2015/08/07

工房主 「……この匂いは……」

ヴィアーチェ 「……以上が今日の予定です。それと、こちらが資料になります」
工房主 「ありがとう。……ん? この匂いは…………天花粉?」
ヴィアーチェ 「あ、すみません。今朝使いましたので……お気に障るようでしたら落としてきますが」
工房主 「いや、大丈夫。嫌いな匂いじゃないから。でも珍しいね、ヴィアーチェにしては」
ヴィアーチェ 「このところ寝苦しい夜が続いていますので、汗疹ができてしまいまして……」
工房主 「ああ、そうか。私も結構酷いんだよね……。ともかくお大事に」
ヴィアーチェ 「はい、ありがとうございます」


 


アレッサ 「なぁ、メイ」
メイリン 「はい?」
アレッサ 「このダイニングキッチンのクーラー、もう一つ出力の大きい機種にしたいと思わないか?」
メイリン 「? 別に思いませんけど……」
アレッサ 「いいや、冷房能力が足りてないとあたしは思うね。ローナはどう思う?」
ローナ 「そうですね……夏の暑い時期に炊事していると汗が噴き出すことはありますね。メイド服も長袖ですし」
アレッサ 「だろ? だからもうちょっと冷房能力が欲しいと思わないっかな」
メイリン 「コスプレイヤーがこの程度で暑がっていては、コスプレなんてやっていけません」
アレッサ 「それはわかるけど、メイだって暑いより涼しいほうがいいだろ」
メイリン 「それは、まぁ……暑いと衣装に汗染みができますし……」
アレッサ 「そうだろ」
クローディア 「アレッサの言いたいことはわかるが、主殿に入れ替えを申請しても通るとは思えんのだが」
ローナ 「ですよねぇ……経費削減推進中ですし……。アレッサさんがどうやっても許可が下りないと思いますよ」
クローディア 「メイド長の許可も必要だろう。どうする気だ?」
アレッサ 「確か、備品の購入はメイド長の許可とマスターの承認印が必要なんだよな?」
ローナ 「ええ、まあ」
アレッサ 「つーことは、メイド長がマスターの承認印をもらえばいいってことだ」
クローディア 「……アレッサ。お前、何を考えている?」
アレッサ 「ま、見てなって。メイ、手伝ってくれよな。もちろんみんなも」


メイリン 「ええっ? 私がメイド長に変装して主さんのハンコをもらってくるんですか?」
アレッサ 「そうだ。書類にハンコを押させりゃこっちのもんだ。やってくれ」
メイリン 「……メイド長に変装するのはできますけど……主さんにバレませんか?」
アレッサ 「自分の技術に自信持っていいぞ。もちろん本番前にテストするけどな」
メイリン 「……わかりました。やってみます」
アレッサ 「サンキュ。愛してる」


メイリン 「見た目はこんな感じですかね。ウィッグとカラーコンタクトですけど、違和感あります?」
アレッサ 「ノープロブレムだ。どこから見てもメイド長だよ。あとは声だが……」
メイリン 「待ってください……あー、あー、あー、あー……これくらいかな。どうですか、アレッサさん」
アレッサ 「ヤベェ。そっくり過ぎ。凄いな、その声帯模写」
メイリン 「そうですか、よかった」
アレッサ 「よし、まずディアやローナでテストだ。業務連絡っぽい感じで話してみてくれ」
メイリン 「らじゃ。元演劇部の血が騒ぎます」


メイリン 「ローナさん、少しよろしいですか」
ローナ 「はい。何かご用ですか、メイド長」
メイリン 「本日の夕食当番ですけれど、メイリンさんと代わっていただけませんか」
ローナ 「当番を? では買い物は……」
メイリン 「それはメイリンさんにお願いしてあります。夕方にお仕事が重なるようですので、当番だけ交代していただければ」
ローナ 「わかりました、メイド長」


アレッサ 「バレてない、な」
メイリン 「だといいですけど」
アレッサ 「大丈夫だよ。次はディアだ」


メイリン 「クローディアさん、少しいいでしょうか」
クローディア 「メイド長。何か?」
メイリン 「午後の手が空いているときで構いませんので、書架の整理をお願いできませんか」
クローディア 「書架を? それはアレッサの仕事ではなかったか」
メイリン 「アレッサさんお一人では今日中に終わりそうにないとのことですので」
クローディア 「ふむ……承知した。畑の世話を済ませたら手伝おう」
メイリン 「お願いします」


アレッサ 「完璧だ。バレてる気配はないな」
メイリン 「そうでしょうか。ローナさんもクローディアさんも違和感をお持ちのようですけど……」
アレッサ 「でも確信はないはずだ」
メイリン 「うーん……」
アレッサ 「ともかくだ。次は本番、ローナとディアに協力を頼んでマスターのところへ行くぞ」
メイリン 「…………はい」


アレッサ 「つーわけで、作戦中のメイド長の足止めを頼む。メイと鉢合わせたら面倒だからな」
ローナ 「わかりました」
クローディア 「やめておけ。すぐにバレる。主殿を侮るな」
アレッサ 「大丈夫だって。メイの変装は完璧だよ。お前らだって見抜けなかったろ?」
クローディア 「むぅ……」
アレッサ 「心配すんな。クーラーはあたしらのもんだ。なんだったらメイがバレるかどうか、賭けるか?」
クローディア 「うむ……ではバレるほうに賭けよう」
ローナ 「私もです」
アレッサ 「あたしはバレないほうだ」
メイリン 「じゃあ、行ってきます」


メイリン 「主さん、ヴィアーチェです。失礼します」
工房主 「どうぞ」
メイリン 「ローナさんたちからキッチンのエアコンを買い替えてほしいとの要望がありまして、その承認をいただきたいのですが」
工房主 「エアコン? 壊れたの?」
メイリン 「いいえ。冷房能力が足りず、炊事の時に暑すぎるからということです」
工房主 「うぅむ……買い替えか……。予算というか、機種の選定は済んでる?」
メイリン 「はい。アレッサさんやローナさんが適切なものを見積もっています。こちらがその資料です」
工房主 「ふぅん……。で、ヴィアーチェは許可してるの?」
メイリン 「この書類を私がお持ちした時点でお察しいただけるかと」
工房主 「? おかしなことを言うね」
メイリン 「おかしい、ですか?」
工房主 「うん。備品の購入に必要なのはメイリンの許可じゃない。ちゃんと工房メイド長であるヴィアーチェが私に持ってこなきゃ効力はないんだよ。わかってるよね、メイリン?」
メイリン 「何をおっしゃっているんですか? 私がメイリンさんだと?」
工房主 「うん。ヴィアーチェに変装してもダメだよ、メイリン。私には通用しない」
メイリン 「…………。どうして」
工房主 「私が最愛の人を見間違えるとでも? それに、匂いが違うしね」
メイリン 「匂い? ちゃんとメイド長がいつも使っているシャンプーの匂いを付けたはずなんですけど……」
工房主 「残念。今日のヴィアーチェは天花粉の匂いがするんだよ。気づいてなかった?」
メイリン 「……!」
工房主 「気づいてなかったか。でも、さすがはメイリン、ヴィアーチェに声も見た目もそっくりだよ。大したもんだ」
メイリン 「…………」
工房主 「けど、こんなことはもうしないようにね。大方、アレッサの入れ知恵なんだろうけど」
メイリン 「……はい。わかりました」
工房主 「わかれば良し。じゃ、仕事に戻って」
メイリン 「え……? お咎めは無しでいいんですか?」
工房主 「んー、確かにお咎めなしってのはダメだな。じゃあメイリンに罰として命令する」
メイリン 「はい」
工房主 「クーラーの件を検討するから、今すぐヴィアーチェを呼んできて」
メイリン 「はい? それだけ……ですか?」
工房主 「それだけ。ほら、すぐ行動!」
メイリン 「はいっ! 行きます!」


工房主 (……今朝の天花粉の事が無かったら気づかなかったかもなー……。危ないところだった)


メイリン 「メイド長ー、主さんがお呼びですー」
ヴィアーチェ 「はい、わかりまし……えええええっ!? 私がもう一人ッ!? え? え!?」
メイリン 「……あ。変装解くの忘れてた……」


工房主 「……というわけなんだけど。予算が許すなら買い替えてあげたいんだけど……」
ヴィアーチェ 「……ええ、はい、そうですね……」
工房主 「? 大丈夫、ヴィアーチェ?」
ヴィアーチェ 「主さん……私……疲れてるんでしょうか……」
工房主 「は?」
ヴィアーチェ 「さっき、リネン室に私がもう一人いて……もう私そのもので……わけがわからないです」
工房主 「ああ……(変装メイリンに会っちゃったんだな)」
ヴィアーチェ 「暑さでおかしくなっちゃったんでしょうか……」
工房主 「そんなことないと思うよ。ちょっと疲れてるだけ。医務室のベッドで少し休んでおいで」
ヴィアーチェ 「……そうします。申し訳ありません」


工房主 「思ったよりヴィアーチェにダメージがあるな……。これは放置できん事態だ」


工房主 「アレッサ! アレッサはどこだ!」
アレッサ 「なんだよ騒々しい。メイド長が寝てるんだから静かにしろよナ」
工房主 「ヴィアーチェがそんな風になった原因がアレッサの企みであることは明白! よって裁きを申し渡す!」
アレッサ 「えっ、何ソレ急に!?」
工房主 「日常業務に加え今日から十日間の食糧買い出しとトイレ・バス掃除を命ずる!」
アレッサ 「えええッ! あたし一人で!?」
工房主 「当然! アレッサが言いだしっぺなんだから」
アレッサ 「メイは!? 実行したのはメイも一緒だ! メイだけ何も無しとか不公平だろが!」
工房主 「すでにメイリンは罰を受けて刑を終えておる!」
アレッサ 「そんなすぐに終わる刑!? あたしと違いすぎだろ!」
工房主 「問答無用!」
アレッサ 「ちくしょおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」


メイリン 「あ、主さん。ちょっといいですか」
工房主 「メイリン? いいかげん変装解きなさい」
メイリン 「そうでした……」
工房主 「で、用は?」
メイリン 「その、『てんかふん』ってなんですか?」
工房主 「あー……そうか、ベビーパウダーって言わないと通じないんだっけ。天花粉とベビーパウダーは、厳密には違う物らしいけど、ほぼ同じと思っても問題ないよ」
メイリン 「なるほど、あの白いやつですね。わかりました」


工房主 「という話をメイリンとしたんだ。世代の差かねぇ……」
ヴィアーチェ 「私は市子さんが『天花粉』と呼ぶので慣れてますけど、若い人は知らないかもしれませんね」
工房主 「……それは私がおっさんくさいと言うに等しいんですが。いやおっさんだけども」
ヴィアーチェ 「何をおっしゃるんです。両方の呼び名を知っているというのは、博識だということですよ」
工房主 「ありがとう。そういうことにしておくよ」


アレッサ 「くそ、クーラー買い替え許可は出ねェし賭けに負けるし罰掃除やらされるし買い出しさせられるし、なんであたしだけこんな目に遭わなきゃならないんだよ!」
クローディア 「だから主殿を侮るなと言ったんだ」
アレッサ 「Dammit!」


          完

 
創作小説 | Comments(2)
Comment
イイね!
イイねー、イイですねー。
あと、8888ゲット。
と、思ったら、8808だった。
◎ まったくさん

思いつきで書いたものがここまで絶賛されるとかえって恐縮しちゃうんですけれども…(汗
それはさておき、読み手がいるとわかれば書く気が湧くというもの。
読了ありがとうございました。

>と、思ったら、8808だった。
あらら、それは残念。
前ブログに比べて回転が遅いんで、ゾロはもうしばらくかかります。ごゆるりとお待ちくださいませ。

管理者のみに表示