2013/10/29

Regrets always comes later.

・「もっと早くやっておけばよかった…」と思うこと 人生の先輩としてなんか書いてけ・

 というまとめを見つけて、読んでいるうちに「随分前に似たようなまとめを見て記事にしたっけ」と思い出したものの、探しても見つからなかったのでよく調べてみると、「下書き」のまま公開されずに残っていました。記事を書いた時期は2012年5月。1年以上、下書きのまま眠っていたようです。
 なんで公開されていないんだろう――と思うこともなく、一目見た瞬間に「こいつはネガティブすぎて公開できなかった」ことがわかるものです。

 けどまぁ、似たようなまとめを読んでしまった後ですし、公開して後悔しちゃえ、と(笑

 以下、その「暗い記事」です。



 よく「やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい」と言いますけれど、やったら確実に後悔するってわかってて、しかも精神的・肉体的にかなりのダメージを負うとわかってても、あえてやって後悔することに何の意味があるのだろうか。
 どう考えてもやらずに後悔する方がダメージが少ないと考えられることに対しては、この言葉を使うのはよろしくないのではないかと私は思うのです。

 …とは言え、やった結果がどうなるか、それが明確にわかっている場合でない限り、予想とはまた違った結末を迎えることも有り得る話で、ひょっとしたらそれが予想以上に良い方向に動くことも無くは無いのでありまして。

 そうして微かな望みに託して、挑戦して…………何人の人間が散り、星になったか。
 希望って残酷ですよねぇ……


 なんというか、「絶望」ってひょっとしたら結構マシな言葉なんじゃないかなーとか思ったり。
 ままならない現実の中で抱く「希望」の脆弱さと、それに反するような"人を縛り付ける底知れない力強さ"は、まさに残酷としか言いようのないシロモノ。ある意味呪いに近い言葉じゃないですかね。

 「後悔」とか「絶望」とか、マイナスイメージの強い言葉ほど現実世界では優しい――そんなことをつらつらと考えてしまうのでありました。

 
 まぁ、「あんときやっときゃよかったー!」ってのを未だに引きずってるからこんな思考をしてしまうんでしょうけれどね。

 微かに可能性を感じていたけれど、それを信じ抜くだけの強さと自信がなかった。だから、何もせずにいた。
 その選択に、今、縛られてる。後悔という形で、10年以上も前のことに縛られてる。

 …なんであの時、動かなかったのか…と。

 動いてたら、思い通りになってたか?
 多分、ならなかった。
 なるはずがなかった。
 けれど、それでもよかったんじゃないかと思う。今は、そう思える。
 そこでどういう結果であれ決着がついていたら、こうまで引きずることはなかっただろうから。

 …そうか?
 動いてたら、なんであんな無茶をやったんだって、今でも後悔してるんじゃないか?
 自分の性格を考えたら、そうなっているはずだ。

 じゃあ……どうすればよかった?
 どうすれば。
 やろうがやるまいが後悔するなら、どちらでもいい。
 より傷つかない方を選べばいい。
 それは多分――動かなかった方だ。その結果が今だ。

 けど――
 どっちにしても、結構キツい。

 後悔は、したくないもんだなぁ……




・青春時代に「やっときゃよかった!」と後悔していること・

 とりあえずこんなスレを見なきゃよかったと後悔してます(笑
 ホント、学生時代は地獄だったぜ。フゥーハハハァーハァー!

 学校を卒業して、いろいろ見てきて、最強の処世術であると私が信じている「諦念」というものをかなりの高レベルで身に着けたと思ってたけれど、まだまだ足りないみたいだ(´・ω・`)




 以上、下書きのまま放置されていた記事でした。


 なんというか、この時と今とメンタル状態が全ッ然変わってないことに驚きですよ(笑
 いや、この時よりも「忘れる」ことと「諦める」ことができてるから、ある意味成長してると言えなくもない。
 ということにしておきます。

 
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