2013/04/05

短編小説『メイドの心は慈愛』 後編

 荒唐無稽な小説ですので、お気楽に、テキトーに読み流してやって下さい。


 前編を未読の方はこちら
 本編は記事後半で。



 ・この作品はフィクションです。実際の人物、団体等とは一切関係ありません・

 


 数日後の、とある住宅街のとある路地。
 近くには工房メイドが食品などの買い出しに利用している商店街やスーパーマーケットがあり、正午前から夕刻にかけての人通りはそれなりに多い。その人通りの内訳は、九割以上が買い物に出掛けて帰宅する主婦層で、残りは散歩している老人である。住宅街の近くには大きめの駅があるが、ここは通勤ルートでもなく通学ルートでもないため、日中の通行層が限定されている、ある種特異な路地がいくつもあった。
「……いつも通る道なのに、なんだか違う場所みたい」
 ひったくりメイド捕獲作戦第一段階のキーとなるメイリンは、見慣れているはずの路地を歩きながら奇妙な違和感を覚えていた。
 工房から商店街へ向かうために通る道はその特異区画を横切っており、メイリンは買い出しを担当している日――二日に一度の頻度でその道を工房メイド服姿で歩いている。犯人はその慣習を利用し、メイリンがその場所を通るタイミングを見計らってメイド姿で犯行を繰り返しているのだった。
『普段どおりにしてりゃいいんだよ、メイ』
 と、不安がるメイリンの長い黒髪に隠して装着している小型の無線機からアレッサの声が届いた。
『メイの任務は、いつもどおりの道を歩いて、いつものように買い物して、普段と変わらず工房に帰ることだ。オーライ?』
「わかりました」
 無線に答えて、メイリンは無用な不安を消し去るように顔を上げて元気よく歩き出した。時折電柱に設置された防犯カメラが目に入るが、それは見ないようにしろと言われているので、不自然にならないようにうつむいたり目をそむけたりした。そこは高校時代に演劇部で三年間を過ごした彼女の本領発揮である。
 ――どうしてカメラを見ちゃいけないんですか?――
 という質問をしたとき、ローナは「犯人が見ているから」と答えた。
 犯行に及ぶタイミングで他の場所にいるメイリンが誰かに目撃されていたら、引ったくりメイドとメイリンは別人であることが証明されてしまい、犯人の『メイリンに罪を着せる』という目論見が崩れてしまう。それを防ぐにはメイリンの行動と周囲の状況を把握しておく必要があり、それを可能にするのが住宅街や商店街のいくつかのポイントに設置されている防犯カメラの映像である。この区域を管轄する自治体が防犯カメラの映像をインターネットを通じてライブ配信しており、映っている人の顔や車のナンバーなどは読み取れない低解像度ではあるものの、誰にでも閲覧できるようになっている。それを見ればメイド服という低解像度でも目立つ格好をしているメイリンの現在位置と周囲の人通りは把握できる。
 よって、メイリンが防犯カメラを気にする仕草を見られると、犯人に作戦を気取られる可能性があるので禁止したのだ。
『しかしローナ、犯人は随分都合のいい条件を上手く揃えてるんだな。事件発生件数は十二件だっけか、よくもまぁそんなに上手く何度も条件を揃えられるもんだと感心するよ』
 とアレッサの通信が飛ぶ。ローナ、クローディア、工房主がそれぞれの配置でそれを聞いていた。今だけは通信を聞かせて余計な反応をされないように、メイリンへのチャンネルは閉じられているが。
 それはですね、とローナは作戦の第二段階開始までの待ち時間をつぶすかのように解説を始めた。
 犯人にとって、犯行に必要とされる条件はいくつかある。
 まず、メイリンが犯行現場のそばにいること。
 犯行現場に選んだ場所が防犯カメラに映らない場所であること。
 その場所に引ったくりしやすい標的が一人でいること。
 逃げる犯人を追いかけようとしない(できない)標的であること。
 犯人自身がメイド服で移動しているところを目撃されないこと。
 犯行中と逃走中にメイリンが防犯カメラに映らないこと。
 逃走方向はメイリンの進行方向であること。
 少なくとも、これらの条件が満たされなければ成立しない。加えて今はメイリンに警察の監視がついてきている。それをも排除するという好条件を上手く揃えられるように手を回せるものだろうか、というアレッサの疑問ももっともである。
 それに対するローナの言葉は、簡単そのものであった。
『条件を揃えているのではなく、たまたま条件が揃ったときに犯行におよんでいるだけです。だからこその成功率なのですよ』
『……つまり、ひたすらに条件が揃うのを待っているってことか? ヒマなヤツだな……』
 やれやれ、とアレッサのため息が漏れる。
「えっと、着いたんですけど、私は普通にお買い物すればいいんですよね?」
 メイリンは商店街の入り口に立ち、確認のために指示を仰ぐ。
『ああ。メイは普段どおりでいいんだよ。作戦のことは気にせずに買うもの買って工房に帰ればいい』
「わかりました」
 アレッサの返答にうなずき、いつもどおりに顔なじみの店主や買い物客に挨拶しながら買い物を始めたのだった。


 用事を済ませたメイリンが商店街を出て帰路に着いたのを目視した工房主は、第二段階の開始を告げた。ここからが本番、一同に緊張が走る。
 まず工房主がメイリンが帰った後の商店街で、ひそかに買い物客に協力を仰いで住宅街を意図的に人が少ない状態にする。メイリンの容疑を晴らすため、という名目での協力要請は驚くほどあっさりと受け入れられた。この商店街におけるメイリンの信用度と可愛がられように工房主は涙した。
 次にローナがメイリンを尾行している刑事の足止めを行う。メイリンに余計なおまけがついていては犯人が動かない可能性が高いからである。実際、刑事が工房を訪ねてきた翌日からは犯行がピタリと止んでいた。その日から尾行がつき、刑事がメイリンのアリバイ証明者となっていたからである。それを排除すべく、外国人然としている外見を利用して旅行者を装い、外国語――まず警察関係者が習得していないであろう言語で道を尋ねる作戦を決行した。効果は抜群、商店街の出口付近で二人の刑事は動けなくなった。さらに工房主から事情を聞いている世話好きな商店街の店主たちも押しかけ、ああでもないこうでもないとやり取りに割り込み、刑事を取り囲んでくれた。
 続いて、買い物帰りの老齢の主婦に変装したクローディアが引ったくりに遭いやすい格好でバッグを持ち、人払いを済ませた路地を歩く。平たく言えば囮である。仮にバッグを引ったくられた時に倒れても、体術に秀でた彼女なら受け身を取ってケガをすることもないのでこの役目を任せられた。被害者の追跡を怖れる犯人に警戒されないように腰を曲げて老齢を演出し、ゆっくりと歩いて犯人を待つ。
 アレッサはローナが予想した犯人の逃走経路の先に潜伏し、犯人の顔がわかる写真の撮影と尾行の役目を担っている。尾行で犯人の潜伏場所を突き止めた後は、警察に通報して任務終了となる。
 以上が工房主が立案し、ローナが監修した今回の作戦内容である。
 この作戦の最大の問題は、犯人がクローディアを襲うかどうかという点だが――
「心配無用です。滅多に揃わない条件が揃うのですから、必ず動きます。メイリンさんに尾行がついていないときに事件が起これば、ますますメイリンさんが怪しいと警察は考えるようになるでしょう。それは犯人にとってこの上ない好都合です」
 とはローナの弁。犯人の動機はともかく、目的が『メイリンに濡れ衣を着せる』ことである以上、このチャンスを逃すとは考えにくい。それが罠であると気づかれる可能性も、ローナの予想ではほぼゼロだった。
「今まで偶然に偶然を重ねたタイミングで発生する条件を頼りに犯行におよんでいる犯人が、偶然できあがった状況と用意された状況との区別をつけられるとは思いません。必ず食いついてきます」
 工房の魔王……もとい、工房の頭脳がはっきりとそう言い切った以上、他の者はそれを信じて行動するしかない。解釈次第では正反対な意見にもなり得る言い回しを好み、言葉で他人を弄するのが三度の飯より若干好きなローナだが、絶対に嘘は言わないというのが彼女の矜持である。他に解釈のしようがない物言いをしたときは、それは紛れもなく真実であり彼女の本心である。
「……かかったぞ」
 メイリンが住宅街の半ばに差し掛かった頃、鍛え抜かれた鋭敏な感覚で背後にただならぬ気配を捉えたクローディアは、犯人が食いついたこと悟った。
 小さく無線で合図を飛ばし、そのまま気づかない振りをして無防備に歩き続けた。
 足音を意識的に消した駆け足が近づいていた。あと五歩、四歩、とゆっくり間合いを詰め、獲物に手が届く距離に入った瞬間に、犯人は大きく足を踏み出して加速した。伸びた手がバッグに掛かり、追い抜かれざまに慣れた手つきであっさりと奪われた。クローディアは買い物のビニール袋の中身わざとらしくばら撒きながら倒れて受身を取る。道路に転がるジャガイモやタマネギの向こうに見えた犯人の背は、工房メイド服に似た薄紫のドレスと白い肩フリルに包まれていて、艶やかな長い黒髪が走るリズムに合わせて踊っていた。あれではメイリンだと間違われても仕方がないと思いつつ、犯人が十字路を三つ直進し、次の三叉路を右に曲がったのを見届けた。
『行ったぞアレッサ。想定どおりだ』
「オーライ、こっちで視認した。撮影する。……って、随分とマッチョなメイだなオイ」
 曲がり角から向かってくる犯人を物陰から一目見た瞬間、アレッサはそんなことを呟いていた。工房メイド服を着て長い黒髪をしているが、顔つきは明らかに男のもので、背はそれほど高くはないのにやたらにガタイがよく見えた。今まで走って逃げ切っているのだからある程度の筋力を持った人物だと予想はしていたが、まさかメイリンとは似ても似つかない筋肉質な男とはアレッサの予想を超えていた。
「と、呆れてる場合じゃなかった」
 道路を風のように駆けてくる犯人が潜伏場所の前を通り抜けた瞬間に物陰を飛び出し、一瞬にしてトップスピードに乗せたアレッサは、百メートル走で一着を争う陸上選手のように犯人と併走した。
「やぁ、ご精が出ますな。お疲れでしょう、ちょっと休みませんか?」
「な……っ?」
「この先はどうせ行き止まり――デッドエンドだ」
 にこやかに挨拶して、いきなり現れた金髪メイドに表情を強張らせた犯人の足を満面の笑みで蹴り飛ばした。全力疾走しているところを蹴られ、足をもつれさせた犯人は受身を取るヒマもなくもんどりうって頭から倒れる。そのままの勢いで胸と顔を地面でガリガリ削り、名古屋城のてっぺんにおわす金色のアレを思い起こさせる仰け反りっぷりを披露しながら停止した後、動かなくなった。
「は~い、撤収~」
 よいしょ、と気絶した犯人を軽々担ぎ上げたアレッサが誰にともなく言うと、通りの向こうからローナが運転する黒い軽バンがやってきてスライドドアが開いた。そして犯人を後部座席に投げ込んだ後にアレッサが乗り込むと、何事も無かったかのように走り去っていった。


 ズキズキと顔が痛む――その感覚が少しずつ鮮明になっていき、犯人はハッと気づいた。
 見慣れない薄暗い部屋と痛む顔、動かない手足。目覚めてまず認識したのがその三つだった。どうやら肘掛のある椅子か何かに座っている、ということは自身の姿勢でわかったが、手足が動かないのはどういうことだと視線を落とした。そこで目にしたのは、白いロープで自分の手と足が肘掛と椅子の足に縛り付けられている自身の状態だった。ぐっと力を入れてみたが、ロープが切れるどころか緩む気配すらない。完全に身動きを封じられていた。
「あー、起きた?」
「っ!」
 背後からの女の声にびくっと身体を震わせ、頭だけを後ろに向ける。しかし椅子に拘束されているせいで真後ろが見えず、声の主を視認することはできなかった。
「な、なんだここは? なんでこんなところに……」
「ここはとある施設の地下室。なんでここにいるかは、アンタがよく知ってるはずだ」
「施設……? 俺をどうする気だ?」
「それは、アンタ次第だよ。五体満足で帰るのも、ここで終わるのも、アンタの返答次第」
「……返答……? 何のことだよ」
「もちろん、あなたのやったことに関して、ですよ」
 と、先ほどとは違う女の声が答えた。この声の主も背後にいて、犯人からは見えない。相手が見えないということが不安と焦燥を倍増させる。
「単刀直入にお訊ねしますが、どうしてその格好で引ったくりをしようと思ったのですか?」
「ひ、引ったくり? 何のことだかわからないな」
「否定なさいますか。ではそのメイド服で住宅街を全力疾走していたことについてはどう説明を?」
「メイド服?」
 犯人が視線を落とすと、汚れたエプロンドレスと薄紫色のスカートが見えた。そうだ、メイド姿で引ったくりをして、逃げているときにいきなり隣に金髪のメイドが現れて蹴られたんだった、と思い出す。
「…………」
 そういえば最初の女の声がそのときの金髪に似ている、ということに気づいた。もし後ろにいるのがあのときの金髪なら、まんまと罠に掛かって工房メイドに捕まったのだということを意味する。
 しかしどうして罠を張れる? 慎重に慎重を重ねて行動していたのに、どこでアシがついたのか。
(いや、今はそれより……)
 少なくとも犯行現場は見られていないはずで、ここはシラを切るしかないと犯人は思った。
「こ、これは……俺は女装してメイド服で全力疾走するのが趣味なんだ!」
「なるほど。なかなかユニークな趣味をお持ちですね」
「……え? ツッコミ無し?」
 と思わず口走ってしまう犯人。その程度はこの八重崎工房において『異常』と判定されないことを知らない犯人からすれば、さぞかし奇異に思えたことだろう。
「しかし、引ったくりを趣味にするのは褒められたことではありませんね」
「だから。何のことだよ。さっきから俺が引ったくりをしたみたいに言いやがって、証拠でもあるのか?」
 あるわけが無い。防犯カメラに映らないように場所を選んでいるし、手袋をしているので指紋も残らない。顔を見られるようなヘマもしていない。
 否定し通せば問題はない――と犯人は思った。
「警察に提出できるような証拠はありません」
 女は、あっさりとそれを認めた。
「ですので、ご自身で罪を認め、警察に自首していただければと」
「やってもいない罪で自首しろって? 寝言は寝て言えよ」
 お話にならないとばかりに犯人は笑った。頬の傷が少々痛むが、それ以上におかしさで笑いが止まらなかった。
 それにかぶせて、うふふふ、と女も笑う。
「私の言ったことを理解なさっておられませんね」
「何だ? 何を理解してないって?」
「私は『警察に提出できるような証拠はない』と申し上げたのです」
「……?」
「つまり、こういうこった」
 と、最初の女――金髪の声がして、犯人に見覚えのある写真が目の前に差し出された。さあっ、と瞬時に血の気が引くのを自覚する。
「これはアンタの部屋の写真だ。で、こっちがアンタの部屋から発見された、今まで引ったくられたバッグやら財布などなどの写真。でもってこれがそのメイド服を作るためにネットの手芸屋で生地を買ったときの取引履歴。ついでに黒の長髪カツラの発注書もある。工房メイド服はフルオーダーメイドの一点モノだから既製品じゃ間に合わなくて、自分で研究して作ったんだろ。わざわざミシンまで買っちゃってご苦労なこった」
「な、なんでそんな写真が……」
「あたしらを見くびってもらっちゃ困る。この程度の情報収集は朝飯前、大した労力でもないんだよ。アンタの名前も生年月日も住所も知ってるし、家族構成はもちろん交友関係も知ってる。どんな趣味を持ってるかも、パソコンの中にあるエロ動画の数と種類も、今までどんな暮らしをしてきたかも――全部わかってんだよ」
「嘘……だ」
「そう思うか? じゃあ試そうか。アンタの名前は――」
 金髪が口にした名前を聞いた瞬間、犯人の身体が跳ね上がった。続けて住所、生年月日、家族の名前を読み上げ、ついでにお気に入りフォルダに分別したエロ動画の内容まで――その全てが合っていた。血の気が引くという表現が生温いほど、全身から体温が消え失せて凍りつくような気がした。
「そういえばアンタの妹、今年から大学生なんだったな。すごいな、一流国立大学だよ。将来の夢は検事だって?」
「…………」
「すっごい努力したんだろうな。相当勉強してないと入れないんだろ、その大学。将来が約束されたようなもんじゃねーの? ……余計な茶々が入らなければなあ」
「……俺を脅す気か?」
「は? 何言ってんだお前?」
 どう考えても脅しているとしか思えないが、金髪はそれをすっとぼけて見せた。
「あたしらはちょいとばかりアンタの話が聞きたいだけさ。最初にそう言ったろ」
「話?」
「はい。私たちは、あなたがなぜ工房メイドに罪を着せようとしたのか、その理由をあなたの口から聞きたいのです」
 もう一人の女はそう言って、小さく含み笑いを漏らした。この二人の女は相当に性格が悪い、と犯人はしみじみ思う。
「それも、もう知ってるんだろ。その口ぶりだと」
「ええ、まあおおよそは。ですが、あなたが話したものでないと、録音しても証拠にならないので」
「…………」
 公的ではないが言うことを聞かせるには十分すぎる情報を使い、公的に通用する証拠を作り出そうとしている――ということか。
「拒否は……できないんだろうな。エロ動画……じゃなくて妹のこともあるし」
「ご理解が早くて助かります」
 言葉遣いは丁寧なのになんとも嫌な感じの女だ、と脱力しながら犯人は思った。
「この格好で引ったくりを始めた動機は、ただの憂さ晴らしだ。もう知ってるだろうが、俺はこの春に大学を卒業するが就職は決まっていない。それはもう、何十社の面接を何度受けたかわからない。けれど、受からなかった。特に、八重崎グループ関連の会社は書類選考すら通らなかった。書類だけで人の何がわかると言うんだ? 顔をあわせて話をしなければわからないことだってあるだろう。だが、面接にこぎつけることはできなかった。それが、この上なく腹立たしくてな。……だから、八重崎グループに一矢報いてやろうと思った。けれど、グループはあまりにも大きすぎる。俺なんかが何をしたところで、痛くも痒くも無いだろう。しかし、俺でも打撃を与えられるところがあった」
「それが、工房ですか」
「八重崎工房のメイドが引ったくりをやったなどと、そんなニュースが流れれば、グループに少しはダメージを与えられる。そう考えて、俺はメイド姿で引ったくりをやろうと決めた。上手く罪を擦り付けられる方法を考え、それを実行し続けた。警察が工房メイドを疑い始めたのを知ったときは、してやったと思った。あともう一押しで、上手く行くはずだったんだ……」
 それがどうしてこんなことになったのか。
「悪いのはグループだ。やつらが俺にこんなことをさせたんだ……!」
 犯人はぐっと奥歯を噛み締め、縛り付けられた足で地団太を踏んだ。
「冗談だとしても笑えん一言だ」
 先ほどの二人とも違う、三人目の女の声が犯人の背に鋭く刺さった。気配も何も無く、突然現れたその存在に犯人の鼓動が跳ね上がる。抑揚の無い淡々とした口調だったせいか、幽霊か何かではないかと錯覚しそうになった。
「全て貴様の身勝手が引き起こした逆恨みではないか。よくもグループが悪いなどと言えたものだな」
「逆恨みだと? 今の話でどうしてそんな結論になると言うんだ!」
「自覚が無いのか? これは重症だな」
 ふむ、とため息をつき、三人目の女は黙した。
「ここに、あなたの履歴書があります。間違いありませんね?」
 含み笑いの女は一枚の履歴書のコピーを犯人の膝へ乗せた。どこで手に入れた、とは訊かなかった。この状況では愚問でしかない。
 女は沈黙を肯定と受け取ったか、さらにもう一枚の履歴書のコピーを置く。
「その二通の履歴書ですが、同一人物のもののはずですのに、内容が少し違うように見受けられますね。具体的には、取得資格の欄です」
「就職に有利な資格を持っているだけのことだろう。それのどこがおかしい?」
「おかしいことだらけです。取得には数年の実務経験が必要な資格が複数記載されていますが、それについて何かお話しいただくことがあると思うのですが」
「は、そんなこと……」
 何をバカなことを、と鼻で笑い、
「就職活動は所詮騙し合いだろうが。自分を良く見せて、建前を並べて、芝居をして、それで人事の心証を良くして、結果的に内定が取れればいいんだよ」
 犯人はキッパリと言い切った。
 しん、と室内が静まり返り、犯人のドヤ顔が妙に眩しく誇らしく見えた。対して、女三人は言いようの無い微妙な表情で硬直していた。永遠にも似た刹那が過ぎ、最初に我に返った金髪がジト目でぽつりと呟く。
「……キミはアホの子なのか?」
「どういう意味だ?」
 自身の主張をバッサリと切って捨てられ、犯人はムッとして問い返した。
 金髪と残る二人の女は互いに顔を見合わせて、訓練したかのようにキレイにハモってため息をついた。
「就職活動が広義で『演技の場』であるという意見は否定しませんが、書類に嘘を書くのはそれ以前の問題です。どう考えても大学在学中に取得できない資格を所持しているかのように履歴書に記入するのは、演技の舞台に立つ権利を自ら放棄しているに等しいのです」
「何をバカな。嘘も方便ということわざを知らんのか?」
 悪びれもしない犯人に、再び息の合ったため息が一つ漏れる。
「では、一つ質問しましょう。あなたが会社の社長だったとして、雇ってくれとやってきた求職者の履歴書に明らかな嘘の記述があるとわかった場合、どうなさいますか?」
「そんなヤツは信用できないから雇わない。当たり前だ」
「では、ご自分が八重崎グループに書類審査で弾かれている理由はおわかりでしょう。そしてその件に関してグループを恨むのは筋違いということも」
「わからんな」
「やっぱりアホの子だ、こいつは」
 金髪は話にならないとばかりに肩をすくめた。
 工房メイドに罪を着せるための周到な計画を見るに、人並み以上の知恵と行動力を持ち合わせているのだが、犯人には決定的に常識と自身の行いを客観的に見る視点が欠如していた。
「もういいだろ、この辺で本題に入ろうぜ」
「そうですね。動機もわかりましたし、後は本題だけですね」
 金髪の言葉に含み笑いの女が同意し、犯人の正面に立った。ミルクティー色の長い前髪で顔を隠したメイドだった。目元の表情がわからない分、始終口元に張り付いた笑みが、薄暗い室内の不気味さも手伝って酷く恐ろしいものに見えた。
「動機を伺った結果、私たちがあなたに求めるのは一つです」
「…………」
 警察へ自首しろ――という言葉を覚悟する犯人。この状況ではそれもやむなしと思うが、妹のことを考えると警察だけは勘弁してもらえないかとも思う。自分が逮捕されたとなれば、否応にも妹が置かれる状況が酷くなるのは火を見るよりも明らかだった。
 ここで初めて、自分のしたことの重大性に気づいた。しかし、手遅れである。
「俺にどうしろと……?」
「Go to hell.」
「っ!」
 チャキ、と金髪が手にした銃を眉間に向けられ、犯人は目を見開いた。この日本で本物の拳銃など滅多に手に入るものではないと頭では理解しているが、いろんな意味で規格外、常識外の工房メイドを相手にしていると、目の前に突きつけられている冷たい金属の塊が紛れも無い本物だという気がして、全身の震えが止まらなくなった。冗談のような現実に意識が混乱して平衡感覚すらも失いそうになっていた。
 その様子を心底楽しそうな顔で眺め、金髪は銃の撃鉄を起こした。きゅうっと細められた蒼い瞳はどこまでも本気だった。
「ジョーク……だろ?」
「いんや? 本気さ。大体、あんなクソつまんねェ自分勝手な理由であたしの嫁に罪を着せようとしておいて、警察に逮捕されて終わりとか虫が良すぎンだよ、この野郎。そんなもんであたしの気がおさまると本気で思ってんじゃねェだろうな? それとな、この工房は八重崎っつー名を冠してるが、八重崎グループとは会社としては何の関わりもねェんだよ。だからいくら工房にちょっかい出したところでグループがダメージを受けることは塵に一つもねェ。まるっきり無駄だったんだよ」
「…………そんな……」
 その言葉に、がくり、と犯人の肩が落ちた。
 実のところ工房と八重崎グループとの関わりは大いにあるのだが、会社としての接点が無いというのは事実なので、金髪は嘘を言っているわけではない。孫娘が働いている工房の支援を、八重崎グループの会長が個人的に私費で行っているに過ぎない。
「無駄、だったのか……」
 茫然とした目で暗い天井を仰ぎ見て、犯人は自嘲するように小さく笑った。
 その震える肩を満面の笑顔でぽんぽんと叩き、金髪は言った。
「ま、そういうわけだ。諦めて眉間に風穴開けようぜ。あたしはやったことないけどな、多分かなり涼しいぞ。夏場は快適なんじゃないかな」
「なんで……たかが引ったくりで……なんで死ななきゃならないんだ……」
「たかが、で済ますには相手が悪かったということです。心から反省してください」
 髪で顔を隠したメイドは諭すようにそう言って、金髪に合図した。
「そーゆーこった。じゃあな」
 短い挨拶を残し、金髪の指が動いてトリガーを引いた。
 ばんっ! と銃が轟音を立て、犯人の眉間に衝撃が抜けた。同時に意識が吹っ飛ばされて暗くなり、程なくして完全な闇の中に落ちた。


 ――かくして、引ったくりメイド事件は幕を閉じた。


「……まぁ、こんなもんか」
 アレッサは新聞のローカル記事の『引ったくりメイド捕まる』との見出しを眺めつつ、気の抜けた声で呟いた。
 いくらメイリンに罪を着せようとされて怒ったトリガーハッピーのアレッサといえど、本当に犯人を撃って絶命させるはずもなく。至近距離で頭に受けると気絶する程度の威力に抑えた空砲で眠らせ、そのまま犯人の自宅に運んで警察に通報するにとどまった。メイリンを疑っていた警察は、自称目撃者の通報で犯人の家へ行き、明らかな証拠品とともに眠りこける犯人を発見、事情聴取から自供の末に逮捕に至った。
 おかげで犯人の名前もメイド姿での犯行も新聞に載ってしまい、彼の妹や身内が酷い迷惑を被ることになった。しかし、それは身勝手な犯人が引き起こした結果ということで受け入れてもらうしかない。少なくとも工房には何の関係も無いことである。
「でも、犯人さんが取調べで犯行動機を聞かれたら、私たちのことを話すじゃないですか。そうすると私たちがメイド長やじーさまに怒られるんじゃないんですか?」
 とメイリン。アイスココアをちゅるるるとストローで吸い込み、満足げに飲み下す。
 アレッサはグラスの氷ごとアイスココアを口に入れ、器用にガリガリと噛み砕いてから大きく一つうなずいた。
「大丈夫だよメイ。アイツはあたしらと関わったらどうなるかってことを死ぬほど理解してる。だから、あたしらのことは話したりしないよ。もし話してても、ローナがキッチリ『お仕事』してくれるだろうからノープロブレムだ。そもそも、あたしらは一方的な被害者なんだ。それがどうして怒られなきゃいけないんだよ」
「お仕事そっちのけで『狩り』に興じていたという点については、私から怒られる道理があると思いますが、どうお考えですかアレッサさん?」
「っ……!」
 横入りしてきた聞き慣れた声に、アレッサはびくっと身体を強張らせた。
 そっと振り向くと、そこにはいつもと変わらぬ涼しい笑みを浮かべた銀髪の鬼が立っていた。
「め、メイド長……いや、あの、これは……」
「お話は全て聞いています。メイリンさんの濡れ衣を晴らすために尽力したことは、私も咎めようとは思いません。むしろ賞賛に値します」
「それはどうも」
「しかし。その手段に『狩り』を選ぶとは何事ですか。今回の件は別に犯人を捕らえる必要は無かったはずです。ローナさんのことですから、行動前にはすでに犯人の目星も証拠も得ていたのでしょう。それを警察にそれとなく提供すればよかったのではないですか? どうしてわざわざ危険な方法で犯人と接触しようとしたのですか。一つ間違えば、工房そのものの存在を危うくしかねないことになっていたかもしれないんですよ」
「いや、その……」
 メイや工房メイドが疑われててムカついたので文句と銃弾の一発もお見舞いしないと気が済まなかったからです、とは言えずに言葉を濁すアレッサ。
 まったく、とため息をついて、ヴィアーチェは怒った顔を困ったような表情に変えてうつむいた。
「この作戦を立案したのが、誰あろう工房の主だと聞きました。あなたがたはそれに従っただけだということですし、お説教はここまでにします。方法や過程はどうあれ、結果的には円く収まったということで、そっちのけにしていたお仕事の分を取り戻していただければ処分も不問とします」
「そうしていただけると、この前買ったエアガンのローンが滞らなくて助かります」
 やれやれと胸を撫で下ろすアレッサ。安月給なのに減給でもされた日には目も当てられない。
「あのー、そうすると、主さんはどうなるんですか?」
 と、ココアを啜りつつメイリン。
「メイド長がご立腹な方法を提唱したんですし、処分無しということは無いと思うんですけど」
「ええ、そのことでしたら……」
 ヴィアーチェは苦笑するように少し視線を逸らして、
「お祖父様から呼び出しを受けることになっています」
『うわぁ。』
 アレッサとメイリンは八重崎会長の猛烈な鉄拳制裁と長時間の正座説教を受ける工房主を想像し、心の中で合掌を送った。死線を行き来する傭兵経験のあるアレッサでも、じーさまの説教には耐えられないと恐怖するレベルである。
「さあ、休憩時間は終わりです。お仕事に戻って下さい」
「へーい」
 無事に戻ってきてくれよ、と工房主の帰還を心底願いながら、アレッサとメイリンはダイニングを後にした。



          完






 …その後の工房主↓
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