2015/02/01

アレッサ 「温泉旅行かぁ……」

アレッサ 「初めてなんじゃないか? 工房始まって以来だろ」
ローナ 「何をおっしゃっているんですか。去年も行ったじゃないですか」
アレッサ 「いや、マスターもいっしょに、って意味だ。今まではいなかったろ?」
工房主 「……君たちが私に黙ってこっそり行ってたからね……」
アレッサ 「工房メイド全員が同じ日に休暇を取ってたら気づくだろ普通……」
工房主 「気づかないよ。当日になって初めて休みだってわかるようにローナが細工してたんだから」
ヴィアーチェ 「そんなことをしてたんですか……?」
ローナ 「さて、何のことでしょう?」
工房主 「私は休みを取るのを意味無く拒否したりしないし、ちゃんと事前に言ってほしいよ」
アレッサ 「オーケー、わかったから泣くなよ。ちゃんと前見て運転してくれ。な?」
ローナ 「この車はレンタカーですし、事故でもしたらいろいろ面倒ですので」
工房主 「はいはい。……ようやっと誘ってもらえたと思ったら運転手をやらされる、か……」
ヴィアーチェ 「申し訳ありません。予約した宿が電車では不便な場所にありましたので……」
工房主 「いいんだよ、ヴィアーチェが謝ることじゃない。運転するのは好きだし。それに――」
ヴィアーチェ 「?」
工房主 「ヴィアーチェがナビシートにいてくれるからね。むしろ嬉しいというか楽しい」
ヴィアーチェ 「っ……」
アレッサ 「……マスター、クーラーを入れてくれ。メイド長がオーバーヒートしてる」

メイリン 「本当はアレッサさんが運転するはずだったんですよね?」
アレッサ 「そうだよ。でも昨日の晩、古い馴染みが日本に来ててさ、朝まで飲み明かしちゃったんだよ」
メイリン 「そうだったんですか。朝からお酒の匂いがしていると思いました」
クローディア 「まだアルコールが抜けていない者に運転させるわけにもいかないからな」
ローナ 「酒気帯びを知っていて運転させたらこちらにも罰金が来ますからね」
アレッサ 「キツい罰になったもんだ。……そう言えば、この中で車の運転免許を持ってないのって誰だ?」
工房主 「いないんじゃないの? メイリンとヴィアーチェは少し前に取ったし」
メイリン 「まだ私は一度も運転したことがありませんけれどね」
ヴィアーチェ 「同じく、です」
アレッサ 「ローナは持ってるのを知ってるけど、ディアも持ってんの?」
クローディア 「高校卒業と同時に取った。実家の道場の手伝いで週イチくらいで運転している」
工房主 「じゃあ途中で誰かに交代してもらえるんだね。よかった」
クローディア 「うむ。メイリンが持ってきたチョコ菓子にブランデーが入っていなければそうしたのだが」
工房主 「…………それ、食べていないのは誰?」
ローナ 「工房主さんだけです」
工房主 「…………」
ヴィアーチェ 「と、途中で休憩する回数を増やしましょう。そうなさってください」
工房主 「いや、チェックインの時間もあるし、できる限り頑張るよ」
ヴィアーチェ 「すみません。よろしくお願いします」

 


クローディア 「おい起きろアレッサ。着いたぞ」
アレッサ 「んあ? 寝てたのかあたし……今何時だ?」
クローディア 「午後三時少し前だ」
アレッサ 「思ったより時間かかってるな。おかげでグッスリ眠れたけどさ」
ローナ 「工房主さんの運転は丁寧ですからね。ゆっくりですが大きな揺れが少ないですし眠くなりますよ」
工房主 「一人のときは結構粗いけど、今日はみんなが乗ってるからね。丁寧にもなるさ」
ヴィアーチェ 「アレッサさんとクローディアさんは荷物を下ろしてください。ローナさんは受付を」
工房主 「私は車を駐車場に置いてくるよ」
アレッサ 「オーケー、すぐに荷物を下ろすから。四十秒待って」
メイリン 「温泉宿って聞いてましたけど、旅館じゃなくてホテルみたいですね」
アレッサ 「アンタがベッドで寝たいって言うから布団敷きじゃない宿を探したんだよ」
メイリン 「ええっ!? じゃあ旅館の浴衣が着れないじゃないですか! 楽しみにしてたんですよ!?」
クローディア 「仕方あるまい。ベッドで寝たいのなら我慢しろ、メイリン」
メイリン 「そんなぁ……。どうして温泉宿まで来て自前の浴衣を着なきゃならないんですか……」
工房主 「自前の浴衣は持ってきてるんだ……」
アレッサ 「さすがコスプレ大好きっ子だ。抜かりがねェ」


ローナ 「……はい? 今何と?」
従業員 「八重崎工房様は六名様で、ツインのお部屋を三室ご予約いただいております、と」
ローナ 「いえ、ツイン二部屋とシングル二部屋で予約したはずですが」
従業員 「こちらの記録ではツイン三室と……」
ローナ 「そんなはずはありません」
従業員 「……申し訳ございませんが少々お待ちいただけますか。確認してまいりますので」
アレッサ 「何だ、トラブルか?」
ローナ 「ええ、まぁ……」
支配人 「お待たせ致しました。お客様のご予約を再確認致しましたが、やはりツイン三室と」
ローナ 「そうですか……。予約をしたのは確かメイリンさんでしたね?」
メイリン 「わ、私はちゃんとローナさんに言われた通りに予約しましたよ!」
ローナ 「しかし実際にはツイン三つで予約されているそうじゃないですか。確認しなかったのですか?」
メイリン 「しましたよぅ! ほら、予約受付のメールにもちゃんと『ツイン三室』って……あれ?」
ローナ 「……メイリンさん……あなた……」
アレッサ 「責めるなローナ! メイは悪くないぞ!」
工房主 「そうさ、メイリンはそういうところが可愛いんだよ」
アレッサ 「だよな! さすがマスター、わかってる」
クローディア 「……実害が出ているんだぞ……。猫可愛がりも大概にしておけ」
アレッサ 「叱るのはメイド長の仕事さ。可愛がるのはあたしらの仕事。分業は大事だぜ?」
クローディア 「……そうか。(言っても無駄だったな)」
ローナ 「すみませんでした。こちらのミスだったようです」
支配人 「いえ。ではこちらにチェックインのサインをお願い致します」
ローナ 「ああ、その、できればツイン一部屋をシングル二つに変えていただきたいのですが」
支配人 「申し訳ございません。只今シングルのお部屋に空きがございませんので追加はちょっと……」
アレッサ 「なん……だと……?」
ローナ 「なんとか取れませんか?」
支配人 「VIP専用のスイートでございましたら二部屋ご用意できます」
ローナ 「スイート……宿泊費はどのくらいで?」
支配人 「一泊の料金はこちらになっております」
アレッサ 「高っ! M4カービン光学機器フル装備が余裕で買えるじゃん!?」
工房主 「その比較が甚だわかりづらいんだけど……」
ヴィアーチェ 「さすがに予算オーバーですね……」
ローナ 「仕方ありません。ツイン三室しか押さえられないのですから、それで行くしか」
アレッサ 「だな。つーわけで、みんな名前書けよー。……ところでコレ、本名書くのか?」
工房主 「当たり前だよ。宿帳に偽名とか事件の匂いがするからやめて」
メイリン 「メガネで蝶ネクタイの小学生が来ちゃいますね」
クローディア 「メイリン、洒落にならないから冗談でもそれは言うな」


ローナ 「さて、チェックインも済んだところで、解決しなければいけない問題があるのですが」
アレッサ 「何だ? コ○ン君対策なら準備はしてあるぞ? 見付け次第転がしてやんよ」
ローナ 「違います。誰かに見つかると面倒ですので銃を仕舞って下さい。ついでにそのセリフは悪役の死亡フラグですよ。問題というのは部屋割りのことです」
アレッサ 「それの何が…………あー、そうか」
ローナ 「そうです。誰が工房主さんと同じ部屋で寝るか、という問題です」
メイリン 「メイド長でいいんじゃないですか?」
ヴィアーチェ 「なっ……どうして私が主さんと……!」
メイリン 「嫌なんですか?」
ヴィアーチェ 「嫌とかそういうことではなくて……」
アレッサ 「んー、まぁ、そうだよな。夫婦でもカレカノでもない男と二人きりで夜を過ごすってのはさすがにね」
ローナ 「しかしそうは言っても、誰かが工房主さんと同室にならなければいけないんですよ。和室の旅館のようにお布団を他の部屋に移動させて詰めて寝る、というのができませんから」
クローディア 「メイリンがベッドにこだわったのがアダになったな」
メイリン 「私の……せいなんですか」
ローナ 「予約ミスもしましたし、全面的に」
メイリン 「うう……」
アレッサ 「やめろ! メイが泣いてるじゃないか! あたしの嫁をいじめるんじゃねぇ」
ローナ 「じゃあアレッサさんが工房主さんと同室しますか?」
アレッサ 「ヤだ」
工房主 「考慮時間ゼロ……」
クローディア 「アレッサ。お前に即答されて主殿が泣いているぞ」
アレッサ 「知るかよ。あたしはメイと同室で夜通しイチャイチャしたいんだよ」
ローナ 「立場的にはメイド長、責任的にメイリンさんが妥当なのですけれど拒否する、と」
ヴィアーチェ 「立場的とはどういう……」
アレッサ 「あたしもパスだかんね」
ローナ 「クローディアさんは?」
クローディア 「ふむ……主殿ではなく私に問題があって同室は断らねばならん」
アレッサ 「そういうローナはどうなのさ?」
ローナ 「…………そうですね」
クローディア 「了承するわけがなかろう。訊くだけ無駄だ。やはりメイド長……」
ヴィアーチェ 「わ、私はさっきも言いましたが――」
ローナ 「気は進みませんが、ここは私がみなさんの意思を汲んで犠牲になりましょう」
ヴィアーチェ 「えっ!?」
工房主 「犠牲って……私を一体何だと……」
アレッサ 「……正気か、ローナ?」
ローナ 「ええ。自分ですればよかった予約をメイリンさんにお願いしたのも私ですし、その責を受ける必要が私にはあります」
メイリン 「そんな……! 実際にミスをしたのは私ですし、ローナさんがそんなことをしなくても! 私がやります! ガマンします!」
アレッサ 「バカな、メイがやることじゃない。メイがやるくらいならあたしが代わってやるよ」
クローディア 「やめろアレッサ。お前はメイリンと同室が良いのだろう。いつだったかお前に借りを作っていたが、それを今返そう。私が主殿と同室でいい」
ローナ 「私がいいと言っているのですから、みなさんの言い合いは不毛です」
メイリン 「ダメです、私の責任です」
アレッサ 「メイにやらせるわけにはいかねぇんだよ」
クローディア 「アレッサ、借りを返させてくれ」
ヴィアーチェ 「え? え? なんですかこの展開?」
ローナ 「私が同室すると言っているんです!」
メイリン 「私が主さんと寝ます!」
アレッサ 「あたしがマスターと一緒だっつってんだろ!」
クローディア 「私が同衾すると言っている!」
ヴィアーチェ 「みっ、みなさんケンカはやめてください!」
アレッサ 「メイド長は引っ込んでてください! あたしだ!」
ローナ 「私です!」
クローディア 「私だ!」
メイリン 「私!」
ヴィアーチェ 「いい加減にしてください! 私が引き受けますから!」
四人 『どうぞどうぞ』
ヴィアーチェ 「!?」
アレッサ 「んじゃ、残り二部屋はあたしとメイ、ディアとローナでいいな?」
ローナ 「そうですね」
クローディア 「うむ」
アレッサ 「さー、部屋割りも決まったことだし、荷物を置いたら夕食前に温泉に行こうぜ」
クローディア 「それはいい。明るいうちから入る温泉はなかなか贅沢だ」
ヴィアーチェ 「……??」
アレッサ 「メイはやっぱり浴衣を着るのか?」
メイリン 「もちろんです。アレッサさんの浴衣もありますよー」
アレッサ 「マジで? さすがメイだ」
ローナ 「ひょっとして私のもありますか?」
メイリン 「はい。クローディアさんの分もありますよ」
クローディア 「そうか、それはありがたい」
メイリン 「服装だけでも温泉気分を味わってもらおうと思いまして」
ヴィアーチェ (何ですか……これ……?)
アレッサ 「……? 何やってんですかメイド長。部屋に行きますよ」
ヴィアーチェ 「え? あ、はい」
ヴィアーチェ (こうなるようにみなさんで共謀していた……ということですか……)
アレッサ 「ん? おい、マスターがいないぞ。どこ行った?」
ローナ 「主さんならロビーの隅っこでスネてますが」
工房主 「……そんなに嫌なら私なんて連れてこなきゃよかったんだよぅ……酷いよ……あんまりだよ……」
アレッサ 「あー……悪かったよ。メイド長と同室にしてやりたかったんだ。スネるなよ」

工房主 「アレッサたちにやられたね。まさかこれが『仕込み』だったとは」
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「その、ホントに嫌だったらちゃんと言って。どうにかするから」
ヴィアーチェ 「大丈夫です。嫌ではありません」
工房主 「そう? ならいいんだけど」


ヴィアーチェ (と言ったものの、工房主さんと同室なんて……どうしよう……)


ヴィアーチェ 「それで、どうしてこんなことをしたんですか」
アレッサ 「無粋ですよ。こんなに良い露天風呂に浸かりながらそんな顔でそんな話をするのは」
ヴィアーチェ 「今だから、です。あの人がおられない今だから問いただせるんです」
メイリン 「あの竹垣の向こうの男湯にいらっしゃるんじゃ?」
ヴィアーチェ 「運転で疲れたので少し休むと部屋に残っておられます。聞かれることはありません」
アレッサ 「まあまあ、髪を洗ってあげますから落ち着いてください」
ヴィアーチェ 「結構です。どうしてあんなことをしたんですか」
アレッサ 「……お節介ですよ、ただの。それ以上でも以下でもありません」
ヴィアーチェ 「お節介?」
アレッサ 「いい加減、くっついてほしいんですよ。いつまでも微妙な距離を保ってるのを見るとじれったくてね」
ヴィアーチェ 「そんなの……アレッサさんがどうこう言う問題ではありません」
アレッサ 「あたしだけじゃない。他のみんなもそう思ってますよ。だからあんな小芝居に協力したんだ」
ローナ 「ええ。触れそうで触れない距離をお互いに保っているのを見ていると、もどかしいのです」
メイリン 「くっつけばいいのにー、と思います」
クローディア 「メイド長は距離を詰めたいと考えていないのか?」
ヴィアーチェ 「それは……できればそうしたいですけれど……」
アレッサ 「けれど?」
ヴィアーチェ 「あの人が……何も言ってくれないですし……」
アレッサ 「……ああ」
アレッサ (あんだけ好きだの愛してるだの言われてて気づいてないのか、この人……)
ローナ (筋金入りの鈍感ですね。もしくは気づいていても恥ずかしくて認めたくないとか)
メイリン (アレッサさんとローナさんの思考が頭の中に流れ込んでくる……!? 何これ!?)
クローディア (ただのひそひそ話の文章的表現だ。超能力でもなんでもないぞ)
メイリン (そうなんですか。驚きました、私テレパスになっちゃったのかと)
アレッサ 「じゃあメイド長は、マスターから結婚してほしいと言われたらどうするんです?」
ヴィアーチェ 「そ……れは」
アレッサ 「急に距離を詰めるのは怖いですか? 今のままのほうがいいんですか?」
ヴィアーチェ 「…………」
アレッサ 「もっと触れ合いたいと思わないですか? 心だけでなく、物理的に」
ヴィアーチェ 「……物理的……」
アレッサ 「あたしらは、お節介でその機会を作ったんですよ。今回、この場所で」
ヴィアーチェ 「…………」
アレッサ 「この機会、『今晩』を逃すのは、部下として、同僚として、女としてどうかと思いますけどね」
ヴィアーチェ 「…………」
アレッサ 「メイド長……?」
クローディア 「いかん、気絶しているぞ。アレッサの言葉でいろいろ想像してのぼせてしまったようだ」
アレッサ 「……やれやれだナ。これだから無菌室育ちのお嬢サマは……」


ヴィアーチェ 「……? ここは……」
工房主 「気が付いた? 部屋のベッドだよ。気分はどう? 」
ヴィアーチェ 「主さん……私は……」
工房主 「温泉で湯あたりしたんだって。アレッサが部屋まで連れてきてくれたんだ」
ヴィアーチェ 「そう、ですか」
工房主 「ああ、まだ辛そうだし起きないほうがいいよ。それより喉乾いてない? 水飲む?」
ヴィアーチェ 「すみません、いただきます。ところでみなさんは……」
工房主 「宴会場で夕食中。アレッサが他の宿泊客と意気投合して飲むわ食うわの大騒ぎだよ」
ヴィアーチェ 「食事? 主さんは……?」
工房主 「ああいう騒がしいのは苦手だからね。アレッサが見知らぬオッサンにナンパされて他所の客の席に行ったあたりで、クローディアに監督を言いつけて抜けて来たんだ。ヴィアーチェが心配だったし、目覚めたときに一人きりだと寂しいかなと思って」
ヴィアーチェ 「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……。その様子ではお食事も満足に取られていないのではないですか?」
工房主 「ああ、気にしなくていいよ。山奥の温泉宿なのに海鮮料理ばかりでねぇ……魚介類が苦手な私にはほとんど食べられるものが無かったんだよ。もっとも私はもともと小食だし、それなりに堪能したよ」
ヴィアーチェ 「……すみません」
工房主 「謝らなくていいと言ったはずだけど。それよりヴィアーチェが湯あたりするなんて珍しいんじゃないかな。そんなに温泉が熱かった? それとも何か考え事でもしてた?」
ヴィアーチェ 「…………いえ、そういうわけでは」
工房主 「アレッサはひどくのっぴきならないことを考えていたみたいだって言ってたけど。ヴィアーチェがのぼせて倒れるまで考え込むことって、何なのかな」
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「……いや、まぁ、アレッサの様子で大体想像できるけれど。部屋割りの話で察しはつく」
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「考えてみたら、ヴィアーチェと普通に手をつないだことすらないんだよね。そんななのに、アレッサはさ、『メイド長は超が付くほど鈍感だから、思い切って押し倒せ』って言うんだよ。私にそれができるわけないのにね」
ヴィアーチェ 「……主さんは、私とそういうことをしたいと思うことはあるんですか?」
工房主 「らしからぬ大胆発言だね。まぁ、正直に言うなら……あるよ」
ヴィアーチェ 「ある、んですか……そうですか……」
工房主 「ヴィアーチェはそういうのって嫌いなんだよね」
ヴィアーチェ 「嫌い、というのは正確ではありません。免疫がないと言うべきでしょうか。幼少期から大学を出るまでずっと、お祖父様が過保護でしたので、男性の友人はほとんどいませんし、ましてお付き合いするような機会は皆無でした。ですから、恋愛というものがよくわからないのです。異性から好意を向けられても、どう対応していいのかわからないんです」
工房主 「そのわりに男の人とも普通に接してない? 工房の客とか三井とか……ピエトロさんとか」
ヴィアーチェ 「その方たちはあくまでお客様であり主さんのご友人であり父の弟子であって、私のプライベートの深いところに立ち入る方ではありませんから。メイド長として適切な物言いではありませんが、彼らとは失礼のないように接していればそれで問題はないと思います」
工房主 「なるほどね……ヴィアーチェの深いところ、か。そこには誰がいるんだろうね」
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「うぬぼれていいのかな」
ヴィアーチェ 「……よろしいのではないでしょうか」
工房主 「ありがとう。それが聞けただけでも十分だ」
ヴィアーチェ 「十分、ですか」
工房主 「不満?」
ヴィアーチェ 「そうではありませんが……アレッサさんに『物理的な距離を縮めたくはないか』と言われました」
工房主 「……ああ、なるほど。じゃ、ちょっと縮めてみようか?」
ヴィアーチェ 「え? あの、それは……どういう?」
工房主 「こういうこと」
ヴィアーチェ 「えっ、あのっ、主さんっ……! …………えっと…………」
工房主 「初めてヴィアーチェと手をつないだけど……熱くて柔らかいもんだなぁ。おっさん感動だわ」
ヴィアーチェ 「……手、ですか。びっくりしました……てっきり」
工房主 「もっとすごいのを想像した?」
ヴィアーチェ 「何をおっしゃっているのですか。そんなわけないじゃないですか」
工房主 「んー? 顔真っ赤だよ?」
ヴィアーチェ 「湯あたりのせいです」
工房主 「そっか。それならもう少し休んでいたほうがいいね」
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「ま、ゆっくりでいいんじゃないかな。少しずつ。私たちにはそれが合ってると思うんだ」
ヴィアーチェ 「はい」
工房主 「じゃ、少し休んでて。起きたときに何か食べられそうなものを用意してもらってくるから」
ヴィアーチェ 「はい。お願いします」


アレッサ 「ヘタレ。手をつないだだけとか……」
工房主 「いいんだよ、これで」
アレッサ 「せっかくお膳立てしてやったのに何やってんだよ、この根性なし」
工房主 「ありがとうな、アレッサ。いろいろ気を使わせて」
アレッサ 「な、なんだよ。罵倒してるのに感謝されちゃやりづらいだろうが。やっぱMの気があるんじゃねーの?」
工房主 「アレッサたちから見ればじれったいのかもしれないけどさ、寛大な目で見てもらえると助かる」
アレッサ 「……ぉう。イエス、マスター」
工房主 「ありがとう」
アレッサ 「…………。あー、興が醒めた。ディア、飲み直しだ。付き合え」
クローディア 「いいだろう。朝までつきあってやる」
ローナ 「私はメイド長の食事の手配をしますね」
アレッサ 「メイ、こっち来い。おっ○い揉ませろ」
メイリン 「さっきさんざん揉みまくったじゃないですかー。もうヤダー!」
アレッサ 「ほらほら、おねーさんがチョコケーキ買ってやるから」
メイリン 「本当ですか? じゃあ……」
工房主 「やめるんだアレッサ。傍から聞いてるとかなりヤバい会話だ」
アレッサ 「うるせー。ヘタレは部屋に戻ってメイド長の手をにぎにぎしてりゃいいんだよ。さっさと帰れ」
工房主 「あーあ、アレッサが完全に酔ってる……。クローディア、アレッサの監督をくれぐれも頼むよ」
クローディア 「承知した。アレッサは次の回からリリーフ登板させる」
工房主 「……ダメだ、こっちはもっと酔ってらっしゃる……。顔色が変わらないからわからないんだよな……」
ローナ 「私が見ていますから、主さんはメイド長の食事を部屋に運んであげてください」
工房主 「わかった。すまないなローナ」
ローナ 「いえいえ。アレッサさんの痴態を録画しておけばいろいろと使えますし。問題ありません」
工房主 「…………ここにはまともな人間はおらんのか…………」


アレッサ 「うう……気持ち悪ィ……」
工房主 「飲み過ぎだよ。まさか本気で朝まで飲み明かしてるとは思わなかった」
クローディア 「ペース配分を考えろと言ったはずだ、アレッサ」
アレッサ 「そんなこと言ってもさ……」
クローディア 「そんなだから九回まで持たずに打たれて敗戦投手になるんだ」
ローナ 「……こちらもまだ醒めてないようですね。巻き込まれた私もですけれど」
メイリン 「ZZZ……もう……アレッサさんのえっち……ZZZ……」
工房主 「どんな夢を……?」
ヴィアーチェ 「この分ですと、帰りの運転も主さんにお願いすることになりますけれど……」
工房主 「ああ、それは問題無いよ。アレッサが飲み始めた時点からそのつもりだったし」
ヴィアーチェ 「すみません。私が運転できれば……」
工房主 「仕方ないよ。免許証を家に置き忘れていたんだから。気づかずに運転していたら大変だった」
ヴィアーチェ 「すみません」
工房主 「気にしないで。助手席に座っていてくれるなら、それでいいよ」
ヴィアーチェ 「はい」

工房主 「じゃ、帰ろうか。工房へ」



          終

 
創作小説 | Comments(4)
Comment
みなとも殿、こんばんわー。
甘い。激甘っすよ。
途中で胸焼けしちまいましたよ。
ブラックコーヒーが必要です。

続き、まだー?
次の展開は?
き、き、き、キッスですかー!
◎ まったくさん

途中の「どうぞどうぞ」のネタをやりたかっただけなんですけど、それをやってオチを付けようとするとこんな感じになっていたという…
しかし「ぬるいわ!」と言われるかと思ってたのに「胸焼けする甘さ」という評価をいただくとは予想外でした。
甘々なストーリーはまったくさんの十八番やないですかー。

>続き
さ、さすがにこれ以上の「主×ヴィア」の甘い文章を書くのは恥ずかしいというか精神的にキツいというか…勘弁してつかぁさい(;^ω^)
みなともさん、こんばんは。

読みましたー。

なんというか、読んでいてこっ恥ずかしくなるような初々しさがたまらんかったです。
後、工房主様のイケメンっぷりが良いですね。
リア充は爆発すると良いのですよ。

それにしても、記憶によれば互いの気持ちを明確に話し合ったのは初めて?なんじゃないかな?と思うのですが。
今までお互いを想いつつもなんやかんやではぐらかされてきた気がします。
今回も、みんなが同室を嫌がり工房主様のいじけモードからの幕引きかと思いましたが、予想外の展開でした。
これからもゆっくりとした二人の関係の進展を楽しみにしておきます。
◎ 夜月さん

読了ありがとうございます。

>こっ恥ずかしくなるような初々しさ
だが待ってほしい。
主は「初々しい」などという単語からは程遠い30半ばのオッサンだということを忘れてはいけません。

>互いの気持ちを明確に話し合った
私の記憶でも初めてですよ。というか、それをテーマにした面もありますし。
いい加減もう少し関係を進めてやりたいなぁ、と思ったもので…

>これからもゆっくりとした二人の関係の進展を楽しみにしておきます
ありがとうございます。
しかしこの二人はここからが長いですよ!(笑

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