2015/09/05

工房主 「うわ……凄い雨だ……」

工房主 「台風が近づいてるからかなぁ。雨音で目が覚めるなんて久しぶりだよ」
工房主 「今……7時前か。みんな通勤できるかな。電車の運行状況は、っと」
工房主 「……ああ、やっぱり止まってる。こりゃダメだな」
工房主 「今日は休みにするか。無理に出てきてもらって何かあっても困るし、ヴィアーチェに電話してみよう」
ヴィアーチェ 『おはようございます。こんな早朝にどうなさいました?』
工房主 「大雨で電車が動いてないみたいだし、再開のめども立ちそうにないし、今日は休業ってことにしたいんだけど」
ヴィアーチェ 『それは……そうですね』
工房主 「うん。それで、仕事のスケジュール調整は必要かな? 緊急の仕事はあった?」
ヴィアーチェ 『データ入力のお仕事が一件、締切は明後日です。これは主さんの案件です』
工房主 「昨日からやってるやつだね。了解。他のみんなの仕事は?」
ヴィアーチェ 『緊急の案件はありません。今日一日休んでも支障はないでしょう』
工房主 「それは好都合だ。じゃあ、今日は休業ってことで」
ヴィアーチェ 『わかりました。みなさんには私から改めて連絡しておきます』
工房主 「よろしく」

 


工房主 「さて、休みにしたし、もう一眠りしてから作業開始するか」

工房主 「……? 今玄関のドアが開く音がしたような……」
工房主 「まさか、誰か出勤してきたんじゃ……」

工房主 「クローディア? どうしたの、こんなに早く」
クローディア 「おはよう、主殿。すまない、起こしてしまったか」
工房主 「いや、雨音でさっき目が覚めたんだ。それより全身濡れ鼠で泥だらけじゃないか。どうしたのさ」
クローディア 「うむ、この雨で作物が心配だったのでな。先ほどまで畑にいた」
工房主 「ええ……そんな……。とにかく早く着替えたほうがいいな。いや、その前にシャワーかな。身体が冷えてるだろうから、しっかり温まっておいで」
クローディア 「それには及ばない。外の水道で泥を落としてくる。泥だらけの身体でバスを使うわけにもいかんだろう」
工房主 「泥なんてどうでもいいんだよ。早くシャワーに行って、風邪引くよ」
クローディア 「しかし……」
工房主 「しかしも案山子も無し。『工房主命令』ってことにしてでも従ってもらうから」
クローディア 「……了承した」


工房主 「まさかこの大雨でクローディアが畑に来ていたなんて思わなかった」
工房主 「台風になると『田んぼを見てくる』って出て行く人がいるけど、都市伝説じゃなかったんだな……」
クローディア 「主殿。ちと問題が発生したのだが」
工房主 「ん、なにご……うわあ! そ、そ、その恰好は何!?」
クローディア 「すまない、見苦しいものを晒しているな」
工房主 「いや、別に見苦しいとか思わないけど、なんでバスタオル一枚? 着替えは?」
クローディア 「うむ、実は慌てて家を出てきたせいでロッカーの鍵を忘れてきたらしい。着替えを取り出せないのだ」
工房主 「…………ぅあ」
クローディア 「すまないが、着ていた服の洗濯と乾燥が終わるまでこの姿で居ることを許可してほしい」
工房主 「いやいやいやいや。私の服でよければ貸すから。その恰好でウロウロしないでください」
クローディア 「別に私はこのままでも気にしないが」
工房主 「私が気にするんだってば。とにかく新品のシャツとハーフパンツを出すから、それを着てて」
クローディア 「別に新品でなくとも気にしないのだが……」
工房主 「私が気にするの!」
クローディア 「そうか」


工房主 「クローディア、朝食は?」
クローディア 「明け方に雨音で目覚めて、その足で畑に来たので、まだだ」
工房主 「じゃあ用意するよ。と言ってもトーストと紅茶くらいしかできないけど」
クローディア 「いや、私がやろう。主殿を炊事で働かせては工房メイドの名折れだ」
工房主 「いいんだよ、たまには。今日は休業日だし、工房メイドの仕事はないんだよ」
クローディア 「休業日……? 今日は平日だが」
工房主 「この大雨で電車が止まっていてね。みんな出勤できないから、私の提案で休業日にしたんだよ。クローディアにもメールで知らせたはずだけど」
クローディア 「……携帯電話も家に忘れてきた」
工房主 「Oh……。というか、電車が動いていないのにどうやってここまで来たのさ?」
クローディア 「自転車だ。畑に急ぎたいのに始発電車が遅れて来なかったので仕方なく」
工房主 「すげぇ。電車が止まる大雨の中を自転車とは……無茶したもんだ」
クローディア 「少ないとはいえ畑は工房の収入源だからな。責任は持っておきたい」
工房主 「その気持ちは立派だけど、無茶はいけない。心配するから」
クローディア 「わかった。今後気を付ける」
工房主 「ん。じゃ、トーストが焼けたみたいだし、食べようか」


工房主 「私は締切のある仕事があるんでそっちにかかるけど、クローディアは適当にくつろいでていいから」
クローディア 「くつろぐ前に泥が落ちた廊下の掃除をしておきたいのだが」
工房主 「んー……(放置しておけって言っても聞かないだろうな)。じゃあそれだけお願い」
クローディア 「了解した」


工房主 「あ、ヴィアーチェにクローディアが来てることを知らせないとな。連絡取れなくて困ってるかもだし」
工房主 「メール送信、と」
工房主 「しかしこの雨、いつまで続くんだろう……」


クローディア 「主殿。廊下のついでに浴室とトイレとダイニングの掃除が終わったが、他に用事はないだろうか」
工房主 「この子はなんでそんなに働き者かね……。してくれたのは助かるしありがたいけれど、さっきも言ったように今日は休業だよ。仕事はしなくていいんだって。今のクローディアは客人と同じなんだよ」
クローディア 「うむ……そうだったな。ではおとなしくしていよう」
工房主 「よろしく」
クローディア 「…………」
工房主 「…………」
クローディア 「…………」
工房主 「……いや、おとなしくするのはいいけど、じっと私の作業を見てるってのはどうなのさ? 退屈でしょ」
クローディア 「迷惑だろうか」
工房主 「そこまで言わないけど、視線が気になるというか……。何かしようと思う事はない? 仕事以外で」
クローディア 「無趣味のつまらない人間ゆえ、何も思いつかないのだが」
工房主 「卑下はやめなさい。怒るよ? うーん……書庫で本を読むのは?」
クローディア 「主殿がそうしろと言うなら、そうしよう」
工房主 「……うむぅ……(どうしたものか……)」
クローディア 「では私は書庫にいる。何かあれば呼んでほしい」
工房主 (仕事をさせるほうがいいんだろうか……。でも休業だから給料出せないし……)


工房主 「とりあえず作業終了、と……。もう正午過ぎか。クローディアを呼んでごはんにしないとな」
工房主 「……と思ったら……。書庫で読書中じゃなかったの?」
クローディア 「昼時だったのでな。昼ごはんを用意した。今、主殿を呼びに行こうと思っていたところだ」
工房主 「ああ、もう。とにかくありがとう」


工房主 「ごちそうさまでした」
クローディア 「お粗末様。冷蔵庫の残り物での急ごしらえだったが、なんとか形にはなったようでよかった」
工房主 「いつも通りで美味しかったよ。いい嫁になるよ、クローディアは」
クローディア 「……そうか」
工房主 (照れてる?)


工房主 「さて、午後はずっと暇なわけだが」
クローディア 「外は変わらずの大雨か。五六八(柴犬)の散歩は無理そうだな」
工房主 「……そういえば、クローディアと二人きりって初めてだね」
クローディア 「大抵メイド長かアレッサが工房に居るからな。言われてみればそうか」
工房主 「…………」
クローディア 「…………」
工房主 (普段あまり会話しないから、どんな話題がいいかわからない……)
クローディア 「…………」
工房主 「…………」


工房主 (……お互い無言のまま三時間が過ぎてしまった……)
クローディア 「雨、止まないな。むしろ強くなっている気がする」
工房主 「ぅえ? ああ、うん、雨台風だからね。通り過ぎるまでこの調子じゃないかな」
クローディア 「そうか。ではまた自転車で雨の中を帰宅しなければならんか……ふむ」
工房主 「いやいやいや。車で送るから。風もあるし、無茶しないでほしいんだけど」
クローディア 「それはこちらのセリフだな。この大雨と風では車は危険だ。主は無理をするものではない」
工房主 「自転車で行こうとしてる人のセリフじゃないよね?」
クローディア 「むぅ……ではどうしろと。ここから出られないなら泊まるしかないのだが、規則で禁じられているだろう」
工房主 「さすがにこの状況では特例を出すしかないんじゃないかな。ヴィアーチェに事情を説明してさ」
クローディア 「許可が下りれば雨の中を帰らずに済むが……どうだろう」
工房主 「訊いてみよう」


工房主 「……というわけなんだけど」
ヴィアーチェ 『そうですね……暗くなっても雨の勢いが弱まらないなら、それしかないですね』
工房主 「とりあえず九時くらいまで様子を見て、車が出せそうなら送る、ダメそうだったら泊めるってことでいいかな」
ヴィアーチェ 『わかりました。暗くなってからでは少々雨風が弱まっても自転車は危険ですし、特別に許可します』
工房主 「ありがとう。宿直室を使うことにするよ」
ヴィアーチェ 『はい。くれぐれも間違いのないようにしてくださいね』
工房主 「はは、私がクローディアを無理矢理どうにかできると思う? それにヴィアーチェを悲しませるようなことはしないよ」
ヴィアーチェ 『わかっています。意地悪なことを言ってしまいましたね。すみません』
工房主 「ん。……ヴィアーチェ」
ヴィアーチェ 『はい?』
工房主 「大好きだよ」
ヴィアーチェ 『…………よく聞こえません、電波が悪いようです。では』
工房主 「あ、切られた……」


工房主 「許可が下りたよ」
クローディア 「了解した。これで堂々と主殿を襲えるな。今夜は寝かさないぞ」
工房主 「っ!?」
クローディア 「冗談だ。アレッサから機会があればやってみろと言われていたジョークなのだが」
工房主 「何をやってるんだあのトリガーハッピーは……。そんなジョークを真に受けないように」
クローディア 「うむ……使いどころが難しいな。研究せねば」
工房主 「いやあの、できればもう使わないでください」


クローディア 「夕食を作ったが」
工房主 「おや、洋風だね。和食専門のクローディアが珍しい」
クローディア 「挑戦してみた。どうだろう?」
工房主 「……うん、美味しい。でもこのポークソテー、洋風に見えるけどガッツリ醤油風味だね」
クローディア 「うむ。味付けに悩んだので醤油を使った。ダメか?」
工房主 「一風変わってていいんじゃないかな。今後のメニューに組み込んでみるといいよ」
クローディア 「そうか。わかった」
工房主 「しかし、本当にクローディアはいいお嫁さんになるよ」
クローディア 「昼もそんなことを言っていたが、どういうつもりだ。変なものを食べさせた覚えはないのだが」
工房主 「いやいや、真面目な話だよ。料理は上手い、家事は万能、その上義理堅くて人情があって、意思も信念も強い。世話好きだし優しい。ついでに武術の心得があって美人さんときた。愛想が乏しいのが難点と言えば難点だけど、付き合ってみると無愛想なわけじゃない。嫁にするには申し分ないと思うんだけどね、私は」
クローディア 「……褒められたと思うのだが、礼を言うべきだろうか」
工房主 「必要ないよ。私が勝手に言ってるだけだから」
クローディア 「そうか」
工房主 「クローディアの旦那になる人ってどんな男なんだろうな」
クローディア 「うむ……少なくとも主殿ではないな」
工房主 「だろうね。私じゃ頼りなくてダメだもんね。もっと立派な男でないと」
クローディア 「いや、そういう意味ではない」
工房主 「? どういう意味?」
クローディア 「主殿は私をそういう風に見てるか? 嫁にしたいと」
工房主 「あー、そういうことか。わかった」
クローディア 「そういうことだ。だから『主殿ではない』と言った」
工房主 「把握。でもさっきの言い方だと、クローディアが『テメーは論外だ』って言ってるみたいに聞こえたもので」
クローディア 「すまない。誤解させたようだ」
工房主 「論外なのは事実だからね、別に気にしてないよ」
クローディア 「すまない」
工房主 「うん。で、せっかくの機会だから訊くけど、クローディアの理想の人ってどんな感じ?」
クローディア 「そうだな、あまり相手に求める要素はないのだが……」
工房主 (あれ、案外あっさり乗ってきたな……)
クローディア 「第一は私を大事にしてくれること、だろうな。もちろんそれを言葉に出す必要もないし、あからさまに態度で示してもらう必要もない。私が相手のそういう気持ちを汲み取り、理解できるのであればそれでいい。愛されているとわかれば尽くす気持ちも生まれるというものだ」
工房主 「長年連れ添った夫婦みたいだナ……。言うことがいちいち大和撫子だわ」
クローディア 「あくまで理想だからな」
工房主 「ああ、そうか。じゃあ現実的には、やっぱり容姿や仕事、収入は気になる?」
クローディア 「もちろんだ。容姿はともかく、収入が無くては暮らしていけないからな。だが、私が楽をしたいからと相手に高い収入を要求することはない。私は夫にぶら下がるのではなく、その隣を歩んでいきたいのだ」
工房主 「もうクローディアが眩しすぎて見えないんですがどうしたらいいですか?」
クローディア 「知らん。それをアレッサに話したら、ただの都合のいい女だと言われたがな」
工房主 「ああ、うん。確かにそうかも」
クローディア 「仕方あるまい。ある殿方に寄り添い、付き従い、全身全霊尽くすようにと育てられたのだからな」
工房主 「ある殿方?」
クローディア 「許婚というやつだ。今はもうその約束は効力を失っているが」
工房主 「ふうん……どんな男か知らないけど、無効とはもったいない」
クローディア 「…………」
工房主 「許婚が嫁として最高レベルなんてどんなラノベだ。羨ましすぎて耳から蒸気が出るよ」
クローディア 「? 主殿は私などが妻になるのが羨ましいのか?」
工房主 「そりゃね。クローディアみたいな美人が真心をもって尽くしてくれるなんて、男として嬉しくないわけがない。尽くす価値があると認められるからこその献身だろうし、クローディアの愛情と信頼を得られるというのはやっぱり羨ましいと思う」
クローディア 「……私はそれほど大層なものではないぞ」
工房主 「それは『自覚が足りない』と言わざるを得ないね。クローディアは人間的にすごく魅力のある人だと思うよ」
クローディア 「……そう言われると気恥ずかしいが、嬉しいものだな」
工房主 (あれ、今ちょっと微笑んだ? 珍しい)
クローディア 「ありがとう、主殿。あなたに仕えていてよかった」
工房主 「い、いえ、どういたしまして。こちらこそいてくれてありがとう」
クローディア 「……そういえば、雨と風が随分弱まってきたな」
工房主 「あ、え、うん? ああ、そうみたいだね」
クローディア 「この様子だと家に帰れそうだ。主殿」
工房主 「はい」
クローディア 「すまないが、家まで送ってもらえないだろうか」
工房主 「了解」


工房主 「到着、っと」
クローディア 「ありがとう、主殿」
工房主 「自転車で帰すことを思えば、このくらいはね」
クローディア 「自転車は明日乗って帰ることにする。その間工房に置かせてほしい」
工房主 「もちろん。じゃ、おやすみ。クローディア」
クローディア 「おやすみ、主殿」


工房主 「しかし、今日はクローディアの意外な一面をいっぱい見た気がするな……」


工房主 「おっと、ヴィアーチェにメールしなきゃ。クローディアを送って行った、と……送信」
工房主 「さて、帰ってお風呂入って寝るか……」


工房主 「…………。クローディアの服が乾燥機に残ってるんだが……」
工房主 「そう言えば送って行ったときは私が貸した服のままだったな。うっかりしてた」
工房主 「下着も入ってるし……どうしたものか……」
工房主 (ってことは、クローディアはずっと下着をつけてなかったってことか……?)
工房主 (バスタオル一枚で出てきたりするし……恥じらいはないんだろうか)
工房主 「いやいや、それはさておき。この服をどうするかだ」
工房主 「放置したら誰かに見つかって面倒なことになりそうだし……ううむ……」
工房主 「……仕方ない、畳んで脱衣籠に入れておくか」


クローディア 「おはよう、主殿」
工房主 「おはよう。風邪引かなかった?」
クローディア 「問題無い。それより、洗濯して忘れて帰った私の服と下着は、主殿が乾燥機から取り出して畳んでおいてくれたのだろう。ありがとう、シワにならずに済んだ」
工房主 「ちょっ、今その話は……!」
アレッサ 「!?」
ローナ 「!?」
ヴィアーチェ 「!?」
メイリン 「?」


工房主 (……ああ、なんか面倒なことになる予感がする……)



          完


 
創作小説 | Comments(0)
Comment

管理者のみに表示