2014/02/28

短編小説 『見えない尾行者』 後編

 以前投稿した『見えない尾行者』の後編です。
 普通の探偵モノだと捜査過程を事細かに書いて謎を解き明かしていくものですが、この作品では文字数制限の関係でかなり端折ってます。というか過程描写がありません。字数制限とか言ってますけど単に私の能力不足であると言う説もありますが、それが真相です。
 なんだか期待されてて後編を出すのが恥ずかしくなってきましたし、なんかもういろいろグダグダですけど我慢して読んでやってください。



 『前編のあらすじ』

 何者かが春菜を狙って尾行しているが、冬花たちはその正体を掴めずにいた。
 何もできない日々が続き、春菜の心労が増え続ける。
 それを見かねた冬花は独断で八重崎工房に事件の調査を依頼した。
 アレッサとローナは解決に向けて行動を起こすことにしたが――


 この作品は創作です。登場する人物・名称・地名等は実際の物と何の関係もありません。


 


 冬花が依頼してから三日が過ぎた。
 その間、相変わらず尾行は続いていたが、冬花は特にアクションを起こさず不測の事態に備えるにとどめていた。今も解決に向けて工房が何かしらの行動を起こしているため、自分はせめて尾行者に他者の介入があることを気取られないようにするしかない。
(しかし……どうやって解決するつもりなんだろう……)
 他の三人にはアレッサたちへ依頼したことを話していない。話した方がいいのかどうか、自分では判断しかねているからだ。他のことならば三人に話して相談することもできるが、今回ばかりは相談する相手が当事者だからそうもいかない。
「……どうかしましたか? 顔色があまりよくありませんよ」
 唐突に秋絵にそう言われ、冬花はハッと意識を現実に向けた。一瞬、何をしていたんだったかと忘我したが、すぐに学食で昼ごはんを食べていたところだったことを思い出す。
「ああ、いや……別に」
 となんでもない風を装った。が、秋絵の視線は貼り付いたように動かない。
「なんだよアキ、あたしの顔に面白いモンでも付いてるか?」
「……いいえ」
「だったら人の顔をジロジロ見るなよ」
 言って、冬花は齧りかけのサンドイッチを一気に口に放り込んで――
「ッ!?」
 ぶはーっ! と豪快に噴き出した。
「ど、どうしたんですか!? 冬花ちゃん!?」
 隣りにいた春菜が驚いて箸を置き、すぐにハンカチを手渡す。ひったくるように取ったそれを口に当て、げほげほとむせながらも冬花は「大丈夫だ」とジェスチャーで返した。
「悪い。ちょっと……ヘンなとこに食べたものが入っただけだ……」
「慌て者だなー、フユカは。私なんか『いくら急いで食べてもむせないの術』があるから平気だぞ」
 と意味不明な忍術の自慢をしてけらけらと笑う夏海をよそに、冬花は涙目になりながら乱れた呼吸を整えつつ視線を食堂の奥の方へ向けた。
(ウソだろ……なんで……)
 その先には二人の学生がいた。冬花たちと同じ制服を身に着けた女子学生二人組。
 片方は背中くらいまでの黒髪をツインテールにしていて、湯気でメガネを曇らせながら一心不乱にきつねうどんをすすっている。もう片方は明らかにそれとわかる黒髪で三つ編みのヅラをかぶった、カレーライスを豪快に掻き込む蒼眼の女子学生だった。
 冬花にはその二人に見覚えがあった。
(あのツインテールってメイリンさんじゃねーか。それに隣でカレー食ってる黒髪はアレッサさんか? 何やってんだあの人らは……)
 童顔のメイリンはともかく、どう見ても外国人顔でしかも高校生には見えないアレッサが、セーラー服と黒髪ヅラだけで食堂に紛れ込んでいるのである。しかも周囲はその異状にまったく頓着していない。それだけでも噴き出すに十分な状況なのに、安いだけが取り柄の食堂メニューを二人してがっついているシーンは最早喜劇の一部としか思えなかった。
「……? あの二人……」
 冬花の視線を追ったのか、春菜が奥の二人に気づいた。まずい、と慌ててフォローに入ろうとするが、レタスの欠片がまだ喉に引っかかっていたらしく、再びむせて声が出せなかった。
 春菜はじー……っとメイリンたちを見て、
「美味しそうに食べる人たちですね」
 と可愛らしい感想とともに笑った。メイリンと面識があり、服装と髪型が違っているだけだというのに気付かないのは、ある意味春菜らしいと言えばらしい。
「そうですね。この食堂は安価ですがそれほど味は良くないのですけれどね」
 秋絵も同調し、笑う。
(気づかれていない……か?)
 二人の様子を窺い、冬花はそう思った。秋絵は何かしら違和感を持った(冬花でさえあっさり気づくことに、敏い秋絵がまったく何も感じないということはまず有り得ない)だろうが、それと冬花が噴き出したこととの関連を見出すには至っていないようだった。
「……少し混んできましたし、そろそろ戻りましょうか」
「じゃあ、私、みんなの分の食器を返してきますね」
 そう言って秋絵が席を立つと、春菜はテキパキと全員のお盆をまとめ、返却口へ駆けて行った。夏海は食べ足りないからとパンを買いに人混みへ消えた。
 冬花と秋絵が残り、互いに視線を交わして――
「次の授業は英語、でしたね」
「……そうだな」
 秋絵の言葉に平静を装って応え、冬花はくるりと踵を返した。


 その日の放課後。
 いつものように冬花たちは四人で校門を出て尾行者に備えた。いつもなら少し歩いたところで背後に気配が生まれ、それがずっとついてくる。それに手出しもできずに焦れているしかないのだが――
(けどまぁ、アレッサさんたちがガッコにいたってことは、尾行者を尾行するって作戦の一環を実行するつもりなんだろうし……)
 ある程度解決に向かって進展していると考えてもいいだろう、と冬花は思った。
 帰宅する十数人の学生たちと同じく帰路を歩いて、自分たちに意識を向けている背後の気配に注意を払い、
「……?」
 そこで冬花は違和感を覚えて立ち止まった。振り返るかどうかを少し迷い、思い切って後ろへ目を向ける。しかし特に変わったものは何もなく、唐突に歩道に立ち尽くす冬花を怪訝そうに見ながら歩く生徒の姿があるだけだった。
「どうかしたんですか、冬花ちゃん?」
 春菜がその様子に気づき、首を傾げて訊いた。同じく夏海と秋絵もきょとんとした顔で冬花を見ている。
「いや、なんつーか……」
 なんだかいつもと違う――と言いかけたところで、アレッサたちが尾行者を尾行しているのだからいつもと違って当たり前なのかもしれない、と思い直した。そして「なんでもない」と返そうと口を開いて、
「おー、そう言えばいつもついてくるやつがいないなー」
 と夏海がつぶやいたので言葉を飲み込んだ。
 通りには人が何人も歩いているが、その中に尾行者の気配がなかったのである。違和感の正体はそれか、と内心で冬花はうなずいた。
「確かに気配がありませんね。どうかなさったのでしょうか?」
 秋絵は夏海の言葉に同意して、じっと冬花を見ていた。あなたなら何かご存知なのでしょう、と言わんばかりの視線だったが、冬花は気づかないふりをした。少なくとも工房から何らかの接触があるまで依頼のことは黙っていると決めた以上、何も言うことは無い。
「…………」
「……冬花さん」
「…………」
「冬花さん」
「なんだよアキ。なんか言いたいことでもあんのか?」
「ええ。あります」
 にっこりと笑って、秋絵は口に人差し指を当ててから、冬花の胸の辺りを指した。
「着信が来ていますよ」
「は?」
 何のことだ? と問い返そうとしたその瞬間に、冬花の携帯電話が振動した。未来を予知したかのような秋絵の言動が現実になったせいか、らしくなく慌ててそれを取り出した。そして表示された相手の名を見て――眉根を寄せ、少し考えてからゆっくりと通話ボタンを押す。
「……もしもし」
『お前ら、今まだガッコの近くだな? 一度しか言わないからよく聞けよ。今すぐ引き返して第二会議室まで来い。五分以内だ』
「ちょ、ちょっと、なんスかいきなり。事情を……って切れたし」
 一方的に用件だけをまくし立てられ、返事すらままならないままに通話が切れ、冬花は無機質な電子音が鳴り続ける携帯電話を手に茫然としていた。
「何かあったんですか、冬花ちゃん?」
 という心配そうな春菜の声もどこか遠く聞こえたが、すぐにはっと我に返る。
「お電話、どなたからですか?」
「あー、アレッサさんだ。五分以内に第二会議室に来いって。行くぞ」
「……工房のお姉さんから?」
 心底不思議そうな表情で戸惑う春菜だったが、冬花と秋絵がさっさと引き返してしまったので、同じく事態を把握できていない夏海と顔を見合わせてから仕方なくついていくことにした。


 第二会議室は校舎の外れにある滅多に使われない部屋で、冬花も未だ足を踏み入れたことがない場所だった。ほとんど物置に近い使われ方をしているせいか、酷く埃っぽくいろんな物が雑多に詰め込まれていた。
 そんな中、閉め切ったカーテンを背にたたずむアレッサは、じっと腕時計に視線を落としていた。
「四分四十八秒。まあまあだな」
 ニヤリと口の端を吊り上げて笑い、到着した冬花たちを見た。食堂で見た三つ編みのカツラは取り去っていて、服装もジーンズにミリタリーシャツというラフな格好になっている。メイド服でもなくサイドテールもほどいているので、声を聞くまで冬花は目の前の金髪で長身の女がアレッサだと確信が持てなかったほど見慣れない姿だった。
「一体なんなんスか。いきなり呼び出しなんて」
「バカ野郎。こういう一か所に関係者を集めるシーンは事件の解決編だってのが探偵モノのセオリーだろうが」
「解決編? どういうことッスか」
「どうもこうもあるか。尾行者を捕まえたっつってんだよ」
「……はい?」
 アレッサの言うことがイマイチ理解できず、冬花は頭上にクエスチョンマークを五つくらい点灯させた。同じように春菜、夏海、秋絵も眉根を寄せる。
「尾行者はこの学校の関係者だったということですか?」
 と、いち早く事態を消化して秋絵は言った。いくつかの行程をすっ飛ばした質問だったが、アレッサは無言で首肯した。
 そのシンプルすぎる質問が混乱気味だった冬花を引き戻す。
「アキ、どういうことだ? どうして関係者だったとわかる?」
「この場に私たちが集められたことを考えれば、そういうことになります」
「……この場……? つまり、探偵モノのセオリーとやらに則って考えると、犯人もここに現れることになるから関係者だってことになるのか。このガッコは関係者以外の立ち入りは厳しく制限されてるから、外部の人間が犯人だったら校内に来ることはない、と。それと、アレッサさんたちがガッコに潜入しているのは犯人尾行のためじゃなくて、犯人を捜すためのものだってことか?」
「そういうことです」
 冬花の推理にうなずき、秋絵はアレッサを見やった。ニヤニヤとしている金髪の姐御は満足そうな表情で四人を見ている。その態度は探偵というより悪のボスと言った様相だが、当人はご満悦らしいので黙っていることにした。
「んー? じゃああの二人はどうやって入ったんだ? 昨日と今日、食堂にいたし」
 と夏海。どうやら二人が入り込んでいたことには気づいていたらしく、平然とそう言いのけた。むしろシノビとしての勘の冴えと洞察力を持ちながら、知った気配に気づいていない方がおかしいのだろうが。
「ああ、それなら――」
 気付かれていたことにはさして頓着せず、アレッサはポケットに手を入れ、ぽいっと夏海に向けてパスケースを投げた。中には夏海たちが見慣れたデザインの名刺サイズのカードが写真つきで入っていた。
「あたしのこのガッコでの学生証だよ。それさえありゃあ好きな時に入れる。もちろんメイも持ってるぜ」
「なんと、メイドさんはここの生徒だったのか!」
『違うわッ!』
 夏海の出した結論に全員のツッコミが唱和する。潜入用に偽造したという考えは無いらしく、なぜ一斉にツッコミを受けたのががわからない夏海。基本的に人前に姿を見せずに工作を行うシノビである彼女が、潜入するのに身分証の必要性を感じたことが無いせいもあるのだろう。
「その学生証はあの方が作ったニセモノですよ」
「ニセモノ?」
「おいおいアキエ、人聞きの悪いこと言うなよ。そいつは本物だ。この学校が発行した本物の学生証なんだよ」
「偽造された本物、でしょう?」
「まぁな。だが『ニセモノ』と『偽造された本物』では天と地ほどの差があるぜ?」
 意地の悪い笑みを浮かべる秋絵に、邪悪な笑みを返すアレッサ。
 まさに悪党が悪巧みをしているようにしか見えないシーンだが、それにツッコミを入れる者はいない。
「そういえば……さっき、尾行者を捕まえたとおっしゃいましたけど、どうしてお姉さんがそんなことを御存じなんですか?」
 事件の最当事者でありながら若干カゲの薄い存在になりつつあった春菜が疑問を呈した。工房に依頼した冬花と、それに察しがついていた秋絵を除けば、その疑問を持つも至極当然である。
 さすがにここまできて黙っているというのも無駄だと考え、冬花は経緯を話すことにした。
「悪い。お前らに黙ってあたしが工房に尾行者の割り出しを依頼してたんだよ。あたしらにゃ手が負えなかったし、ハルがちょっと精神的に参ってたのを見ていられなくてな……」
「冬花ちゃん……そうだったんですか。ご迷惑とご心配をおかけしました」
 ぺこり、と頭を下げる春菜。一番の被害者でありながら他を気遣う辺り、非常にポイントが高い娘である。
「……おいアキエ。一ついいか?」
「なんでしょう、アレッサさん」
 これ以上ないというほどの真剣な表情と眼差しのアレッサ。秋絵は少し気圧されたものの、いつもの笑みで質問を受ける。
 くわ、とアレッサが目を見開き――言った。
「あたしにハルにゃんをください!」
「全身全霊心底宇宙の彼方までお断りします。あなたにはメイリンさんがいらっしゃるではありませんか」
「メイはあたしの嫁だ! ハルにゃんは娘だ!」
「……ダメだこの人……」
 春菜とアレッサの間に割って入るように立ち、ジト目で百合魔人を牽制しつつ秋絵は大きくため息をついた。
「それより、なんでアレッサさんは尾行者がガッコの関係者だってわかったんスか?」
 話の矛先を本題に向けようと冬花が訊く。春菜もそれに興味があるのか、こくこくと首を縦に振っていた。
 アレッサは得意気に上体を反らし、嘲笑するような笑みを浮かべた。
「簡単な推理だ。尾行は帰りに限られていて、しかも校門を出た直後から始まっている。ということは、尾行者は校門の近くでお前らが出てくるのを監視していなきゃならない。放課後になってからしかお前らが出てこないっつっても、正確な時間がわからない以上はある程度待ち伏せる必要がある。で、このガッコは周辺に施設も住宅もあまりなく、学生以外は目立つ。そんな中で一般人が待ち伏せなんかできるか? まぁ、できなくはないが、それを怪しまれず目撃されず二週間も続けるのはさすがに難しいだろ。じゃあ、それが可能なのは一体どんな奴だ、フユカ?」
「……学校関係者」
「そうだ。関係者ならガッコの中にいるお前らを見張ることも待ち伏せることもできるし、帰宅しようとしているお前らについていくだけでいいんだから目撃されても変に思われないってわけだ。そこにいて当たり前の人間なんだから怪しまれるはずがない」
「なるほど……。あたしらは尾行が校外から始まるから外部の人間だと勝手に思い込んでいたんだな」
 説明されて、冬花は何度もうなずいた。
 秋絵も一つうなずいて、
「ローナさんの推理はやはり冴えてらっしゃいますね」
「なんでわかったんだアキエ!?」
「あなたにしては筋道が立ち過ぎた推理でしたので、ひょっとしたら――と思いまして」
 と意地の悪い笑みで得意満面を叩き潰された探偵を見る。
 文句の一つも言いたいアレッサだったが、自爆発言をしてバレてしまった手前、思うように次のセリフが見つからずに歯がみするしかなかった。
「……やっぱりお前ってイヤなヤツだナ……」
「ありがとうございます」
 アレッサの苦情もどこ吹く風で、秋絵はにっこりと笑った。
「……ともかく」
 コイツには何を言っても無駄だと理解しているアレッサは、言いたいことを捨て置いて話を戻した。
「犯人がガッコの関係者だとわかれば、後はお前らをつけ回してるやつを特定すればいいだけだ。で、何日かお前らを見張って、お前らについていく人間を見つけた」
「誰なんスか? それ」
「お前も知ってる人物だよ」
 とアレッサは冬花から入口の方に視線を向けた。それにつられて冬花たちが振り向き――セーラー服姿のメイリンとともにうつむき気味で立っている女生徒を目にした。
 女生徒はメイリンに促されて室内に入り、アレッサの隣で立ち止まって顔を上げた。地味な感じが否めない髪型と始終おどおどと泳ぐ黒く丸い瞳。頬には涙の跡らしきものが残っており、少し紅潮していた。
「あ……」
 春菜が小さく声を漏らした。
「なんだ? ハルの知り合いか?」
「何をおっしゃってるんですか冬花さん。同じクラスの佐藤さんですよ」
「は……?」
 秋絵にそう言われて冬花は改めて佐藤の顔を見た。……が、どうにも印象が薄く、覚えが無い。
「……あんなのいたっけ……?」
「冬花さん、彼女はあなたと同じ小学校のご出身でしょう。どうしてわからないのですか」
「嘘だろ。……マジか?」
 小声で秋絵とやり取りし、衝撃の事実を知らされて動揺する冬花。その様子を見ていた佐藤はわずかに聞こえた会話に自嘲の笑みをこぼした。
「いいんです……私、昔から人見知りが酷くて引っ込み思案で存在感がなくて、いてもいなくても同じだってよく言われますから……」
「あ、スマン。悪気はねーんだ」
 慌てて謝り、冬花は頭を下げた。すると逆に佐藤が恐縮してしまって、頭を上げてくださいと懇願するような声を上げた。
「みなさんにはご迷惑をおかけしましたし……本当にすみませんでした」
「そう、それだ。なんであたしら……というかハルをつけ回したんだ? 説明してくれ」
「…………」
 問い詰めるように冬花が訊くと、佐藤は少し身構えてアレッサの陰に隠れてしまった。気が弱いのか、冬花を恐れているように見えた。
「おいコラ。人見知りの人間つーのは臆病なんだよ。そうやって威嚇したらしゃべれなくなるだろーが。ちったぁ気ィ使えバカ野郎」
「いや、そんなつもりは……」
「テメェがそんなだから事態がメンドクセェことになったんだってことを自覚しやがれ」
 言ってやれやれとアレッサが肩をすくめる。冬花はさすがに身に覚えのないことでそこまで言われる筋合いはないと怒りを露わにした。
「……はぁ? なんスかそれ? いくらアレッサさんでもそこまで言われる筋合いは……」
「冬花ちゃん、まずは佐藤さんのお話を聞きましょう。ね?」
「…………」
 謂れの無い雑言に反論しようとした冬花だが、春菜に窘められて一旦は矛を収めた。そして不機嫌に鼻を鳴らして佐藤の言葉を待つ。
「その……最初に後をつけたのは……桜木さんとお話するためでした」
「話?」
「はい……。あの……謝りたくて」
「謝る? どうしてですか?」
「…………」
 きょとんとする春菜に、佐藤はどう言っていいのか迷うようにうつむいて黙り込んだ。
「……コイツが、事件の発端だ」
 と、そこでアレッサが助け舟を出す。その手には真っ白な無地の布製の袋が握られており、ぽん、と投げられたそれを春菜がキャッチした。受け取った袋に見覚えがあるのか、春菜だけでなく他の三人も少し表情を変えた。
「無くなった私の体操着? どうしてお姉さんが……」
「正確には、この佐藤ちゃんが持って帰ってたんだよ。教室のロッカーにゃ扉が無いし、出席番号順に並んでるから、ハルにゃんの一つ後ろの佐藤ちゃんがうっかり間違えたんだ」
「あのときは急いでいたので、間違って桜木さんの体操着入れを手に取ってしまって……。気づいたのは家に帰ってからで、お詫びのつもりで洗濯してから返そうと思ったんです。それで学校に持って行ったまではよかったんですけど……私、人と話すのが苦手ですし、間違っただけとは言え、勝手に持ち帰ってしまって桜木さんやお友達のみなさんが怒っていたらどうしようと思うと、話しかけるのが怖くて……言い出せませんでした」
 言って涙ぐむ佐藤。引っ込み思案で人見知りな彼女がここにいること自体、彼女にとっては大変勇気のいることなのだろう、と春菜は思う。頬の涙の跡は、おそらくアレッサに真実を話すことを要求されて絞り出した勇気の代償なのだろう。
「それで……桜木さんが一人の時だったら謝れる気がして、下校のときにそうしようと思ったんです。桜木さんが一人になるのを待って、声を掛けて、体操着を返そうと思って……でも怖くて……できませんでした」
「なるほどな。それが最初の尾行ってことになったのか」
「はい……。本当にすみません」
 普通に呟いただけの冬花だったが、佐藤にはそれが責められているように感じたのか思わず謝っていた。アレッサに視線でお前は黙ってろと言われ、冬花は不本意そうな表情で後ろ頭を掻きながら秋絵の後ろに下がった。
「でも、このまま桜木さんの体操着を持っているわけにもいきませんし、次の日には絶対に返そう、謝ろうと決意して……放課後になると、清水さんたちが桜木さんを取り囲んで、護衛するみたいになっていて……ますます怖くて近づけなくなりました」
「ははぁ、事態が冬花さんのせいで悪化したとはそういう意味でしたか」
 うふふ、と笑って秋絵は後ろにいる冬花を意地の悪い目で見た。想定外の方向からの砲撃に冬花は露骨に眉根を寄せる。
「……アキ、お前……」
「そう言えば春菜さんを護衛するぞと言い出したのは冬花さんでしたね」
「責任転嫁すんな。お前だって反対しなかったじゃねーか」
「賛成もしていませんけれど? 私はただ春菜さんと一緒に帰りたかっただけですし」
「ぐっ……」
 ぴし、と冬花の眉間のシワが増えた。佐藤は自分のせいで喧嘩が始まったと思い、青い顔でガタガタ震えだした。
「あー、いつものことだから気にしなくていいぞ」
 と夏海がフォロー。誰にでも屈託なく元気に接する夏海に恐怖感はないらしく、佐藤は気弱な笑みを浮かべていた。
「佐藤ちゃんはハルにゃんが一人になる機会を窺い、お前らはハルにゃんを一人にしまいと頑張った。だから二週間っつー長期戦になってしまったってことだよ。まー、あたしとしては、佐藤ちゃんが体操着を元の場所にさっさと返して手紙でも付けときゃ済んだんじゃねーかと思うんだが」
 とアレッサが少し大き目な声で言って、騒ぐ冬花たちを牽制しつつ話を本筋に戻した。
「それは考えました。でも、体操着がわけもなく戻ってきて、そこに私の手紙があったら間違いなく私が疑われるわけで、そうすると桜木さんはともかく清水さんは多分怒るんじゃないかと思って」
 伏せた顔から上目づかいに冬花を見る佐藤。その怯えまくった様子に銀髪番長は複雑な表情でため息をついた。
「……なぁ、あたしって普段からそんなに怒ってるか?」
 威圧しないように脱力した風を装って訊くと、佐藤はおずおずと顔を上げて秋絵を見て、
「いえ、あの……いつも金本さんに怒鳴ってますし……」
 言葉を選ぶようにしながらそう言った。冬花は意外な答えが出てきたことに再びため息をつく。
「それはコイツがあたしをくだらねーことでからかうからだよ。それが趣味なヤツでこっちも迷惑してんだ」
「あら、ご迷惑でしたか。ではもう少し度合いを強めてみましょうか」
「……こーゆーヤツだ」
 満面の笑みでそう言い放った秋絵を指さして、げっそりと呟いて冬花は疲れた顔を見せた。その様子がおかしかったのか、佐藤はくすりと笑う。
「冬花ちゃんはちょっと怖そうに見えますけど、とても優しくて仲間思いのお姉さんみたいな人です。佐藤さんが思うような怖い人じゃないですよ。体操着のことも、佐藤さんに悪気はなかったのですから、決して怒ったりはしません」
 春菜が一生懸命にそう言って、うん、とうなずいた。その力強さが説得力となり、佐藤は冬花に対する印象を少しだけ変えられるかもと思い始めていた。
 アレッサはそんな佐藤をじっと見つめ、もう大丈夫だろうとメイリンに目配せした。
「ま、ともかく。尾行者の正体はわかった。動機もわかった。ついでに紛失した体操着も戻った。これで真相はすべて明らかになったってことで、あたしらの仕事は終わりだ。あとはお前らでケジメつけろ。――帰ろうぜ、メイ」
「はい」
 ぽんぽんと佐藤の肩を叩き、アレッサは「コイツらは悪いやつらじゃねーから大丈夫だ」と耳打ちしてからメイリンとともに部屋を出た。
 ぽつんと一人残された佐藤は、その言葉に背を押されたように真っ直ぐ春菜と向かい合い、
「ごめんなさい」
 と頭を下げた。
 無論のこと――
 春菜たちがそれを咎めるはずもなく、事件はこのときをもって終息した。


「……結局、ローナの手のひらで踊ってただけだナ。あたしらは」
 工房への帰り道、アレッサは疲れたため息をついて空を見上げた。
 アレッサたちは自身の推理を持たず、ただローナの指示通りに動いただけだった。
 学校関係者に尾行者がいること。
 動機はおそらく体操着の紛失で、春菜のクラスの誰かが持ち去った可能性が高いこと。
 犯人を特定するために学校へ潜入すること。
 犯人と会って話し、春菜たちに正直に謝らせること。
 それで事件は終わる――と、ローナは言った。そして実際、そうなった。
 犯人が男だったら壮絶な結果になっていただろうが、犯人がアレッサ好みのカワイイ女子高生だったこともあって、期待していた『制裁』もできずに若干の不満は残っているが――
「ま、ガッコとかいうのに一度行ってみたかったし、食堂のカレーもまあまあ美味かったからいいか。フユカに貸しを作れたしな」
 これでいいや、とアレッサは自身を納得させた。あくまでアレッサの補佐役に徹していたメイリンも、無事解決したことに加えてコスプレを楽しめたことで晴れやかな気持ちだった。
「そうですね。私も久しぶりにセーラー服を着られて楽しかったです」
「うん、似合ってて可愛いよメイ。お持ち帰りしちゃおうかなー……うへへへ」
 とアレッサがエロいオッサン丸出しの油っこさでメイリンに抱き着こうとしたその時。
「電話……? ったく誰だよ、いいところなのに……」
 ポケットで無粋な着信音を鳴らす携帯電話を取り出し、不機嫌を隠そうともせず通話ボタンを押した。
「なんだよフユカ。まだ何かあんのか?」
『一つ聞き忘れてたことがあったんで。……怒ってます?』
「怒ってねーよ。用件をさっさと言え」
『怒ってるじゃないッスか……。あの、訊きたいのはあたしらが帰宅途中に佐藤を見つけられなかった理由ッス。いきなり気配や姿が消えるなんて芸当、普通の人間にできるもんなんスか』
「あー、それか……」
 ふむ、と小さくうなずいて、アレッサはかつての同僚のことを思い出していた。
「昔、工房に宮津珠姫(みやづ たまき)って洗濯が三度の飯より大好きな工房メイドがいたんだ。こいつが極端な人見知りで引っ込み思案で目立つのを嫌う性格をしていてな」
『はぁ……』
 なんで離職した工房メイドの話を、と冬花が思っている気配を感じつつも、アレッサはお構いなしに続ける。
「人目に付かないように気配と存在感を自在に消せるスキルを持っていた。あたしらは『ステルス』って呼んでたが、あれははっきり言ってすげぇ。完璧に存在感を消した珠姫を認識できたのはウチのマスターだけでな……」
『いやあの。それがどうしたんですか』
「佐藤ちゃんもそのスキルを持ってんだよ。珠姫ほどじゃないにしても、お前らの目を欺けるくらいの『ステルス』をな。お前らはそこに佐藤ちゃんがいるにも関わらず、気配も存在感も消されていて認識できなかった。だから尾行者がいきなり消えたように錯覚したんだよ」
『は? そんなオカルト有り得ねースよ』
「有り得るんだよ。実際お前、小学校から一緒だった佐藤ちゃんの存在に気づいてなかったじゃねーか」
『……あー……』
 十年近く一緒の教室にいた佐藤の存在をほぼ認識できていなかった冬花はそう言われて思い直し、考えるほどに一概に眉唾とは思えなくなって妙な納得感を持つに至った。
「ローナの推理によると尾行者はお前のクラスの誰かだろうってことで、お前のクラスにいる『存在感が薄く目立たないやつ』に目星をつけていたんだよ。お前の話で尾行者が消えるってのを聞いて、すぐに『ステルス』スキルがある人物だとわかってたし」
『いやあの。ナツを疑ってましたよね?』
「ジョークに決まってんだろ。そんくらい察しろよ。け、決して本気だったわけじゃないんだからねっ!」
『そうだったんスか。すんません』
「…………おぅ」
 なんとなくネタを飛ばしてみたアレッサだったが、冬花に素で返されて気まずくなった。工房主ならノリノリでツッコミを返してくるネタであるが、一般人にはただただ寒いだけである。
 ちなみに夏海を疑ったのはネタではなくわりと本気だったが、それは言わずにおいた。
 こほん、と恥ずかしくなってきたのをごまかすように咳払いを一つ挟む。
「で、その条件に合致するように探した結果、佐藤ちゃんが浮上したわけだ。あたしには『ステルス』を信じるだけの実例も経験もあったから、数日であっさり発見できたんだよ。オーケー?」
『あ、はい。わかったッス』
 疑問を綺麗に解消してもらい、冬花は素直にうなずいた。同時に、アレッサやローナの迅速な対応もさることながら、ステルススキル持ちメイドがいたりと相変わらず工房には変な人物が集まるものだと感心してしまった。
「以上かね、フユカ君?」
『はい。ありがとうございました。それで、ハルがぜひともお礼をしたいっつってんですけど』
「別にいいさ。佐藤ちゃんと和解できたんならそれでオーライだ。それで足りないんなら、そうだな……また工房に遊びに来いよ。みんなでな」
『あれ? ハルを好きにさせろとか言わないんスか?』
「言ったらさせてくれるのか?」
『そんなわけないじゃないですか。うふふふ』
 と、いきなり秋絵に割り込まれ、やっぱりなと苦笑するアレッサ。
「最初に言ったろ。無償でいいってな。ガキが無理するんじゃねぇ」
『あざッス』
「じゃあな。あたしはこれからメイとオトナの世界へ行くから」
 ぴ、と通話を切り、アレッサは晴れやかな表情でメイリンの腕を引いた。
「ンじゃ、行こうか。メイ」
「遊んでる暇はないですよ。帰ってお仕事です。メイド長にまた怒られたいんですか?」
「……イエス、マイディア」
 メイリンにそう言われては反論できるはずもなく、アレッサは素直に工房への帰路についたのだった。




          終

 
創作小説 | Comments(4)
Comment
みなとも様。
こんばんは。まったくです。

アレッサのダメゆりっぷりがたまらんね。
ごちそうさまでした。
◎ まったくさん

読了ありがとうございました。
謎解きとかそういうのより百合が書きたかっただけじゃねーか、と言われても仕方ない感じですが、そこに食いつかせたかったのも事実。
ということでお楽しみいただけてよかったです。

この頃ラノベも全然読んでいなくて文章を書く力がすごく衰えている気がしてましてね…
次のFromWordsに寄稿できるかどうかわからんですよ(´・ω・`)
みなともさん、こんばんは。

読みましたー。面白かったです。
犯人は、不自然に登場シーンがなかったクローディアさんかな?とか思っていたのですが。
オリキャラとは予想外でしたよ。後、誰も血を流さないでホッとしました(笑)

それにしてもアレッサさんのセーラー服姿とかある種の犯罪的な香りがするのDeath…。

お疲れ様でした。
◎ 夜月さん

読了ありがとうございました。

>不自然に登場シーンがなかったクローディアさん
いえ、普通に出番がなかっただけです(笑
もともと影が薄い人ですし…今度は目立つような作品を書きたいですね。

>アレッサさんのセーラー服姿
今具体的に想像したらかなり衝撃的な絵になってますねw
一度描いてみないといけませんね。

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