2013/03/30

短編小説『メイドの心は慈愛』 前編

 ――メイドさんを悪事に利用するなど天が許しても私が許さんッ!
    メイドの心は慈愛! そして主との信頼関係だ!
      それをなくしてメイド服を着る資格などないッ!――



 という一文を書きたくて書いた小説のはずなんですけど、どこにもこの文言が無いという(笑
 ちなみに「メイドさん」と「工房メイド」は似て非なるものなので、工房メイドには慈愛の精神を持ち合わせていないのがちらほら存在します。魔王とかトリガーハッピーとk;y=ー    ( ゚д゚)・∵. ターン


 本編は記事後半に。


 ・この作品はフィクションです。実際の人物、団体等は一切関係ありません・



 


 固く絞られた雑巾を水の入ったバケツに沈め、メイリンはたった今磨き上げたばかりの応接テーブルを満足げに見つめて一息ついた。工房エントランスホールの応接テーブルには一対の四人掛けソファも置かれているが、黒い革張りのそれも黒曜石のように掃除と手入れが行き届いている。
「んー……」
 エプロンドレスの肩口にかかる長い黒髪を背に跳ね上げ、もう一度掃除し残したところが無いかを指差しチェックする。メイド長――ヴィアーチェからは玄関口とエントランスホール、応接間はお客様の目に触れやすい場所ゆえ清掃は念入りにするようにとの通達が出ており、その為におよそ勤務時間の半分を費やすのがメイリンの主な仕事である。
「よし、大丈夫」
 満足のいく仕事ができたとメイリンは額の汗を拭って満面の笑みを浮かべた。
「そろそろ休憩の時間だよ、メイ」
「あ、アレッサさん」
 背後からの声にメイリンが振り向くと、そこには収穫前の稲穂のような黄金色をした金髪を頭の左側で縛ったメイドが立っていた。アレッサは切れ長の蒼い目で黒髪メガネの同僚と応接テーブルを交互に見つめ、すでに掃除が終わっていることを確かめると、メイリンが使っていた道具を手にして言った。
「キッチンに行ってお茶の用意をしてるローナを手伝ってやってくれ。片付けはあたしがやっとく」
「わかりました、お願いします」
 軽く一礼して、メイリンは小走りにエントランスホールを横切って――そこで、ゴンゴンとドアノッカーを叩く音がしたことに気づいて立ち止まった。アレッサは掃除道具を両手に持っているため応対できず、自分が出るしかないと思ったメイリンは方向転換して玄関のドアを開けた。
「こんにちは」
 まずメイリンの視界に入ったのは、紺色のスーツを着た中年男性だった。比較的がっしりとした体格でメイリンより頭一つ分ほど背が高く、笑顔でありながらどこか鋭さを持っている目をしている。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
 一瞬威圧されるようにわずかに身を引いてしまったが、厳しく指導された接客マナーを思い出しつつ、笑顔で一礼してからメイリンは言った。つい一週間ほど前に年配の来客にうっかりお友達感覚で接してしまい、メイド長からカミナリを落とされたばかりだったので、今回はきちんとしなければと緊張していた。
「ええと、我々はこういう者です」
 来客はスーツのポケットから黒革の手帳のようなものを取り出し、それを広げて見せた。『我々』と言われ、他にも誰かいるのかとメイリンが少し視線を外に向けると、グレーのスーツ姿の青年が中年の後ろに立ち、同じように手帳を広げていた。
「はぁ、警察の方ですか」
 メイリンが訝しげに答えると、二人は手帳を仕舞って用件を切り出した。
「こちらに『メイリン』さんという方がいらっしゃるはずですが、お会いできますか」
「……私ですが、何か」
「ほう。あなたがメイリンさん、でいいんですね?」
「はい」
 うなずいて、メイリンは警察が何の用なのだろうと思った。何となくこの中年刑事の雰囲気に嫌なものを感じ取り、無意識に警戒心を持った。物事を楽天的に考える傾向が強いお気楽天然娘にしては珍しい反応だった。
 その警戒心が表情に出たのか、急に中年刑事は一歩下がって笑みを深くする。
「ああ、申し訳ない。脅かすつもりはありません。少しお話を聞かせていただきたいだけです」
「話? 何の?」
 事態が理解できず、きょとんとしてしまって思わず素の口調が出てしまったが、刑事は気にするそぶりも無く続けた。
「ここ数日間のあなたの行動について」
「…………?」
 どうしてそんなことを聞かれるのだろう……とメイリンは首を傾げた。


 玄関先での刑事との立ち話を終え、ダイニングにやって来たメイリンは少し混乱していた。なぜ自分がテレビの二時間ドラマのようにアリバイを聞かれなければならないのか、その理由について何一つ思い当たることがなかったからだ。
「よぉメイ、遅かったな。さっきの客、なんだったんだ?」
 一足先にダイニングテーブルに着いていたアレッサがマカロンをもしゃもしゃ食べながら訊いた。他にも三人、同僚のローナ、同じくクローディア、雇い主である工房主も同様にお茶を飲んでいる。メイド長のヴィアーチェは実家の所用で一週間ほど工房を留守にしているため、今ここにはいない。
「胡散臭そうな連中だったけど、勧誘か何かか?」
 味なんてどうでもいいとばかりに手当たり次第に茶菓子を口に詰め込み、もしゃもしゃごくりと飲み下してからアレッサは質問を重ねた。メイリンは首を傾げながら少し考え、
「警察の人でした」
 と簡潔に答えた。一瞬でダイニングの空気が不穏なものに変わる。
「なん……だと……? おいおい、何をやらかしたんだ、マスター?」
 軽く硬直した後にジト目で工房主を睨み、アレッサは低い声で言った。工房主は心外だと肩をすくめる。
「何で真っ先に私を見るかな君は。私は何もしてないよ?」
「じゃあなんで警察が来るんだよ。アンタが何かやらかさなきゃ来るわけないだろうが。違うか?」
「私以外にやらかしそうなのがいるだろ、ここには」
 含みのある口調で言って、工房主はアレッサを睨み返す。が、アレッサには自分が問題児であることの自覚が無いのでその視線の意味に気づかない。
「誰を訪ねて来たんです?」
 紅茶をティーカップに注ぎ、それを着席したメイリンの前に置いて、ポットを銀盆に戻してからローナが訊いた。
「私の話を聞きたいと言ってました」
 他人事のように言って、琥珀色の紅茶が真っ白になるほどに練乳を入れてからメイリンはそれを一口飲んだ。多量の糖分のせいで歯が溶けるほど甘いが、それが彼女には丁度いいらしい。
「…………」
 その何気ない返答に、半ばまで顔を覆い隠す長いミルクティー色の前髪の下に浮かぶローナの表情が少し変わった。よほど気をつけて見ていないとわからない程度だったが、浮かべた笑みが深くなっていた。
「……何か、心当たりがあるようだな。ローナ」
 わずかなローナの表情の変化からそれを読み取ったクローディアは、無表情のまま手にしたカップを置いた。何にも興味が無いかのような鉄仮面のごとき不動の表情をしている彼女だが、他人の気配の変化には敏感に反応するよう訓練されており、剣による近接戦闘においてはその超人的な洞察力をもって相手の機先を制する戦法を得意としている。それは戦い以外の場所でも遺憾なく発揮され、喧嘩の仲裁などにも一役買うこともしばしばあった。
「ええ、まあ」
 自身でさえ気づかないほどの小さな表情の変化に、本人よりも早く気づいたクローディアの前で隠し事は無駄と悟り、ローナは素直に認めた。
「ですが、私の心当たりを話すよりは、当事者のメイリンさんにお話しいただく方がいいと思いますよ」
「……そうだな。メイリン、話してもいいと思うなら話してくれないか」
「別に構いませんけれど……」
 と承諾するにはしたメイリンだったが、クローディアが個人の事情に踏み込んでくることは今までほとんどなかっただけに、今の態度に違和感を覚えた。ローナと違って考えていることが表情に出やすいメイリンの内心を察したクローディアは、普段から半眼気味の青い瞳をさらに細くして視線を横へ動かした。
「いや、私の反応に戸惑うのはわかる。だがな……」
 普段はハキハキと物を言う『工房の守護剣士』が言葉尻を濁し、ちらりと横目を向けた先には――工房主とアレッサがいた。
「メイリンが事情を話さなければ、あの二人の不毛な言い合いが終わらんのでな」
「ああ、はい、そういうことですか……」
 先ほどからずっと「アレッサが何かをやらかしたから」だの「アンタなら何かをやらかすとあたしは信じてた」だのという、小学生の口喧嘩のような低レベルな言い合いを続けている二人を、げっそりとした顔で見ながらメイリンは大きなため息をついたのだった。


「引ったくりメイド?」
 アレッサは心底不思議そうな顔でローナの口から出た言葉を復唱した。
 メイリンが警察に訊かれたこと、それに対する返答を全て話し終えた時点では、彼ら刑事がメイリンのアリバイを確認するためにやって来たということ以外にわかることはなかった。そこにローナの心当たりを加えると、「引ったくりメイド」という単語に行き当たったというわけである。
「なんだそれ?」
「そのままの意味ですよ。引ったくりをするメイド、です。近頃、この付近で多発しているそうです」
 ローナの返答に、へぇ、と関心なさげにうなずいて、アレッサは紅茶をひと口。
「で、それとメイに何の関係があるんだよ?」
「メイリンさんが容疑者にされている、というのが一般的な結論ですね」
「あー、なるほど。メイは通勤も買い出しも、ずっと工房メイド服のままだからな。この界隈じゃ『メガネのメイドさん』と言えばメイだと誰でもわかるくらい知られてる。で、そんだけ親しまれてて知名度のあるメイがそんなことするわけねぇだろ。バカバカしい」
 ばっさりと切り捨てたアレッサに同調して、工房主とクローディアも無言でうなずく。
「大体、メイド服なんてモノを着て引ったくりなんかしたら、逃げてるときに目立って仕方ないだろうが。全力疾走するメイドなんて珍しいモンを一目見りゃ、どんなバカの記憶にだって残る。そんな目撃者てんこ盛り状態だったらあっさり御用でお縄頂戴だろうが。……ま、あたしなら目撃者がいくらいようが逃げ切る自信はあるけどな」
 はん、と呆れたため息をついてアレッサは肩をすくめる。それもそうですね、と同意しつつローナは小ばかにしたように、
「けれど、まだ犯人が逮捕されていないからこそ、メイリンさんのところへ刑事がやってくるのですよ」
 とアレッサの意見を鼻で笑った。
「……まぁ……そうだナ」
 その態度に若干ムカついたアレッサだったが、口論ではまず勝てないとわかっている相手だけに、言い返すのは無駄だと思って素直に認めることにした。元傭兵という瞬間の判断に命がかかる生き方を長年強いられてきた経歴を持つため、頭の回転はアレッサもめっぽう速い方だが、ローナはそれにブーストをかけてさらに階乗したような速度を叩き出すほどの異次元レベルである。
「しかし、警察がここへ来たとなると少々厄介なことになるな」
 メイリンの話が始まってからずっと黙していたクローディアが神妙な顔つきで呟いた。
「厄介? どういうことさ、ディア?」
「わからんか、アレッサ。警察がここへ来たということは、メイリンが容疑者だと思われているということだ」
「いや、それはさっきローナが言ったろ。何を今更」
 万年無表情剣士が何を言いたいのかわからず、アレッサは眉間にシワを寄せた。そういうことではない、とクローディアは首を振る。
「警察が容疑者だとアタリをつけているのは、単に普段からメイド姿だということ以外に多少なりとも根拠があるからだろう。その根拠が本来まったく無関係なメイリンを疑わせている――つまり、この引ったくりの犯人は意図的にメイリンに罪を着せようとしているということではないのか。犯人がメイド服という目立つ格好をしているのも、メイリンの普段の姿から罪を擦り付け易いと考えたからではないか」
「ご苦労様、無駄な努力だな。メイの近隣住民からの可愛がられ度合いはすげぇんだぞ。バブル期に複数人のオトコと当番制で付き合ってたおねーちゃん並みのレベルだ」
「……アレッサってたまに微妙な例えを持ち出すよぎゅ!」
 茶々を入れる工房主に、エアガンで眉間に一発食らわせ黙らせて。
「そんなことしても『メイが犯人だ』なんて言う人はいないよ。やってない以上は物証が出るはずもないし、ほっといてもそのうち警察が逮捕するだろうから問題ないんじゃないか?」
 くるくるとベレッタを手の中で回してからホルスタに戻し、アレッサは面倒くさそうに眉根を寄せた。うむ、とクローディアが黙考し――
「――人の信頼を得るのは難しいが、失うのは容易い。この意味がわかる? アレッサ」
「あ?」
 言ったのはクローディアではなく、撃たれた眉間をさすりながらの工房主だった。アレッサは意味はわかるが何が言いたい、と問い詰めるような視線で主を見返す。
「このまま放置して『引ったくりメイド』が犯行を重ねたら、そのうちメイリンに対して『ひょっとして』と思う人が出ないとも限らないんだよ」
「だからそれは」
「アレッサの言いたいことはわかるよ。メイリンに限ってそれは無い。無いけど、じゃあメイリン以外はどうなんだろうって話さ。そうなったら工房メイドの誰かが疑われる可能性だってある。正直、ウチは世間的に見て怪しい集団だ。少しでも疑わしいところがあれば疑念は一気に広がる。それは工房にとって歓迎できない事態だよ」
「確かにそうですね」
 工房主の意見に同意してうなずいたのは、意外にもローナだった。
「メイリンさんの人柄や八重崎という名前で守られている部分はあるにせよ、この工房は少々毛色が違う存在であることは否定できません。なにせ引ったくりをしても逃げ切る自信のあるメイドさんがいますし、近隣の疑心暗鬼を煽るというのは無い話ではありませんね」
「う……」
 ニヤニヤと笑うローナに手痛いジャブを食らわされて眉根を寄せるアレッサ。自慢のつもりで余計なことを言ってしまったと少し後悔する。
「しかし主殿。放置はできないと言うが、実際問題、警察に任せる以外に何をするつもりだ?」
 カップの冷めた紅茶を一息に飲み下し、クローディアが問いを投げかけた。工房主はしばし宙を見上げて黙したが、やがて視線をテーブル中央に戻した。
「具体的に何をするってのはまだ考えてないよ。でも、警察がメイリンを容疑者だと考えてるってことは、真犯人にまんまと騙されている状態ってことだ。だから、きっとまた『引ったくりメイド』は現れる。メイリンか、工房メイドが犯人だと疑われるようなやり方でね。そうなったら手遅れだよ。だから――」
 と言葉を切り、いつに無く真剣な表情で一同を見回した後、言った。 
「私たちで、犯人を――狩る」



          後編に続く…





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