた話があってたまるか、と内心に怒りを燃え上がらせた。
 だが――この怒れる暗殺者は、まだまだメイリンの恐ろしさを知らない。
「ぐあ……っ!」
 唐突にエコーは左肩に焼けた鉄の塊を押し付けられるような感覚に悲鳴を上げた。思わず握っていた銃を取り落とし、二歩下がって壁に背を預ける。
 何だ――?
 見ると、濃灰色のスーツに穴が開いており、血が流れ出ていた。撃たれた傷だということは瞬時に理解した。だが、誰に――?
 それはメイリンが転んだ際に投げ出した銀盆に弾かれた銃弾だった。天井照明や壁の装具の金属に兆弾してエコーの肩に『たまたま』命中したものだが、そうと気づいていないエコーは射手を探して注意深く周囲を見回した。
 メイリンは転んで床に伏したまま。
 工房主は眉間に風穴を開けられて転がっている。
 義国はトレーアタックで仰向けに倒れている。
 残るのは銀髪のメイドだけだが――彼女はいつの間にか間合いを詰めて、自分に向かってきていた。
「っ!」
 撃たれた動揺か、エコーは向かってきた銀髪のメイド――ヴィアーチェに腕を取られて投げ飛ばされるまで何も出来ずにいた。護身術を応用した投げ技で背中から床に叩きつけられ、エコーの肺の空気が一気に吐き出されると同時に意識が一瞬吹っ飛ぶ。
 しかし暗殺者として訓練された身体が無意識に反応してヴィアーチェの腹を蹴り、吹っ飛ばされた銀髪メイドを目で追いながら床に落ちている自分の銃を拾おうと手探りした。そして、馴染み深い感触を握り締める。
 蹴られたヴィアーチェは、けほ、と苦しそうに咳き込んでうずくまっていた。護身術を身につけていても、打撃への耐性は普通の人と変わらない。鍛え上げられた重い一撃を受けて、起き上がることすら困難な状態だった。
「この女……ッ!」
 手にしたグロックをヴィアーチェに向け、負傷した左肩の痛みに顔をしかめつつトリガーを引き絞る。
 が、弾は発射されなかった。エコーが手にしたのは、先ほど排夾不良を起こしたほうのグロックだった。くそ、と毒づき、落ちているもう片方のグロックに手を伸ばして――不意にその手を思い切り踏みつけられ、エコーは苦痛に顔を歪めた。
「メイに手を出した時点でテメェの負けは決まってんだよ、エコー」
「なっ……」
 自分の手を踏んでいるジャングルブーツの主を追って見上げると――ベレッタの銃口と、楽しそうに笑う金髪メイドの顔が見えた。
「お前……ッ」
「あー、生きてるよ。っと、おかしなまねするなよ。銃から手を離せ。ゆっくりだ。そうしたら膝をついて、両手をあたしに見えるように頭の横に挙げろ。このベレッタはトイガンじゃねェ、本物だからな」
「…………」
 アレッサの口調に揺らぎはなかった。鈍く光るベレッタの銃口の奥には、間違いなく弾が入っている――エコーはそう直感し、手にしたグロックを床に置いた。そしてアレッサの指示通り膝立ちになって両手を挙げる。逆らう意思を少しでも見せれば、即座に撃たれるのはわかっていた。素直に言うことを聞いてしまっているのは、至近距離から何発も撃たれたはずなのに、このメイドはなぜ動けるのか、という疑問の答えが見つからず軽い混乱状態に陥っているせいでもある。
「メイ、大丈夫か? じーさまは?」
 エコーに警戒しながら、アレッサはソファの向こうにいるはずのメイリンに声をかけた。しばらくは反応がなかったが、やがてひらひらと手を振って、黒髪メガネのメイドが膝立ちで顔だけを覗かせた。
「私も会長も大丈夫です。ただ、工房主さんが頭を撃たれましたけど……どうしましょう……」
「ヤー、メイとじーさまが無事ならいい。……メイド長は大丈夫ですか? 派手に蹴られていたようですが」
「あまり……良くはありませんね……。痛みが酷くて……まだ動けそうにありません」
『なんだとぉぉぉぉぉぅッ!』
 苦しそうなヴィアーチェの返答で、トレーアタックを食らって軽く昏倒していた義国と、ヘッドショットを食らった工房主ががばと起き上がり、ヴィアーチェに駆け寄った。そして二人してうずくまるヴィアーチェを抱え上げ、『メディーック!』と無駄に綺麗な和音でハモり叫びながら応接室をダッシュで出て行った。エコーはビクッと身体を強張らせ、信じられないものを見たといった表情で二人を目で追う。
「あの男……頭を撃ち抜かれてなぜ動ける……?」
「あー。あたしのマスターは、ヘッドショットくらいで逝っちまうようなヤワな男じゃねェんだよ。あたしも随分冗談であの眉間をぶっ飛ばしたもんだが、キッチリ生きてるしな」
「……人間か? アレは」
「多分な」
 くくっ、とおかしそうに笑い、アレッサは言葉を続けようとして、
「げほッごぼっ……!」
 と大きく咳き込んだ。その口の端から血が滴り、咳が治まると忌々しそうに赤い唾を吐き出す。
「くそ、やっぱ内臓にダメージあるなァ……」
 エコーに撃たれた胸を空いた手で撫で、そう呟いた。真っ白なエプロンドレスと薄紫色のメイド服は埃と吐血で汚れてはいたが、破れたり穴が開いたりはしていなかった。
 エコーはそれを見て、この金髪メイドがなぜ動けるのかを理解した。
「……なるほど、防弾服……か」
「正解」
 エコーの呟きにアレッサはニヤリと笑みを返す。
「特別製の防弾メイド服だ。拳銃弾なら至近距離の五十口径でも貫通しない。まぁ、ライフル弾やAP弾になると防げないし、拳銃弾も貫通しないだけで装甲板が入ってるわけじゃねェから、着弾の衝撃はまともに身体に伝わる。撃たれるとマジで痛ェんだよふざけんな」
「…………」
「だから今は、正直言って立ってるのがやっとだ。ベレッタのトリガーすら引けるかどうか」
「そうか。そうだよなッ!」
 そうと知った瞬間、エコーはベレッタを満身創痍のアレッサの手からあっさりと奪い取ると、よろけた金髪メイドの左足を蹴って転倒させ、防弾服に守られていない眉間に銃口を向けた。
 そして――
 ざぎんっ!
「な……!」
 目一杯トリガーを引き絞る寸前、銀の煌きが目の前を走ったと思った途端に握ったベレッタのスライドが宙を舞い飛んでいた。スローモーションを見ているかのようにゆっくりとスライドが床に落ち、弾倉から溢れ出した弾薬がバラバラと散った。
「危機一髪、ナイスタイミング」
「馬鹿者。動ける間に相手の動きを拘束しておくのが常識ではないか。だから撃たれそうになったりするんだ、アレッサ」
「そう言うなよ、ディア。アンタが来るまでハッタリぶちかまして牽制するのが精一杯だったんだよ」
 ほう、と苦しそうなため息をついて、アレッサは赤く汚れたメイド服姿のクローディアにイタズラっぽい笑みを向けた。
「そうか、それはすまなかったな。私も似たようなものだ」
 ベレッタを愛剣の一閃で斬り飛ばしたクローディアも、深く息を吐き出してから剣を杖のようにして身体を支え、
「私も今のが最後の一撃だ。今朝、たまたまお前に借りた防弾エプロンドレスのおかげで身体に風穴を開けられなかったとは言え、これだけ手足に被弾してはさすがにもう動けん」
 言って膝を折り、剣を握る力も失って近くの壁に背を預けた。がらん、と滑り落ちた剣が床を叩く音が弱々しく響く。
「メイリンには感謝すべきか……」
「だな。さすがはあたしの嫁だ」
 くくっ、とアレッサが苦笑する。
 ――今朝、メイリンが水入りバケツを盛大にひっくり返し、アレッサとクローディアが頭からそれを被るという災難に遭った。ずぶ濡れになった二人は予備の工房メイド服に着替えることになったが、たまたまクローディアのエプロンドレスが洗濯中で予備がなく、そこでアレッサが自身の予備である防弾仕様のエプロンドレスを貸すことになり、その偶然がクローディアの命を救ったのである。ちなみにアレッサは荒事の矢面に立つことが多いので、年がら年中『防弾防刃仕様』の工房メイド服(注:特別製なので超お高い)を着用している。
「しっかしエコー、アンタはなんでまた会長の暗殺なんか受けたんだ? 雇い主は誰だ?」
 はう、と息をついて、アレッサは力を振り絞って起き上がり、グロックを拾う。そして震える手で撃てもしない銃を暗殺者に向けて訊いた。それが虚仮脅しとわかっているエコーは、嘲るような表情でアレッサの肩を軽く押した。それだけで金髪のメイドはよろめき、倒れこむ。
「暗殺者が依頼人の名を言うと思うか?」
「思わない。でもしゃべってもらわないとな。あたしらにこんだけやってくれたんだ、キッチリ返してやんねェと気がすまないんだよ」
「はっ、そのボロボロの身体で何が出来る? 俺は左肩を負傷しているが、まだまだ動ける。武器だってジャムったグロックの詰まった薬莢を排除すれば使える。お前が持っている俺の銃も使える。お前ら三人くらい今すぐにでも始末できるぞ」
 はは、と小ばかにした笑い声を上げ、エコーはアレッサの手からグロックを奪い取った。そして未だ無傷のメイリンに向ける。メイリンの手には例のティートレーがあったが、エコーは気にする素振りを見せなかった。
「……やめとけって。メイには当たんねェよ。あの子は幸運の神サマに溺愛されてんだ」
「かもしれんな。あれだけの奇跡を見せられては認めんわけにもいくまい。だが……」
 アレッサの忠告を無視し、エコーは開け放たれた窓のそばで立ち尽くすメイリンに歩み寄って、艶やかな黒髪の側頭部に銃口を押し付けた。メイリンは窓から逃げる時間があったにもかかわらず、恐怖のせいで震えて身動きが取れなかったようだ。
「これで外しようがない。だろう?」
 勝ち誇った顔で言って、エコーは笑った。
「ああ、確かに外しようがないな。その位置だと」
 アレッサもつられて笑い出した。しゃべるだけでも身体が痛いはずだが、壊れたおもちゃのように笑い続ける。さすがのエコーも不審に思い、眉根を寄せた。
「……何がおかしい?」
「だから、メイは幸運の神サマに溺愛されてるって言ったろ。それに……」
「?」
「あたしら工房メイドは、全部で『五人』いるんだよ。知ってんだろ?」
「? はっ――!」
 不敵なアレッサの言葉で、エコーはエントランスで扉の向こうに逃げたメイドを思い出した。後で始末すればいいと見逃した一人。
 ――そいつは今、どこにいる?――
 問いただすように金髪のメイドを睨みつける。しかし殺気に満ちたその鋭い視線を真っ向から嘲笑うように見つめ返されて――その目がエコーを見ているようで、微妙に焦点が横にずれていることに気がつく。アレッサは、エコーなど見てはいなかった。
「……っ!」
 背後の気配に弾かれるように振り向いたエコーは、全開の窓の外に立つメイドを目の当たりにした。
「フライパンは結構いい音がするんですよ。お聞きになられますか?」
 キッチンから持ってきたフライパンをフルスイングするローナを笑顔を見た直後、どぐげしゃっ! という不気味な音と強烈な衝撃を左頬に味わい、エコーの意識は無明の底へ落ちて行った。
「……あらあら。あまり美しくない音でしたね」
 うふふふ、と不気味な含み笑いを漏らし、よいしょ、と窓から室内に入ったローナは、気絶した無粋な客人にもう一発フライパンをお見舞した。
 今度は、カーンと冴え渡った気持ちのいい音が応接室に響き渡った。


「ふう……」
 装備をすべて剥ぎ取り、身動き一つ許さず声も上げられないようにエコーを縛り上げて、ローナは一仕事を終えたとばかりに息をついた。そして暗殺者を応接室に転がしたまま、エントランスで治療を受けているアレッサとクローディアの様子を見に部屋を出た。
 それから小一時間ほどは『医者』の手伝いをしつつ、負傷した二人は重傷だが命の危険はないと言われてほっと内心で安堵した。
「本ッ当に今日はツイてねェ。こんな大怪我したのに、ローナにオイシイところを全部持っていかれるし。まったく、怪我のし損だ。泣いちゃうぞ、マジで」
 ソファに横たわり、胴体を包帯だらけにされたアレッサが残念そうに呟く。
「ええと、こういうの何つーんだっけ……骨付きチキンで丸儲け?」
「骨折り損のくたびれ儲け、と言いたいのか?」
「そう、それだ。ディア」
 言ってアレッサは、同じく手足が包帯だらけのクローディアを指差した。普通なら手足を動かしたり会話することすら激痛でままならないダメージを負っているはずだが、この二人の異様なまでのタフさでそれを可能としている。もっとも、投与された鎮痛剤が効いているせいもあるのだろうが。
「しかし、『医者』が来るのが随分早かったな。いつ手配した?」
「アレッサさんが玄関で撃たれてすぐ、ですかね」
 答えてローナは微笑んだ。
 ローナが玄関ホールを離れる際に一瞬だけ見えた来客が、彼女の膨大な脳内データベースにある『暗殺者エコー』であることを知り、八重崎会長を狙ってやってきたこと、そして彼の腕前から推して他にも負傷者が出ることを予測し、離脱しながら知り合いの『ちょっと事情があっても秘密裏に治療してくれる医者』に連絡していたのである。そうでなければ今頃クローディアは外傷失血で、アレッサは内臓出血で危険な状態に陥っていただろう。
「ちゃっかり面倒にならない『医者』の手配もしてたし、ダイニングから工房の裏に回って窓からエコーをシバいたし……あれって誰かがじーさまを逃がすために窓を開けているはずだって確信してたからやれたんだろ? まったく、ローナの読みは恐ろしく当たるな」
 感心したように小さく息をついてアレッサが賛辞を贈ると、いえいえと『魔王』は謙遜した。
「何をおっしゃってるんですかアレッサさん。あなたが『お客様』の気を引いてくださったから、私がこっそり背後に陣取ることができたんですよ。読みが当たっていても、あの場面で私の存在に気づかれていたら、みなさん仲良くやられていたところです。ありがとうございました」
「……お前に感謝されるとなんかコワいんだが」
「失礼ですね。私だって感謝することはありますよ。そのくらいの常識は弁えているつもりです」
 と、いつもの笑みを浮かべたままローナが不満を漏らす。それがポーズだとわかっているアレッサは「はいはい」と軽く流した。
「クローディアさんも、ありがとうございました」
「いや、感謝するのはこちらだ、ローナ。おかげで命拾いした」
「いえいえ、礼には及びませんよクローディアさん。お二人に何かあると余計な面倒を背負い込むことになりそうでしたから、それを嫌って先手を打っておいただけですよ」
「それでも助かったことに変わりはない。ありがとう」
「……どういたしまして」
 痛むはずの身体を起こし、ぐっと頭を下げるクローディアに、戸惑ったような仕草でそう返し、ローナはふと顔をそらした。照れているのかそうでないのか、ミルクティー色の長い前髪の下にある本当の表情はわからない。だが、からかい半分のアレッサの言葉とは違って、本心から出たクローディアの謝辞に少なからず思うところがあったらしく、一瞬返答に詰まってしまった。
 しかしそれは感謝されて嬉しいといった感情ではなく、一番の立役者になって目立ってしまうのが嫌だからというヒネくれた理由だというから『工房の魔王』はなかなか複雑である。
「ところでメイド長とじーさまは? 『医者』に診てもらってんだろ?」
「医務室にいらっしゃいます。どちらも軽傷で、メイド長は今眠っていらっしゃるそうですが、大した事はないそうですよ。メイリンさんもついていますし大丈夫でしょう」
「それは重畳だナ。メイド長に何かあったら、依頼人を喋ってもらう前にじーさまの手でエコーが遠足へ行ってしまうところだ」
「アレッサ、それは認識不足というものだ」
 楽観的に笑う金髪メイドに、傷だらけの剣士はしみじみと言った。
「メイド長を蹴ったという事実だけで、その客人がただではすまないのは明々白々というものだ。なにせ、我が主と会長のメイド長に対する入れ込みようは他の例を見ない。今はメイド長が眠っているのでそのそばを離れることはないだろうが……」
「あー……そうだナ。どうしよう、依頼人を聞き出してどうにかしないと、また別なヤツが遊びにくるぞ。メイド長が目覚める前に尋問するにも、この転がし屋さんはぐーすか眠ってて起きないし」
 エコーがいる応接室の扉を目で指して、アレッサは眉根を寄せた。クローディアも無言のままうつむき、何も言葉を持たなかった。
「別に構わないのではないですか? 私の情報網を使って調べればすぐですよ」
「まぁ、アンタの情報収集力と人脈を使えばそうだろーけど。その労力に見合う報酬のアテはあるのか?」
 ローナの一言にアレッサが意外そうに反論する。
 ローナは基本的に、自身に利があるか、強く興味をそそられるといった『理由』がなければ行動を起こさない。それはひとえに『目立たない』ことを徹底した結果で、行動しなければ労力も金銭も消費せず注目されることもない、という彼女の持論から生まれた処世術である。したがって、彼女が積極的に行動する場合には、彼女を愉しませる何かがあるか、労力に見合う『ローナ基準の報酬』が得られるときのいずれかとなっている。例外は、今のところほとんどない。
 その性格をよく知っているアレッサが、ローナのその提案に疑問を持つのは至極当たり前だった。
「ひょっとしてじーさまからカネを引っ張るつもりか?」
「そんな、私を面倒臭がりの守銭奴みたいに言わないでください。私にだって帰属意識というものがあります。私のような半端者を拾ってくださった工房や、大恩のある八重崎会長に危害を加えようとしている者を、自分の利にならないからと放置するはずがありません。もちろん会長から報酬をもらうつもりもありませんよ」
「ローナ……よく言った。感動した」
 方々から『工房の魔王』と呼ばれ、極悪非道をヒトの形にしたようなローナの口から、そんな義理人情に満ちた言葉が出てくるとは想像すらしていなかったアレッサは、あまりの感動に思わずその蒼い瞳から大粒の涙をこぼした。
「やめてください、恥ずかしいじゃないですか。ともかく、私は工房のため、八重崎会長のために徹底的に依頼人を探しますよ。そう、徹底的に。その過程で依頼人とその周辺のお金の動きを調べていて、うっかり依頼人の預貯金が私の隠し口座に全額送金されてしまうアクシデントが起こるかもしれませんが、それは些細なことです」
「結局カネ取るんじゃねーか! あたしの感動を返せこの野郎」
 ぶんぶんと腕を振り回し、全身を駆け巡る痛みにもだえながらアレッサは声を上げた。まあまあ、とローナは包帯だらけの怪我人を落ち着かせる。
「アレッサさんにも、エコーさんにケガを負わされた慰謝料としていくらかお分けしますよ?」
「よし。やっちゃえ」
「了解です」
「お前ら……」
 なにやら即決で商談が成立した二人を見て、クローディアは軽い眩暈を覚えた。
「もちろん、クローディアさんの分もご用意させていただきますが」
「いや、私は要らないのだが」
「おいおい、ディア。あたしのベレッタをなます切りにしたことを忘れてんじゃねェだろうな? ちゃんと弁償してくれな?」
「あれは、お前が撃たれそうだったから仕方なく」
「斬ったことに変わりはねェ。あたしは自腹でもなんでもいい、弁償はキッチリしてもらうかんナ。安くねェぞ、あたしの銃は」
「…………」
 一歩も引かないアレッサ。考え込むクローディア。それをニヤニヤと見つめるローナ。
 それからしばし、沈黙が続いて――
「……ローナ」
「はい」
「私の分をアレッサの弁償に充てるように取り計らってくれるか」
 うめくように声を絞り出すと、アレッサとローナがニヤリと笑った。
「お安い御用です」
「よっし。すぐに本体とカスタムパーツを発注するわ。前から欲しかったパーツがあったんだよ。ローナ、どれくらいいける?」
「そうですね……」
 嬉々として相談を始めた二人をげっそりと見つめつつ、クローディアは深いため息をついた。
「……そういうやつらだと知っていたが、お前らはなんというか……」
 ひょっとしたら依頼人や殺し屋よりも、この二人のほうが余程危険なんじゃないだろうか。
 鎮痛剤でぼんやりした頭でそんなことを思いつつ、休息を求める身体の言うままに脱力し、傷だらけの工房守護剣士は目を閉じた。


     後編に続く・・・

 
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