2015/04/22

掌編小説 『怒らせてはいけない人』

 本当はこのネタを漫画で描こうとしてネームまで行ってたんですけど、ページ数が20近くなって完成するのに1か月はかかりそうで、その頃にはこのネタの旬が過ぎてそうだったので小説での投下となりました。
 ちなみに小説を読む前にコチラに目を通していただけると、より話の展開がわかりやすくなると思われます。

 では、即興で書いた駄文ですがよろしくお付き合いください。


【注】 この作品はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実際のものとは一切関係ありません。

 


 さして大きいとは思わないのは、普段通っている学校の校舎を見慣れているせいだろうか。それとも自宅が平均的なものより大きいからだろうか。
 田舎町の無駄な広さを差っ引いても大きい部類に入る洋風二階建ての建物を玄関先から見上げ、冬花は小さく息を吐いた。そして灰色の瞳を正面の玄関扉に向ける。
 『八重崎工房』
 という屋号が刻まれた金属プレートが壁にかかっている。一見普通の一軒家に思えるが、一応個人経営の会社ということになっている。冬花は業務内容を詳しく知らないが、普通に想像できる類のものではないということは実際に工房でアルバイトをしてみて理解していた。
 その特殊性に気後れしつつ、屋号プレートの下にあるインターホンのボタンを押すと、分厚い扉の向こうでかすかに鈴の音が聞こえた。程なくして誰かの足音が近づいてくる。
「はーい、只今ー」
 やたらと軽い感じの声がして、がちゃりと扉が開かれた。
「あれ、冬花ちゃん。いらっしゃい」
 言ってにっこり微笑んだのは、長い黒髪でメガネをかけたメイド姿の女性だった。コスプレ会場でもメイド喫茶でもないのにメイドが当たり前のようにいる。それが工房の特殊性の『一部』である。
「ちわッス、メイリンさん。アレッサさんに呼ばれて来たんですけど、いらっしゃいますか?」
 丁寧に頭を下げて挨拶を交わし、冬花はそう尋ねた。
 不良っぽい外見と吊り目の鋭い目つきのせいで傍若無人な振る舞いをしそうに思われがちだが、内面は真面目で礼儀作法には気を使う娘である。
「アレッサさん? 確かこの辺を掃除してるはずだけど……」
 くるりと振り返り、メイリンはきょろきょろと周囲を見て、応接室の前で箒を動かすメイドに目を留めた。腕の動きに合わせて、頭の左側で縛った収穫前の稲穂のような金髪がさらさらと揺れているのが遠目にもわかる。
「アレッサさーん。お客様ですー」
「あー?」
 メイリンの声にアレッサが応え、手を止めて面倒くさそうな歩調でこちらにやってきた。吊り目の蒼い瞳には他人を威圧するような鋭さがあり、すらりとした長身と整った顔立ちが相俟って、見る者に酷く冷たい印象を与える。しかし今はその恐ろしさの欠片も彼女からは感じられなかった。
「ちわッス、アレッサ……さん……?」
「なんだ、冬花か。どうした、ぽかんとした顔して。まァ入れよ」
 客が冬花だとわかった瞬間、アレッサは警戒を解いた。工房の警備を一手に担っている立場上、来客に対する警戒と確認が習慣になっているのだ。
 舎弟(と思っているのはアレッサだけだが)をエントランスホールに招き入れ、メイリンにお茶の準備を言いつけると、アレッサは改めて冬花と向き合った。
「で? わざわざ尋ねてきて、何か用か?」
「……は?」
 その一言は想定外だったらしく、冬花は怪訝そうに眉をひそめ、首を傾げた。
「あの、あたしはアレッサさんから呼び出されて来たんスけど」
「知らねーよ。つーか、テメェのせいでこんなことになってんのに、わざわざ醜態晒すために呼び出すわけねーだろうが」
「え? はぁ?」
 あからさまに不機嫌な金髪メイドの不穏な空気を当てられ、冬花は一瞬混乱しそうになる。『こんなこと』が一体何なのかは改めて訊かずとも一目瞭然ではあったが、それが自分のせいだと言われることには心当たりの欠片すらなかった。
「え、あたしのせいって……その『耳』のことッスか?」
「それ以外に何がある。テメェが余計なこと言うからマスターから目茶苦茶怒られて、一週間の罰掃除とネコミミ勤務だよ。どうしてくれるんだこの野郎」
「…………」
 なんだか理不尽に責められている気がしたが、冬花はアレッサの頭に生えた茶色のネコミミとシッポのインパクトが強すぎて思考が上手く回らなくなっていた。案外似合ってるなー、という感想だけがなぜか温泉のごとく湧き出てくる有様である。
「えーと……。あたしのせい、ッスか?」
「そうだよ。お前、あたしの仕事の依頼はカネにならねーとか言ったらしいじゃねーか。それでマスターとメイド長から大目玉だよ。高校生をいいように使うなんてなに考えてんだー! ってな」
 ――実際そうじゃないスか。
 と言いそうになるのを、冬花はすんでのところで飲み込んだ。
「いやいやいや。それ言ったのあたしじゃねースよ。そもそも、エイプリルフールのネタじゃないッスか、それ。なんで本気にしてんスか」
「バカ。ギャグをギャグと理解したうえで悪乗りと知りつつ本気でネタにしちまう大阪人気質なウチのマスターをなめんな」
「す、すみません……?」
 変わらず理不尽を感じるものの、思わず謝る冬花。若干アレッサが涙目になっていることも、強く言い返せない原因だった。
「ま、見られちまったもんはしょうがない、諦めるとして。さっきも言ったが、あたしはお前を呼んだ覚えはないんだが」
「そんなはずないッスよ。ちゃんと手紙貰ってますし」
「手紙?」
 冬花が取り出したのは、何の変哲も無い白い封筒と白い便箋だった。アレッサはそれをひったくって文面に目を通した。パソコンで出力したゴシック体の文字が並んでいて、たった数行ではあるがきちんとした文章が綴られている。
「……あたしの名前があるけど、これ書いたのはあたしじゃねーよ。大体、日本語の読み書きは得意じゃねーんだ。こんな流暢な日本語が書けるかよ」
「あ……そうか……」
 今更そのことに思い当たり、冬花はぽりぽりと後ろ頭を掻いた。
 アレッサは国籍こそ日本人となっているが、東欧(と本人は言っている)に生まれ孤児として日本人に育てられた外国人である。育ての親のおかげで日本語での日常会話はできるが、読み書きは工房に来てから習い始めたため、未だに不自由な部分が多々あるのだ。少なくとも手紙の書き方などは習得していない。
「じゃ、これは誰が書いたんですかね?」
「マスターだろうな。あたしのネコミミ姿をお前に見せて『詫び』にしたかったんだろうよ。だからこのネコミミ姿を瞳に焼き付けたらさっさと帰れ。写真はお断りだ」
「はぁ、そうスか」
 そんなものを見せられても、と心底思う冬花。ネコミミなどというアレッサの性格には似つかわしくないものを装着させられて、人並みに恥ずかしそうに照れたりしているなら見る価値もあろうが、開き直って堂々としている姿に如何ほどの意味があるのか。そもそも『メイド服』という時点でツッコミどころ満載なのに、ネコミミが増えたところでどういう反応をすればいいのかがわからない。
 とりあえず困った顔をすると気まずくなりそうだと思い、それはしないでおこうとだけ心に決め、愛想笑いを浮かべた。
「大変良くお似合いで、可愛らしいですね」
「っ!」
 唐突に聞こえた冬花ではない声に、アレッサは顔色を変えて弾かれたように振り向いた。その瞬間、パシャ、と音がする。
「お……前ッ……!」
「あらあら、良いお顔ですね」
 再び、パシャ、と鳴る。それがスマートフォンのカメラのシャッター音であることを瞬時に理解したアレッサは、咄嗟に腕で顔を覆った。
「なんでお前がいるんだ! 秋絵!」
「冬花さんの付き添いです。無理を言ってお供させていただきました」
 うふふ、と含み笑いし、構えたスマートフォンのシャッターを切る秋絵。眉の辺りで切り揃えられた茶色の前髪にメガネをかけた、長いポニーテールの女子高生である。性格は『工房の魔王』ことローナとタメを張れる底意地悪さで、口から出る言葉はほとんどが嘘だというからそのとんでもなさは推して知るべし。
 アレッサも言葉で翻弄されることが多く、実直な冬花と違って苦手な相手だった。
「それにしても、お姉さんのこんな可愛らしいお姿を拝見できるとは、ついてきた甲斐があったというものです」
 パシャ。
 言って、笑顔でシャッターを切る。アレッサはレンズから逃れようと動くが、秋絵の手は的確にその動きをトレースし、写真を一枚、また一枚と増やしていく。
「やめろバカ! 撮るんじゃねぇ!」
「あら、どうしてですか? せっかくの可愛らしいネコミミですのに。春菜さんにお見せしたら喜びますよ」
 パシャ。
「こんな姿を春にゃんに見せてたまるか! データを消してやるからそのスマホをよこせ!」
「嫌です」
 パシャ。
 元傭兵だけあって秋絵を捕らえようとするアレッサの動きに無駄がないが、まるで魔法でも使っているかのように秋絵の身体が床をすべり、巧みにアレッサの腕をすり抜けていた。
 やめろ、嫌です、とその鬼ごっこがしばらく続き――
 ――やばい――
 冬花は疲労で鈍るアレッサの動きに反して、放たれる気配が強くなっていくことに気づいた。それは馴染み深い空気で、のっぴきならない類のものだった。
「止せ、アキ! その辺にしとけ、やばいぞ!」
 飽和して弾ける瞬間の『気配』を感じ取り、冬花が声を上げた。
「はい?」
 と秋絵が一瞬冬花に目を向けて、しかしシャッターはしっかり切って、その乾いた音が耳に届いたその直後。
 ばんっ!
 耳朶をぶっ叩く爆発音と同時に秋絵の手からスマートフォンが弾け飛んだ。くるくると宙を舞う端末はきらきらと小さな欠片を撒き散らしながら緩やかな弧を描き、かしゃん、と軽い破砕音と共に着地した。遅れて、きん、と真鍮色の金属筒が床に落ちる。
 おおおぉぉん……と爆発の余韻をエントランスに響かせ――やがて沈黙が降りた。
「――おいたが過ぎるぞ。ガキ――」
 完全に据わった蒼い瞳で秋絵を見据え、アレッサは感情が一切存在しない凍てつく声で言った。真っ直ぐに伸ばした右手には、黒い金属の物体が握られている。秋絵に向けられた暗い穴の奥には、ひとたび火が点けば恐ろしい破壊力を持って撃ち出される『鉛』が控えている。
「…………」
 さすがの秋絵もこの状況で笑うことはできないのか、スマートフォンを持っていた手を下ろすこともせず、大きく見開いた目で鬼神の如き金髪ネコミミメイドを凝視していた。
 秋絵を止めに入ろうとした冬花も、一歩踏み出した足がそれ以上動かず、声も出ず、硬直していた。
 そんな永遠とも思える緊迫した一瞬が過ぎ――
「すみませんでした。悪ふざけが過ぎたようです」
 深々と頭を下げ、秋絵が謝罪を口にした。途端に時間が動き出し、冬花がアレッサの前に立ちはだかる。
「アレッサさん、あたしからも謝ります。だから……」
「だから、何だ?」
 ちっ、と舌打ちして、秋絵との間にある冬花の眉間に銃口を向けた。トリガーに指はかかっている。このまま少し人差し指を引くだけで、容易に冬花の額に風穴が開けられるだろう。
 だからと言って、冬花も退くつもりはなかった。秋絵の非礼は確かに行き過ぎだったが、アレッサの行動は明らかに度を越えている。いくら姐御のような人と言えど、友人を理不尽に傷つけようとする者に好き勝手をさせるほどお人よしではない。
「…………」
 アレッサとの睨み合いは秋絵から冬花に変わり、先ほどよりもずっと強く周囲の空気が張り詰めていく。ぎり、みし、と聞こえるはずのない空気の軋みが甲高い音と共に弾け散る――その寸前。
「……あー、もー、わかったよ。ガキのクセにそんな目すんな」
 ふ、と空気が緩む。アレッサは不承不承といった格好でベレッタを仕舞い、やってられんとばかりに深いため息をついてガリガリと頭を掻いた。
「仲間のために命張るのは構わないけどな、簡単に銃口の前に立つのはやめろ。映画じゃカッコイイかもしれんが、実際は相手を刺激するだけで不幸な結果になるほうが多いんだよ」
「はい。すんませんでした」
「それと秋絵、お前も見切りがなってねぇ。相手を翻弄しても大丈夫な『限界』の見切りに自信があるんだろうが、それはお前一人だけで相手するときの限界だ。冬花や他の連中がいるときはそっちに火の粉が飛ぶことも考えて、もっと手前で止めとけ。悪ふざけは笑えるところで止めるから笑えるんだよ。それを超えたら取り返しがつかなくなる。……お前から見りゃババアの鬱陶しい説教かもしれんが、覚えておくほうがいいぞ」
「……そうですね。肝に銘じておきます」
 さすがにこの展開は予想していなかったのか、秋絵は意外そうな顔で素直にうなずいた。
「わかったんならそれでいい。スマホを壊してデータは葬ったし、嘘でも一応秋絵も反省してるみたいだからな……勘弁してやる」
「あざッス」
 ほう、と安堵のため息をつき、冬花は胸を撫で下ろした。そのとき、口に入れていたチュッパを無意識に噛み砕いていたことに気づき、ストックから一本取り出して包み紙を剥がした。加熱した意識を冷却するのにちょうどいい、ペパーミントの切れ味鋭い香りが口に広がる。
「ほれ、アキもしっかり謝れ。今回は先にアレッサさんを怒らせたお前が悪い」
「そうですね」
 いつもとは打って変わったような神妙な面持ちで、秋絵は風穴の開いたスマートフォンを拾った。それをアレッサの手に渡し、深々と頭を下げる。
「すみませんでした。それと、スマートフォンはお返し致します」
「なんだ、素直に謝れるんじゃねーか。普段からそうやってしおらしくしてりゃちっとは可愛げも……って、今なんつった?」
 軽口を叩きつつ秋絵の言葉を反芻し、ふと後半に引っかかるものを感じ取ったアレッサはまじまじと眼前のメガネ女子高生を見つめ返した。
「えっと、スマホを何だって?」
「いえ、ですから、お姉さんのスマホをお返しします、と」
「…………?」
 先ほどの神妙さは何処へ行ったやら、いつもどおりの笑みを浮かべて言う秋絵。その笑顔と手の中の壊れたスマホを交互に見て――アレッサは気づいた。
 見慣れたドッグタグのストラップがついていることに。
「あ――――っ! これあたしのスマホじゃねーかぁぁぁぁぁぁ!」
「そのようですね。ストラップにお名前がありましたので、持ち主がすぐにわかりました」
「ぬっはぁぁぁぁ! 完全にブッ壊れてるぅぅぅぅぅ! まだ分割払いが一年半も残ってるのに!」
 がくりと膝から崩れ、どかどかと床に拳を叩きつけて絶叫するアレッサ。気の毒そうにそれを見つめる冬花と、楽しげに微笑む秋絵、三者三様の表情がエントランスにカオスを生み出す。
 ひとしきり悲嘆に暮れ、怒りの矛先をはっきりと認識したアレッサは涙目で秋絵を睨んだ。
「そもそもなんでお前があたしのスマホを持ってんだよ! あ、前みたいにまたスリ盗ったんだろ! そうだろ!」
「そんな、人聞きの悪い。ここに落ちていたのを拾っただけです」
 と足元を指差した。もちろん、そんなところに落ちていたら、ここを掃除していたアレッサが気づかないはずがない。逃げも隠れもしない、いっそ潔いくらいあからさまな嘘だった。
「嘘つけえええええぇぇぇぇぇぇっ! お前が盗んだに違いないんだよ!」
「嘘も何も。私はここへお邪魔してから一度だってお姉さんに近づいていませんよ。どうやって盗めると言うんですか」
「知るかぁぁぁぁ! またお得意の『手品』を使ったんだろーが!」
「……タネもシカケもある手品でそんなことができるはずありませんよ……。冬花さんからも言っていただけませんか。スリ盗るなんて不可能です、と」
 自分の言葉では納得させられないと悟った(というか面倒くさくなった)秋絵は、事後を冬花に委任(というか丸投げ)した。突然面倒なことを振られた冬花はジト目で呟いた。
「できるだろ、お前の魔術なら……」
「はい?」
「いや、すまん。なんでもねー」
 今はできるできないではなく、アレッサを落ち着かせることが先決である。
 そう考えた冬花は、どう声を掛けたものかと思案し、床に伏せる金髪メイドの傍らにしゃがんだ。そしておもむろにぽんと肩を叩き、
「えーと…………ドンマイ?」
 これ以上無いという爽やかな笑顔で言った。
「…………」
 アレッサはその清々しい表情に頬を緩め、冬花に劣らぬ少年のような笑顔を浮かべた。
 そして。
「ふっざっけっんっなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 鬼神の形相で両手に拳銃を抜き、怪獣も真っ青なほどの雄叫びを上げた。
 びくぅっ! と冬花が身体と表情を強張らせる。
「テメェら、鼻の、穴が、三つになったら、便利だろ、便利だよな! 今すぐ開けてやんよ!」
「やべえ、マジギレしてる!」
「冬花さんが悪いんですよ。もっと適切な励ましの言葉はなかったんですか?」
「お前のせいだろうが! それよりとにかく逃げるぞ!」
「逃がすと思ってンのかコラ! 覚悟しろやぁぁぁぁぁぁ!」
 背中を向けている者を撃つのは卑怯者のすること。
 という理屈は今の泣き切れ状態のアレッサには通用しない。容赦なくトリガーにかかった指が動き――
「……何をなさっているのですか、アレッサさん?」
 その一言でピタリと止まった。声の主が誰なのかを理解した瞬間、アレッサの怒りに燃えた顔色が真っ青になり、ぎぎぎぎ、と油の切れたロボットのように固まってしまった。その視線の先には銀髪ポニーテールのメイドが一人、涼しげな笑みを浮かべて立っている。
「め、め、メイド長……いや、その……なんでもありません」
 引きつり笑いを張り付かせ、さっと両手の銃を仕舞い込み、あははは、とアレッサは明後日の方を向いた。
 ヴィアーチェは特に反応せず、いつもの微笑を湛えて金髪トリガーハッピーを見ている。その静けさが何よりも恐ろしいのは、工房関係者なら誰もが知っている。
「何をなさっているのですか、と尋ねましたが」
「いえ。別に。冬花たちと少しじゃれていただけです」
「そうですか。怒りに任せて未成年の女の子に銃を向けるのが遊びですか。……これは罰掃除期間延長と減給ですね」
「ぅえっ! いやあれはこいつらが……!」
「はい? ネコミミ勤務も延長してほしいのですか?」
 アレッサの言い訳をピシャリと封殺し、ヴィアーチェはあくまでも笑みを絶やさずに言った。その様子では反論は無意味だと悟り、アレッサはがくりと肩を落とした。
「…………。すんませんでした」
「はい。ではお仕事に戻ってください」
「イエス、マム」
 上司の命令を受け、アレッサは壁に立て掛けてある箒を手にし、黙々と掃除を始めた。
 ヴィアーチェはそれを見届けると、くるりと振り返って冬花たちに深々と頭を下げた。
「冬花さん、秋絵さん、大変失礼しました。申し訳ございません」
「ああ、いえ、元はと言えばアキが悪いんで……あんまりアレッサさんにキツいことをしないでもらえないッスかね」
「お気遣いありがとうございます。ですが、していいことと悪いことを判断し、己の行動に責任を持つのは大人の務めです。アレッサさんもそれはよくご存知のはずですから」
「はぁ……。オトナって大変なんスね」
 ヴィアーチェの言うことにイマイチ実感が無い冬花は、曖昧に返事をして秋絵と顔を見合わせた。秋絵は相変わらず考えていることが読めない笑顔で、何も言わず冬花に視線を返していた。
「すぐにお茶をお持ちしますね。そちらのソファでおくつろぎください」
「あ、はい。どうもッス」
 冬花たちをソファに案内し、ヴィアーチェは丁寧にお辞儀してからエントランスホールを辞した。
 それを見送った冬花は痛切に思った。
「ヴィアーチェさんを怒らせたらダメだな……」
「奇遇ですね。私もそう思います」
 秋絵も同意し、彼女にしては珍しく苦笑して小さく息をついた。


「じゃ、あたしらはそろそろ帰ります」
 運ばれてきた紅茶とクッキーを楽しんだ後、冬花は席を立った。話し相手をするため仕事を中断していたアレッサも釣られて立ち上がる。
「おー、気ィつけて帰れよ」
「ウス。……そうだ、アレッサさん。スマホのことなんスけど」
「あん? まだ言うか?」
 思い出したくも無い、とその表情が如実に語っていたが、冬花は違う違うと首を振った。
「弁償しますよ。ウチのもんが迷惑かけたんで、そのお詫びに」
「バカ野郎。ガキがンなこと気にしてんじゃねーよ。弁償してもらったって、メイのお宝画像が詰まったあたしのスマホはもう戻らないんだよ」
「でも……」
「そうですよ、冬花さん。壊れたものは元には戻らないんですよ」
『壊させたお前が言うな!』
 秋絵の他人事な言葉にアレッサと冬花がハモってツッコミを入れた。その反応を待っていました、とばかりに微笑む秋絵。
「ま、気にすんな。新しく買って、またメイの写真を撮りまくるさ」
「アレッサさん……」
「……あ、そうでしたそうでした」
 と秋絵は唐突に何かを思い出したように手をぽんと打って、ごそごそとカバンに手を入れた。そして何かを取り出し、それをアレッサの手に握らせる。
「スマホが必要でしたら、この端末をお使いください」
「あ? だからそういうことはしなくていいって言ってんだろうが。わかんねーやつだな」
「いえいえ。それはもともとお姉さんのスマホですし」
「…………は?」
 またも言われていることがわからず、ぽかんとするアレッサ。
 何気なく手の中のスマホに視線を落とし――
「あ――――っ!」
 見覚えのあるストラップに思わず声を上げた。
「これあたしのスマホじゃねーか!」
「ええ、そうですよ」
「なんで……どうして?」
「手品、ですよ。先ほどお姉さんが壊したのは、私が用意したニセモノです」
「なん……だと……?」
 信じられない、といった面持ちで端末を操作する。表示されるのは撮り溜めた大量のメイリンの画像で、間違いなくアレッサのスマホだった。
「いかがでした? 私の手品は」
「いや、壊れてなくて無事だったのはいいんだ。フェイクを用意したのも見事だ。この茶番のためにわざとあたしを怒らせて、スマホを壊させたのもさすがと言ってやる。だが……」
「?」
「いつ、どうやって、この本物を盗った……?」
「ええ、それは先ほども言いましたとおり――」
 とことこ、と秋絵は移動して、床を指差して。
「ここに落ちていましたが何か?」
「嘘つけやぁぁぁぁぁぁッ!」
 悪びれもせず言い放った秋絵に、アレッサは全力でツッコミを入れたのだった。



       終




:あとがき:
 うん。やっぱり冬花さんは動かしやすくていいわ。秋絵さんもアレッサを相手させると生き生きしてる感じに書ける。楽しいです。
 ともかく、読了ありがとうございました。

 
創作小説 | Comments(4)
Comment
みなとも、こんばんはー。

アレッサを愛でるお話ですね。
はい、わかります。
いいですねー。
◎ まったくさん

おばんでがすー(真昼間

>アレッサを愛でるお話
意図してませんでしたが、結果的にそうなってますね。
単純にアレッサを振り回してみたかっただけなんですけど、案外カワイイ感じになってしまったというか。
四季娘さんたちは工房メイドと違う角度からアプローチさせられるんでありがたい存在ですよ。夜月さんに感謝ッス。

ともかく、読了あざッス。
みなともさん、こんにちは。
夜月です。

「うぉっ、長い。。。」と思いましたが、一気に読めました。
面白かったです。

導入部分の風景描写が固かった印象ですが、中盤、秋絵さんが出だしたところから加速度的に読みやすくなりましたね。
自キャラが出ている部分もありそうですが、個人的には今までで一番面白い話でした。

特に秋絵さんが、自分が表現している秋絵さんより自分がイメージしている秋絵さんに近い形で表現されていて、「あれ、これ自分のキャラだっけ?」と思いました(笑
自分も頑張らないとなー。と痛感。

何が良いって、結局ひっかきまわすだけひっかきまわして、最終的にプラマイゼロってところですね。
まさに「秋絵さん」という感じで脱帽です。
後、「手品」なのか「魔術」なのか「魔法」なのか、どれが「嘘」でどれが「本当」なのかが「分からない」というところとかが秋絵さんらしいです。

それにしても、終始アレッサさんをここまで手玉に取れるのは、まぁすごいですね。
アレッサさんを手玉に取るといえば、ローナさんというイメージですが、秋絵さんとはそのベクトルが違いそう。
なんというか。目的の違いでしょうか。
秋絵さんは、からかう(遊ぶ?)事が目的なので、過程自体が目的。なので最終的には誰の損にもなっていない。
ローナさんは、自分の利につなげるという印象です。

ちなみに、ローナさんの場合は、きっとアレッサさんに自分で自分のスマホを壊させたところで終わりそうですね。
自分で壊したので自業自得だ。的な。
その後、なぜかバックアップされたスマホのメイリンさんの写真を高値でアレッサさんに売る。
もしくは、餌にして利用する。みたいなことをするんじゃないかなぁ。とか勝手に想像しました(笑
◎ 夜月さん

読了ありがとうございます。

>「あれ、これ自分のキャラだっけ?」と思いました(笑
私も「あれ、これ自分のキャラだっけ?」というくらい秋絵さんは自然に動かせるので驚いてます。
それに比べてローナやディアが動かない動かない(笑

>終始アレッサさんをここまで手玉に取れる
秋絵さんに苦手意識があるから、でしょうね。「コイツは何をしてくるかわからない」と構える警戒心を逆手に取って翻弄している感じに書くようにしてます。
もっとも、アレッサもある程度わかっててノってるところもあるんですけれど。

>ローナさんは、自分の利につなげるという印象
秋絵さん同様過程を楽しんでいたらなぜか利益が出た、という形に持って行くのがローナですね。何かを仕掛ける前にはすでに結果が予測されていて、楽しんだあとはどう転んでも利益が確定するといった感じで行動しています。
ただ、この頃のローナは丸くなった(ヴィアーチェの目がある)ので、工房メイド相手にはあまり無茶なことはしなくなっています。自分のやり口がある程度知られているので上手くいかないことが増えたということもありますけれどね。
それでも工房主やアレッサ、メイリンはそこそこカモにされてます(笑

管理者のみに表示