2014/05/31

短編小説 『彼女の居ない工房』 後編

 ……やっぱり文章を書いていると、自身の文章力の低下に気づかされます。
 語彙が減っているというか、同じ表現ばかり使っているというか、そんなもどかしさがあります。
 そういうのを鍛えるにはいろんな本を読む必要があるのでしょうけれど……フトコロ具合がね……。

 ともかく。
 ショボかろうがなんだろうが、最後までは書き上げようと。
 それを目標に、一応は完成いたしました。
 ここまでお付き合いしてくださった方、よろしければ読んでやってください。



【注意】
 この小説は創作です。登場する人物・名称等は現実のものと一切関係ありません。



 中編を未読の方は コチラ からどうぞ。

 


「っ!」
 妙に身体が軽い。
 そう思った瞬間、目の前に床が迫っていた。
 ああ、なるほど。身体が軽いのは、落下中だから重力の影響が小さくなったせいだ。
 とやたら冷静に分析している自分に気づく。そして、さらに分析が進み――
「ぅわああああああああ!」
 階段から飛んだ『私』と私が入れ替わってこの状況なのだという結論が出た。
 どべちっ!
 平行世界という非常識を体験した私だが、その影響で何らかの特殊能力を得て衝突回避に成功するというようなことは一切なく、やはり重力には勝てずに思い切り床に叩きつけられた。階段から転げ落ちてくれればいいのに、ホントにジャンプで飛び降りやがったぞあの野郎。
「ったたた……」
 幸いというかなんというか、階段の下に厚手の絨毯が敷かれていたおかげで致命的なダメージは受けなかった。これは……メイリンが衝動買いした絨毯だ。確か倉庫にしまっておいたはずだが……『私』が敷いたのだろうか。
 よくよく考えてみたら、『私』が階段から飛んでも入れ替わりが起きたら床に叩きつけられるのは私ではないか。くそ、何が「守りたいものがあるから飛ぶ」だ。あの狡猾野郎に完ッ璧に騙された……! 同じ私だけど。
「にしても……戻ってきたのか、これ」
 向こうとこっち、工房自体は全く違いが無いので、ここが元の世界なのかどうかの判別がつかない。ホールには間接照明が点いていて、窓の外は真っ黒だった。時計が無いので時間はわからないが、しんと静まっていることを考えると、元の世界であれば業務時間は過ぎているからみんな帰宅していて無人なのだろう。
 と思っていると。
「何事ですか!?」
 ばん、と勢いよく廊下の扉が開かれ、銀髪のメイドが血相を変えて飛び出してきた。
 ヴィアーチェだ。
 銀の髪。紅い瞳。白い肌。藤色のメイド服。
 まぎれも無く……ヴィアーチェだ。
 元に戻ってきたんだ……!
「上手くいったんだ……」
 改めてそのことを実感し、安堵すると同時に落下の痛みが一気に噴き出してきた。思わず呻き声が漏れる。
「大丈夫ですか? ひょっとして階段から……」
 ヴィアーチェが心配そうな顔で私のそばにしゃがんだ。
 聞き慣れた心地良い彼女の声が、癒しの歌のような気がした。いつまでも聞いていたいと思うほどに、心の中に響いてくる。
 本当に戻って来ることができてよかった。
 ヴィアーチェの顔を見て、声を聞いて、心底そう思った。彼女のいない世界など、私にとって何の価値も無いのだと改めて思った。
「主さん……? 大丈夫ですか?」
 ぼんやりとしている私を訝って、ヴィアーチェが顔を覗き込んできた。
 その距離の近さにドキリと心臓が跳ね上がる。異常な鼓動が送り出す血液の熱が身体中を駈け廻り、強烈な衝動を起こした。
「え……? 主さん!?」
 抗いきれない衝動のままに、私は大丈夫と答える代わりにヴィアーチェを抱き寄せていた。
 やっぱり……ヴィアーチェがいい。代わりはいない。
「帰ってきたよ……君のところに」
「工房主さん……?」
 安心したせいか、最愛のメイド長の体温を感じたせいか。
 睡魔にも似た感覚に襲われて、私はそのまま真っ白い光に飲み込まれた。
 また平行世界へ飛ばされるんじゃないだろうか――という不安は、この手にしっかりと感じるヴィアーチェの温かさの前に霧散する。
 次に目覚めたとき、必ずそばにヴィアーチェがいると、私は根拠も無く確信していた。


 頭が重い――
 それが初めに感じたことだった。
 そしてその重さはやがて鈍痛となり、夢現だった意識に現実味を持った衝撃を与え始める。ぬるま湯に浸かっているような、気だるく心地良い感覚から引きはがされて行き――
「…………」
 目が覚めた。その途端に走る右肩の痛みに思わず呻き声を上げてしまった。
「あ……! 気が付かれましたか? ご気分は悪くないですか?」
 と、ベッドの脇にいた銀髪の若い女が、喜び半分泣き半分の表情で私の顔を覗き込んできた。絹糸のごとく艶やかな銀髪にルビーのような紅い瞳をした、我が工房自慢のメイド長だ。今はメイド服ではなく普通の私服姿だが。
「ヴィアーチェ、ここは?」
 見慣れない白い天井と、消毒液の匂いが満ちた部屋のベッドに寝かされていた私は、半ば答えを知りつつ訊いた。
「病院です。昨晩、あなたは階段から落ちたんですよ」
「だろうね」
「え?」
「いや、なんでもない」
「……?」
 不思議そうに眉根を寄せるヴィアーチェから窓の方へ目を向ける。外は少し曇り気味で、今が何時何分なのかを推理しづらい空模様だった。
「今は午後四時を少し回ったところです。十四時間くらい眠っていたんですよ」
 と、ヴィアーチェは私が考えていることを読み取ったかのようにそう言った。思ったより時間が過ぎていて少し驚いた。
「そっか……。ごめん、心配かけたね」
「本当です。今日も突然私だけ工房に残れと命令したかと思うと階段から転落して……ここ二週間ほど、主さんの様子がずっとおかしかったですから、心配していました」
「……そんなにおかしかった?」
 何となく『私』がどんなふうに過ごしていたのかが気になって、訊いてみた。
 ヴィアーチェは、それはもう、と前置きして、
「真面目にお仕事に取り組みますし、経営のムダを徹底的に削りましたし、メイリンさんを甘やかさなくなりましたし、アレッサさんの接客態度を徹底矯正させて料理スキルを向上させましたし、何よりこの二週間で主さんが半年で稼ぎ出す売上高を超えたんですよ。誰の目にもおかしいと映ります」
「…………」
 聞かなきゃよかった。ヘコむわ……。
 やっぱり向こうの私は優秀なヤツなんだな。同じ私なのになんですかこの差は。
「工房のためには、そっちのほうが良かったんじゃないかな」
 と自虐めいた言葉が思わず出てしまった。ヴィアーチェはそこそこ深いため息をついて軽く頭を振る。
「経営面で言えばそうでしょうね。ですが……私はあんな主さんは嫌です。姿形は主さんなのに別人のようで気持ち悪かったですし……」
 まぁそうだろう。実際別人だったわけだし。
「……私を見る目がいつもと違っていて、怖かったです」
「…………」
 向こうの私にしてみれば、ヴィアーチェは工房内どころか世界そのものの中に存在しないはずの人間だった。それが八重崎家の関係者でメイド長として工房にいるのだから、さぞかし奇異に感じた事だろう。
 ヴィアーチェもそんな『私』に違和感を覚えていたようだ。
「でも、今ここにいらっしゃる主さんは、私の知っている主さんです。私のす……姿形はあの主さんとまったく同じでも、まったく違う……ええと、すみません。上手く言えません」
 ふと顔を反らし、ヴィアーチェはそう言った。
 多分何か恥ずかしいことを言いそうになったのだろう。耳まで真っ赤になって頭のてっぺんから蒸気が噴き出している。
 ……ちょっとからかってみるか。
「今、何か言いそうになってたけど」
「何でも……ありません」
「ホントに?」
「ホントです」
「んー?」
「…………」
 噴出蒸気量が増えている。もう少しからかって――
「あ」
 ヴィアーチェの向こう、病室のドアが少しだけ開いていて、その隙間に何かキラリと光ったのが見えた。じっとそれを見据えると、ビデオカメラのレンズだとわかった。その少し上にはミルクティー色の髪をした人間の頭がある。
「……覗きとはいい趣味してるね、ローナ」
 瞬時に正体に気づき、名を呼ぶと、くすくすと含み笑いをしながらドアを開けてローナが部屋に入ってきた。
「お見舞いに来たら主さんがメイド長にセクハラしているシーンを目撃したので、思わずたまたま所持していたビデオカメラで証拠動画を撮影してしまいました。これで裁判もバッチリです」
「いやあのそういうんじゃないんで裁判とか勘弁してください」
 この工房の魔王は割と冗談で訴え出たりするので気を付けなければならない。
 しかし、これでこそ私が知っているローナだ。
「工房はどうしたんですか、ローナさん。私の代わりをお願いしておいたはずですが」
 いつの間にやらメイド長モードに移行したヴィアーチェが咎めるように訊くと、ローナは緩く首を振って肩をすくめた。
「主さんとメイド長がいらっしゃらないとお仕事になりませんから、早めに業務を切り上げました。他のみなさんも主さんのお見舞いに来ていますよ」
 とローナが振り返ると、メイリン、クローディア、アレッサと続いて入ってきた。三人とも私服(と言ってもメイリンの私服はメイド服だが)なので仕事帰りに立ち寄ったというところだろう。それでも来てくれたのは素直に嬉しい。
「これ、お見舞いのケーキです。みんなで食べましょう」
 とメイリン。お見舞い名目でケーキを食べたかっただけと丸わかりなほどテキパキと持参した皿にココアケーキを取り分け、もしゃもしゃと食べ始めた。ああ、これでこそメイリンだ。彼女は『完璧な使用人の風格』を持ってはいけない。
「具合はどうだ、主殿。大事ないか?」
「うん、大丈夫だよ。クローディア」
「……そうか。それはなによりだ。また私を本名で呼んで妻だと言い出したらどうしようかと思っていたが、安心した」
 鉄仮面がわずかに緩んで安堵の表情が浮かぶ。クローディアがはっきりわかるレベルで感情を表に出すことなど滅多にないのだが、そんなに嫌だったのだろうか。
「申し訳ない。あれは……」
「ああ、いや、誤解だ。別に名を呼ばれたり妻と言われたことが嫌だったわけではない。むしろ女として見られていて嬉しいと思っている。しかし、私は主殿の妻になるつもりはないし、工房の守護者として剣を置くつもりもない」
「……そっか」
「あれは主殿の一時の気の迷いだったのだろう。気になさるな」
 言ってクローディアは相変わらずの無表情に戻った。感情が無いのかと思うほどの鉄仮面に反し、内面は気遣いや優しさに満ち満ちているという『工房のお母さん』の二つ名(本人は断固拒否している)は伊達ではない。『向こう』のクローディアも同じようだったが、それは『与えられるための気遣い』であって目の前のクローディアが行う『与えるための気遣い』ではなかった。差異など無いような差だが、これらは決定的に違う。
「アレッサも来てくれてありがとう」
 クローディアの陰に隠れるように立っていたアレッサに声をかける。
 と。
「い、いえ、主様の大事でございますから、足を運ぶのは当然のことだと思っております」
 不審なくらいにビクビクしながら慣れない敬語を使うアレッサ。表情もいつもの皮肉な笑みではなく、全力の営業スマイルだった。様子が変にもほどがある。
「どうしたの、アレッサ。敬語なんて君らしくない。いつも通りでいいよ」
「主様に無礼な言葉遣いをするわけにはまいりません」
「…………」
 どうもおかしい。こんな使用人然としたアレッサは逆に気持ち悪い。
 ひょっとして、元の世界に戻っていないのではないだろうか。ここはヴィアーチェのいる平行世界なのかもしれない。
 もしそうだったら……。
「主さんがブチ切れてアレッサさんを教育し直したからこうなっているんじゃありませんか。ご自分でなさったことを覚えてらっしゃらないので?」
 とローナ。
 無論私はそんなことをした覚えが無い。それ以前に、元軍人で上官の命令には比較的素直に従うように訓練されているものの、根っからのド短気暴れん坊であるアレッサをこうまで服従させられるほどの力は私には無いのだ。一応『工房主命令』という私の雇い主特権があり、一時的に言う事を聞かせることは可能だが、それも効果は限定的で、命令した工房メイドのポリシーやアイデンティティを捻じ曲げられるほどの強制力はもちろん無い。
 にもかかわらずアレッサがこんな風になっているなんて……何があったというのか。
(……あー、そうか)
 思い出した。これは『私』の仕業だ。アレッサ相手にキレてエキサイトしたって言ってたっけ。
「アレッサ、ちょっとこっち来て」
「は、はい」
 私の言葉が何よりも恐ろしいと言うような怯え顔のアレッサをベッド脇に立たせ、じっとその目を見る。切れ長の蒼い瞳を微妙に逸らしたり泳がせたりして、アレッサは私を見ようとしなかった。まったくもって彼女らしくない。
「無理してる? 言葉遣いとか所作が辛いだろう?」
「いいえ、そのようなことは決して」
「本音をぶっちゃけて言ってくれて構わないよ。怒らないから」
 そう言ってもアレッサは態度も言葉遣いも変えようとしない。
 あのアレッサをこんなふうにするなんて、『私』はどれだけキレたんだろうか。想像もつかない。
 ともかく、彼女をこのままにしておくといつか溜め込んだストレスが爆発してしまうかもしれない。普段通りに戻してやらないといけないだろう。
「アレッサ、工房主命令だ」
「はい」
「今まで通り、無理に私に対して敬語を使ったり畏まった態度を取らなくていい」
 こんなことで雇い主特権を使うのはどうかと思うが、アレッサのことを考えるとやむを得ない。
 アレッサはしばし考えるようにじっと私を見て、
「イエス、マイマスター」
 とうなずいた。
 そして。
「解放ついでに言わせてもらうけどさ。あたしの料理が不味いのは百も承知だろうが。なのに何度も作り直させては不味い不味いと連発しやがってこの野郎」
 こめかみに血管を浮かび上がらせて、眉間にぐっと深い皺を刻み、両手に愛用のベレッタを構えるアレッサ。
「おかげでちょっとだけ料理スキルが上がったんだよ。こいつはそのお礼だ」
「いやあのそれは私じゃなくて」
 最後まで言い訳させてもらえるはずも無く。
 ガスが弾ける音とともに撃ち出された数発のBB弾が、私の眉間を穿つ。
 死ぬほど痛い。冗談抜きで痛い。
 痛いが――
「やっぱりこうでなきゃな……」
 額をさすりつつ、私はそう思った。

 ヴィアーチェがいて。
 アレッサがいて。
 ローナがいて。
 クローディアがいて。
 メイリンがいる。

 これが八重崎工房の日常なんだ。
 正直、クローディアが私の妻になっているあの世界もアリなんじゃないかなと少し思っていたが、今いるこの世界に比べたらなんてことの無い泡沫でしかないと気づく。
 やっぱり、あるべきところにいるべきだ。
 そんなことを考えつつ。
 もう少し続くアレッサの『お礼』に付き合おうと思った。




          終

 
創作小説 | Comments(4)
Comment
なんて妄想力だ!
みなとも殿、こんばんはー。

読ませていただきました。
何という妄想力でしょう!
かゆくてかゆくて、
悶え死んでしまいそうになりました。
いや、萌え死んでしまうのか?
ふぅ。

あ、そういえば、最近、久しぶりに新規開拓したラノベを読みました。
「ゼロから始める魔法の書」
王道ファンタジーです。安心して読める面白さ。カレーライスの様な安心感です。

「僕が七不思議になったわけ」
これ面白いです。シナリオが秀逸。
後半のどんでん返しというかネタばらしというかで、
一気にそれまで読んでいた部分の認識がひっくり返されてしまいました。
おもわず読み終わった後に、もう一度二度読みしてしまいました。
二度読みですよ。というわけで、おすすめです。
◎ まったくさん

ぶっちゃけラノベの類は妄想力全開で書いてナンボだと思うのですよ。そうでなければいわゆる「一般小説」との差が無くなってしまって、文章の構成だの文法だの内容だので評価されて「なんじゃこの文章は?」的な扱いになると思うので。
ラノベは「妄想ばんざい。」であるべきです。

ちなみに工房メイドで「妻にすると良い」のはクローディアですよ。家事万能で気配りができて働き者で夫を立てる。それでいて曲げない信念を持ち強くて優しくて美人ときたら、少々無口で鉄仮面でも妻にするしかないじゃないですか!
まぁ、私はそれでもヴィアを選びますけれどねっ(←ノロケ

>新規開拓
両方とも聞き覚えが無かったのでググってみましたら、電撃の第20回受賞作ですね。あらすじや作品紹介を見ているとおもしろそうです。フトコロに余裕が出来れば読んでみたいですね。

しかし…ほんっとこの頃本(マンガを含めて)を読まなくなったなぁ……イカンですね、これじゃ(´・ω・`)
ラノベですね?あれ違う?
萌え死にそうな感じの文章でしたね!
妄想万歳です!
姐も漫画描いているときは妄想全開なので
よくわかります(何が

これからもみなともさんが楽しい文字を
綴れますように~(^O^)

おもしろかったですよー!
短編はいいですねさくっと読める…
◎ 姫姐さん

ぶっちゃけラノベ感覚で書いてます(笑
こんな妄想全開な工房の中では堅苦しい文章が似合わないですし、もとより堅い文章が書けませんから。
妄想を欲望のままに出力する!それがここでは正義なのです!

>短編はいいですねさくっと読める…
本当は前後編にするつもりだったんですが、気が付けば3分割になってしまって…ちょっと長くなってしまいました。
ブログに載せるにはやはり短編や掌編がちょうどいいですね。長いと読むのに疲れますし、分割数が増えるといろいろ大変ですし。

しかし私には短く簡潔にまとめる能力が無いという。
精進が必要ですねぇ…(遠い目

ともかく。
ご感想ありがとうございました。

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