2015/10/24

ヴィアーチェ 「はぁ……」

アレッサ 「どうしたんですか、大きなため息なんて。珍しいスね」
ヴィアーチェ 「すみません、お耳に障りましたか」
アレッサ 「いいえ、それはないですけど。そういえば確か昨日の夜、八重崎グループのパーティに行ってましたよね。そこでなんかあったんですか?」
ヴィアーチェ 「ええ、まあ、そうなんですけれど……」
アレッサ 「あたしでよけりゃ聞きますよ」
ヴィアーチェ 「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
クローディア 「大丈夫と言うなら、上の者は皆の前でため息をつかないほうがいいな。士気が下がる」
ヴィアーチェ 「そ、そうですね。すみません……」
クローディア 「とはいえ、何もせずというわけにもいくまい。要因は取り除く必要がある。話してみてはどうだろうか」
アレッサ 「そうですよ。ここは上司部下関係なく、おねーさんに話してみな?」
ヴィアーチェ 「……わかりました」
アレッサ 「うん」

ヴィアーチェ 「私って……男の人から見たら、魅力的なんですか?」

アレ・クロ 『……は?』

 


ヴィアーチェ 「自分では美人だと思っていませんし、なんの面白みもない女だと思っているのですけれど」
アレッサ 「おおっとー、お嬢様にありがちなスキル『自分の魅力に自覚ナシ』が発動したぞー」
クローディア 「無自覚も甚だしいな。けしからん」
ヴィアーチェ 「……す、すみません?(あれ、クローディアさんにまで怒られてる…?)」
アレッサ 「でも、なんでそんなこと思ったんです?」
ヴィアーチェ 「その、パーティに出席すると、毎回十人くらいの男性から声をかけられて、交際を申し込まれたりするんです」
アレッサ 「あー、そうなるわな……。あたしが男だったら絶対ナンパするし」
ヴィアーチェ 「そ、そうなんですか?」
アレッサ 「美人だし頭良いし性格いいし家が金持ちだしスタイル……いいし、完璧超人じゃないですか。ナンパしない方がおかしいってもんですよ」
ヴィアーチェ 「今、スタイルのところでちょっと間を置いたのは一体……?」
アレッサ 「気のせいです。胸がちょっと、と思ったんですけど、あたしのほうが圧倒的に胸が無いんで言わないことにしました」
ヴィアーチェ 「…………。(言っちゃってるじゃないですか……)」
アレッサ 「それだけメイド長は魅力的な人だってことです」
ヴィアーチェ 「アレッサさんだって美人じゃないですか。背は高いですし、頼りになりますし、面倒見はいいですし、お強いですし、皆さんから慕われていますし。私なんかよりずっと魅力的です」
アレッサ 「…………あざっす」
クローディア (ガサツを絵に描いたようなアレッサをここまで照れさせるとは……。恐ろしい人だ)
アレッサ 「そ、それで、メイド長は声を掛けられるのは嫌だと?」
ヴィアーチェ 「それは、まあ、そうですね。お世辞でも褒められるのは嬉しいのですけれど、社交辞令を通り越してしつこく付きまとってくるような紳士的とは言えない方もいらっしゃいますし……」
アレッサ 「そういうのはブッ飛ばしゃいいんですよ。そこまでしないと懲りない連中ですし」
ヴィアーチェ 「できませんよそんなこと。八重崎のパーティで私がそんなことをすると大変なことになります」
アレッサ 「逆ですね。八重崎のパーティでその身内にけしからんことをしてるヤツがおかしいんですってば」
ヴィアーチェ 「どちらにしても、もめごとを起こして得になることはありません」
クローディア 「かと言って、この状況のままでいいとも思わないのだろう」
ヴィアーチェ 「はい。それで、どうしたものかと思案していまして……特にこれといって何も思いつかなくて」
アレッサ 「ふぅん……。結局、メイド長は声を掛けられたくないんですよね?」
ヴィアーチェ 「少し話すくらいなら問題ないのですけれど、交際を迫られたりするのはちょっと」
ローナ 「でしたら、古典的手法ではありますが『虫よけのお守り』が最適ではないでしょうか」
アレッサ 「うぉわ! いたのかローナ!? ビックリさせるなよ、もう少しで撃つところだったぞ!」
ローナ 「いましたよ、さきほどからずっと。それよりどうですか、メイド長」
ヴィアーチェ 「虫よけ……ですか? それはどういうものです?」
ローナ 「はて、ご存知ないですか。いわゆる『結婚指輪』のことです」
ヴィアーチェ 「け……!? な、な、なんでそんなものが必要なんですか!?」
ローナ 「ああ、本物じゃなくて、あくまで『それっぽいもの』でいいんですよ」
ヴィアーチェ 「?」
ローナ 「左手の薬指に付けているものが結婚指輪に見えればいい、ということです」
ヴィアーチェ 「それがどうして男の人を遠ざけられるんですか?」
クローディア 「通常、目の前の相手が結婚しているとわかれば、無理に交際を迫ったりしない。そういう意味では結婚指輪は効果的だろう」
ヴィアーチェ 「ああ、そういうことですか。確かにそうですね」
アレッサ 「ま、メイド長クラスの女なら不倫でも略奪してでも手に入れたいって考えるバカも一定数いるでしょうけどね」
ヴィアーチェ 「私なんかを? そういうものなんですか……男の人ってよくわかりません」
ローナ 「そういうものです」
ヴィアーチェ 「指輪、ですか……。効果があるならぜひにと思いますが、どんなのがいいでしょうか」
ローナ 「それっぽく見えればメイド長のお好きなデザインで選べばいいと思いますよ。どうせフェイクですし」
クローディア 「その前に訊いておきたいのだが、メイド長はフェイクを左薬指に付けることに抵抗はないだろうか?」
アレッサ 「おおっと、碧眼の大和撫子らしい疑問が出たナ」
ヴィアーチェ 「?」
クローディア 「左薬指の指輪に特別な思い入れがあるなら、フェイクはやめた方がいい。魂にかかわる」
ヴィアーチェ 「??」
アレッサ 「要するに結婚指輪を神聖視するかどうかって話ですよ。本物の結婚指輪や婚約指輪以外は左薬指につけちゃダメって考える潔癖なオトメもいるらしいですし。メイド長もそのクチなのかと」
ヴィアーチェ 「あ、そういうことですか。私も女ですし、人並みに憧れや特別感はありますけど、左手薬指の指輪はそれほど気にしません」
クローディア 「本当に?」
ヴィアーチェ 「はい。薬指はそこに指輪があるのが重要ではなくて、誰の気持ちがそこにあるかが重要なんだと思っていますから。少なくとも自分で買った指輪を付けることに抵抗はありません」
クローディア 「……そうか。それなら良いが」
ヴィアーチェ 「ご心配いただいてありがとうございます」
ローナ 「メイド長の指輪となると、それなりに名の通ったブランドがいいですね。安っぽいとフェイクとバレてしまいますし」
ヴィアーチェ 「そうは言いましても、私、あまり宝飾品に詳しくないので……」
アレッサ 「おぅ? セレブらしからぬ発言だナ」
クローディア 「そうでなければこんな有象無象を寄せ集めた工房のメイド長など務まらん」
ローナ 「パーティの際にアクセサリーを着けたりしないんですか? そういうもののブランドは?」
ヴィアーチェ 「ほとんど市子さんやスタイリストさんに任せっきりです」
アレッサ 「あ、やっぱセレブだった。なんかそれっぽい」
ローナ 「…………。ではこうしましょう」
ヴィアーチェ 「何かいいアイデアが?」
ローナ 「今度のお休みに、二人で買いに行くというのはどうでしょう。ちょうど出掛ける用事があるので」
ヴィアーチェ 「いいんですか?」
ローナ 「もちろん。メイド長が気分良くお仕事できるようになるのなら、私にとっても損はありませんし」
ヴィアーチェ 「それじゃ……お願いします」
ローナ 「わかりました」

     ・   ・   ・

ヴィアーチェ 「駅前で午後一時に待ち合わせ……ちょっと早く来過ぎたかな」
ヴィアーチェ (ローナさんはまだみたい……)
工房主 「……あれ? ヴィアーチェ?」
ヴィアーチェ 「主さん」


クローディア 「休日に呼び出されたと思ったら、主殿とメイド長の買い物の監視だと?」
アレッサ 「……まぁ、ローナが買い物に付き合うなんて殊勝なことするわけないわな」
ローナ 「人聞きの悪いことをおっしゃらないでください。私は一言も『私がご一緒する』とは言ってませんし」
アレッサ 「はいはい。まったく、あたしに断りも無くメイまで動員しやがって……面白くなるんだろうな?」
ローナ 「メイリンさんを誘うのにアレッサさんの許可が必要だとは知りませんでしたが、それなりに楽しめることになると思いますよ」
アレッサ 「それならいいけどさ……。メイ、寝起きで悪いけど付き合ってやってくれるか?」
メイリン 『らじゃです』


ヴィアーチェ 「ええと……どうして主さんが……?」
工房主 「ローナに買い出しを手伝ってくれって呼び出されたんだけど。ヴィアーチェも?」
ヴィアーチェ 「え? いえ、その……」
工房主 「あ、メールだ。ローナかな」
ヴィアーチェ (ひょっとしてこれは……)
工房主 「……………………は?」
ヴィアーチェ 「どうかなさいましたか?」
工房主 「いや、なんかローナが急用で来れなくなったって。それで、二人で買い物に行ってくれと」
ヴィアーチェ 「そ、そうなんですか。(やっぱり……)」
工房主 「うん。買う物はヴィアーチェに言ってあるからって。何を買うの?」
ヴィアーチェ 「……そ、その……」
工房主 「?」
ヴィアーチェ 「ゆ……アクセサリーを」
工房主 「アクセサリー? 工房の備品?」
ヴィアーチェ 「いいえ、これは私の個人的な買い物で……今日はローナさんと買い物に行く予定だったんです」
工房主 「そうなの? ローナは私を呼び出して買い出しするって……あっ」
ヴィアーチェ 「多分、そういうことです」
工房主 「ったくあの連中は……。この分だと、その辺にいるんだろうな」
ヴィアーチェ 「ですね」
工房主 「となると、ここで帰るって選択は許してくれないだろうな。行くしかなさそうだ」
ヴィアーチェ 「え? どこにですか」
工房主 「アクセサリー、買うんだよね?」
ヴィアーチェ 「ええ、そのつもりでしたけど……いいんですか?」
工房主 「もちろん。考えてみれば、オフにヴィアーチェと買い物なんて初めてだし」
ヴィアーチェ 「そういえば……備品の買い出しなら何度かありましたけれど、オフでは初めてですね」
工房主 「うん。じゃ、行こうか。あ、でも、そういう店とか知らないよ、私」
ヴィアーチェ 「ローナさんから聞いたお店があります。そこへ行ってみましょう」
工房主 「了解」


アレッサ 「やれやれ、十年目にしてやっと初デートか。時間かかったナ」
ローナ 「当人たちはそうと気づいてないみたいですけど」
クローディア 「両方ともそういうことには鈍感だからな。気づいていたら帰っているところだ」
アレッサ 「帰られちゃ困る。おもしろくねェ。それにメイの仕込みも無駄になっちまうしな」
ローナ 「買い物が終わるまで帰しはしませんよ。私のプライドにかけても。うふふふ」
アレッサ 「……ホント、お前って魔王だよなー……」


ヴィアーチェ 「あっ、ここですね。ローナさんに教えていただいたお店は」
工房主 「……うわあ。私にゃ縁のなさそうな高級宝飾店だな……」
店員 「いらっしゃいませー。ヴィアーチェ様ですね? ローナ様からご連絡をいただいております」
ヴィアーチェ 「ローナさんから?」
店員 「はい。指輪をお求めとお伺いしております。こちらへどうぞ、ご案内いたします」
ヴィアーチェ 「よろしくお願いします」
工房主 「…………?」
ヴィアーチェ 「主さん? 急に怖い顔をなさって、どうかなさいました?」
工房主 「いや、なんでもない。多分気のせいだから。ところで指輪を買うの?」
ヴィアーチェ 「ええ、まあ」
工房主 「そっか。(ヴィアーチェにしては珍しい……)」


アレッサ 「……。ひょっとしてマスターに気づかれてねェか?」
クローディア 「私たちがここに居ることをか? さすがにパターン化しているし、すでに察しているだろう」
アレッサ 「いや、そうじゃなくて……」
ローナ 「大丈夫ですよ。二人して指輪を買いに来ているということの意味に気づけば、主さんが平然としていられるはずがありませんし」
アレッサ 「あの鈍感夫婦が気付くか?」
ローナ 「そのための『策略』ではないですか。うふふふ」


店員 「指輪はどういったものをお探しですか」
ヴィアーチェ 「ええと、あまり派手ではなく、シンプルな感じで」
店員 「それでしたら、この辺りに展示してあるものがちょうどいいですね。宝石類が目立つようなものではなく、結婚指輪に近いデザインのものになります。お連れ様とのペアリングでよろしいですか?」
ヴィアーチェ 「い、いえ、私が個人的に使うものです。ペアとかそういうことではないです」
店員 「かしこまりました」
工房主 (結婚指輪とかペアリングとか……よく考えたら二人きりで指輪買いに来てるって、とんでもない状況なんじゃないだろうか)
店員 「お申しつけくだされば、ケースからお出ししますので」
ヴィアーチェ 「ありがとうございます。いろいろあって、迷ってしまいますね。どれがいいのか……」
工房主 (やべぇ、恥ずかしくてすごく居づらい感じになってきたぞ。ちくしょう、アレッサたちの狙いはこれか!?)
店員 「お連れ様のご意見も参考になさっては? 彼氏さんですよね?」
ヴィアーチェ 「い、いえっ、あの人は彼氏ではなくてですね……」
店員 「ああ、すみません、旦那様ですか。いいですね、奥様に指輪のプレゼントですか」
工房主 「ぅえっ!? ち、違います。彼女は仕事仲間で、買い物についてきただけで」
店員 「そうなんですか? お店にいらしたときは結婚指輪をお求めのカップルに見えましたけれど」
ヴィアーチェ 「ち、違いますからっ」
工房主 「いや、まあ、おっしゃる通りだったらいいんですけどね。私にゃ指輪を買ってあげられる甲斐性もないもんで」
ヴィアーチェ 「…………」
店員 「そうでしたか。でも、お選びになるのを手伝うくらいはなさってもいいと思いますよ」
工房主 「いえ、私のセンスは正直壊滅的なんで……ねぇ、ヴィアーチェ?」
ヴィアーチェ 「そんなことはありません。……そうだ、主さんが選んでくださいませんか」
工房主 「え?」
ヴィアーチェ 「主さんが選んでください。それを買います」
工房主 「いやいや、高価な買い物なんだから私なんぞに選ばせちゃダメだよ」
ヴィアーチェ 「私は主さんに選んでほしいんです。お願いします」
工房主 「……。ホントにいいの? ヘンなの選んじゃうかもしれないよ?」
ヴィアーチェ 「その点は信頼しています」
工房主 「しかしなぁ……」
店員 「優柔不断なのはダメですよ。ここはビシッと決めるのが上司の務めというものです。なんて」
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「わかった。選ぶよ」


店員 「ありがとうございましたー」
工房主 (値段も手頃でヴィアーチェに似合いそうなデザインだなと思って選んだはいいけど、まさか値札のケタを一つ見間違えてて二十万超えになってしまうとは……えらいものを買わせてしまったな)
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「ごめん、ヴィアーチェ」
ヴィアーチェ 「はい? どうして謝るんですか」
工房主 「値段をきちんと見てなかったから、できれば返品して選び直したいんだけど……」
ヴィアーチェ 「いいんです。この指輪が気に入りました」
工房主 「でも、二十万はさすがに……」
ヴィアーチェ 「私にとって、この指輪の価値は支払ったお金以上のものです。返品なんてとんでもない」
工房主 「?」
ヴィアーチェ 「主さんが、私のために選んでくださったものですから」
工房主 「そんな大層な……」
ヴィアーチェ 「ありがとうございました。ずっと大事にしますね」
工房主 「そりゃそうだよ。二十万もしたんだから大事にしなきゃ」
ヴィアーチェ (……そういう意味ではないのですけれど……)
工房主 「でもまあ、気に入ってもらえたなら選んだ甲斐があったというものだよ。けど……複雑な気分だ」
ヴィアーチェ 「どうしてですか」
工房主 「小心者だからね。高額なものを買わせてしまったって罪悪感が残るんだよ」
ヴィアーチェ 「そんなにお気になさらなくても……」
工房主 「そういうのを気にする性格なんだよ。知ってるだろ」
ヴィアーチェ 「……。では、こうしましょう」
工房主 「?」
ヴィアーチェ 「今日の夕食をご馳走してください。私がお店を選びますから」
工房主 「いや、それじゃあ値段的に釣り合わない――」
ヴィアーチェ 「私は八重崎家の娘ですよ? 並みのお店では済みませんから、覚悟しておいてくださいね」
工房主 「うぁ……了解です、お嬢様」
ヴィアーチェ 「うふふふ」


クローディア 「さすがメイド長だな。主殿の扱い方をよく御存知だ」
アレッサ 「くそ、もげろ爆発しろ!」
ローナ 「……この展開になるように仕向けた張本人が嫉妬でキレてらっしゃる」
アレッサ 「ここまでイチャイチャするようになるとは思ってねェよ! ふざけんな!」
クローディア 「落ち着けアレッサ。メイリンを呼び戻したら我々も食事にしよう。私が奢ってやる」
アレッサ 「今のあたしは機嫌が悪い。飲むぜ? 超飲むぜ?」
クローディア 「受けて立つ」
アレッサ 「オーライ、朝までコースだ。行くぞディア、ローナ」
クローディア 「待て。二人の食事を見届けなくていいのか?」
アレッサ 「いいよもう。どうせメシ食って帰るだけだろ。二人してホテルにしけこむっつーなら尾行るのも面白いけど、そんなの有り得ねェのは明白だ。だったら飲むほうがマシってもんよ」
クローディア 「そうか」
アレッサ 「わかったらさっさと行こうぜ」
ローナ 「お供します」
クローディア 「やれやれ……」

     ・   ・   ・

ローナ 「おはようございます、アレッサさん。ああ、やっぱり二日酔いですね。大丈夫ですか」
アレッサ 「ちっくしょう、飲み過ぎて頭が痛ぇ……」
クローディア 「だから何度もいい加減でやめておけと言ったではないか。そんなことで今日の仕事ができるのか」
アレッサ 「頭ン中でゴジ○がダンス踊ってやがるが、まァなんとかするさ」
ローナ 「それにしても、どうしてアレッサさんがああまで荒れたのかわかりませんね」
アレッサ 「どうしてだろうな。二人がイチャつくのを見て、あんなにムカついたのは初めてだ」
ローナ 「ふぅん……?」


ヴィアーチェ 「みなさん、おはようございます」
メイリン 「あ、メイド長。おはようございます」
ローナ 「おはようございます。……おや、それが例の指輪ですか」
ヴィアーチェ 「ええ。良いお店を教えていただいてありがとうございます」
アレッサ 「メイド長、それはパーティでの虫よけなんスよねぇ? なんで今つけてんスか」
ヴィアーチェ 「良い買い物でしたので、つい……。すみません、外しておきます」
アレッサ 「いやいや、別に外さなくてもいいんですけど。そんなにマスターに選んでもらったのが嬉しかったんですか?」
ヴィアーチェ 「やっぱり覗き見ていたんですね? そんなことだろうとは思いましたが……」
工房主 「というより、あの店員はメイリンの変装だったんだろ、アレッサ?」
ヴィアーチェ 「あ、主さん。おはようございます」
工房主 「おはよう、みんな」
アレッサ 「なんだ、気づいてたのか」
工房主 「わかるよ。『いらっしゃいませー』の『ませー』ってところのイントネーションがメイリンだったし」
アレッサ 「第一声じゃねーか!」
メイリン 「なんでそんなところで気付くんですか……」
工房主 「忘れたのかい、メイリン。私が声優ヲタだということを」
メイリン 「?」
工房主 「女の人の声には耳ざといんだよ。ましてメイリンの声は間違いようがない。完全な演技体勢に入って声色を変えられてたら怪しかったけど、寝起きだったから完全に変えられてなかったし」
アレッサ 「寝起きだったことまで声だけで見抜けるのか……何者だよアンタ……」
工房主 「なめんなよ。俺は雇い主だぜ? メイリンの変装くらい、声聞きゃわかるさ」
アレッサ 「その顔で工○新一の真似しても締まらないから止めなって」
工房主 「酷い言われようだ……」
ヴィアーチェ 「ああ、それであのとき怖い表情をなさってたんですね……。そういえば、店員さんが妙に私たちを夫婦だのカップルだのとおっしゃって妙だとは思っていたんですけれど、メイリンさんがそういう風に誘導するよう指示されていたとすれば納得できます」
クローディア 「と言うからには、メイド長は気づいていなかったのか」
ヴィアーチェ 「ええ。あまり心が平静ではなかったので……」
工房主 「まぁ、私も確信したのは、店員が私に『上司』と言ったときだったけどね。今まで私はヴィアーチェの上司に見られたことは一度たりとも無くて、それでも私を上司だと言うのは、私たちのことを知っている人間だってことだから、メイリンの変装だと確定したってわけ」
メイリン 「うぅ、失言でした……」
アレッサ 「気にすんな。それより前にほぼバレてたんだから。メイは悪くない」
ローナ 「考えてみれば、主さんが初対面の女性と普通に会話していたことに違和感を持つべきでしたね。有り得ないものを目撃していながらそのことに思い当たらなかったのは不覚でした」
工房主 「ははは。ローナもまだまだだなあ」
アレッサ 「いや、地味に貶されてることに気づいてないのかアンタは」
工房主 「わかってるよ。もう慣れた」
クローディア 「嫌な慣れだ……」


工房主 「それにしても、ヴィアーチェが指輪を欲しがるなんて珍しいなと思うんだけど。何かあった?」
ヴィアーチェ 「それは……」
アレッサ 「ナンパ避けだとよ」
工房主 「?」
アレッサ 「パーティに出るたびに盛りのついた野郎どもに声をかけられて口説かれるのが嫌なんだってさ」
ヴィアーチェ 「ローナさんが虫よけにとおっしゃったので。別に、特別な意味があるわけではないんです」
工房主 「ええ? じゃあただの虫よけのためにあんな高い指輪を買わせてしまったわけ? ……ホント申し訳ない」
ヴィアーチェ 「その件に関しては、夕食をご馳走していただいたことで帳消しにしたではありませんか」
工房主 「そうだけど……行ったのは近所の安いラーメン屋だったし……」
ヴィアーチェ 「それでいいんです」
工房主 「……でも……」
アレッサ 「ああ、もう、二日酔いで頭割れそうなのにグダグダ言うな鬱陶しい!」
工房主 「!?」
アレッサ 「そもそもアンタがさっさとメイド長に本物の結婚指輪を付けさせりゃ済んでる話だろうが。あぁ?」
ヴィアーチェ 「アレッサさん!? 何を……」
アレッサ 「まったくもってウゼェ。付き合ってられるか。あたしゃ仕事に戻る」
工房主 「…………」
ヴィアーチェ 「…………」


工房主 「とんでもないことを言ってくれたな、アレッサも……」
ヴィアーチェ 「……そうですね」
工房主 「…………」
ヴィアーチェ 「…………」
工房主 「あー、その、なんだ。いつかそのフェイクを本物にできるように頑張るよ」
ヴィアーチェ 「……そう、ですか。頑張ってください」
工房主 「うん」


工房主 「さ、仕事仕事。今日の予定は、ヴィアーチェ?」
ヴィアーチェ 「ええと……」



            ・   ・   ・

ヴィアーチェ 「はぁ……」
アレッサ 「どうしたんですか、ため息なんて。……あ、虫よけが効かないとか?」
ヴィアーチェ 「いえ、言い寄られることは少なくなったのですけれど……」
アレッサ 「なら効果アリじゃないですか。どうしてため息なんですか」
ヴィアーチェ 「お祖父様が『誰からもらった指輪だ、けしからん! そいつを○す!』と騒ぎ出しまして」
アレッサ 「あー……相変わらず孫バカ全開スね……」
ヴィアーチェ 「自分で買ったと言っても信じてもらえなくて……どうすればいいのか」
ローナ 「これはまたナンパ男よりも大変な問題ですね……」
メイリン 「主さんからもらったことにすればいいんじゃないですか?」
工房主 「ははは。メイリンさんは私に死ねと申されますか」
アレッサ 「いや、それが一番穏便に済む方法だと思うけど。アンタなぜか不死身だし、大丈夫」
ローナ 「同意します」
クローディア 「そうかもしれんな」
工房主 「えぇ…………」


          完
創作小説 | Comments(0)
Comment

管理者のみに表示